わたしのアミティエ、考崎千鳥は存外面倒な女だ。

 基本的には気が強く、気に食わないことにはきつい言葉を返す。ちょっとしたことでへそを曲げるしそうなったら頑なわりに、ふとしたことからころっと機嫌が直ることもありやがる。

 乙女だ、といえば聞こえはいいかもしれないが自分勝手に見えなくもない。

 もっともそれに困っているわけでもなければなれてしまえば可愛らしいと思う部分もあるんだが……

 って、今はそういうことを言いたいんじゃない。

 あいつかいかに面倒かということだが……つい最近こんなことがあった。

 

 

 それはなんでもない安息日の昼。

 いつものように二人で昼食とっている時のこと。

「ごめんなさい。今日は駄目なの」

 この日は気持ちいい秋晴れで、せっかくだからどこかに行くかと提案をしたところ意外な答えが返ってきた。

 こいつがわたしの誘いを断るのは珍しい。むしろ千鳥の方こそ休みの日には積極的にデートをしたいと誘ってくることが多いというのに。

「なんか用でもあるのか」

 この時はただの好奇心でしかなく、深い意味もなく問いかけた所

「白羽さんと約束があるの」

 これまた意外な返事。

「へぇ……そりゃまた珍しい組み合わせだな。というかお前が率先して人に会いにいくなんざ、今日は槍でもふるのか」

「そういう時くらいあるわ。というか、人をコミュニケーション障害者みたいに言わないで」

「似たようなもんだろうがよ」

 まぁここに来た頃はともかく今はそうとは言わないが、それでも委員長や紗紗貴姉妹のように人あたりがいいとか人好きのするとかそういう言葉からは縁遠いやつだ。

「えりかは相変わらず口が悪いわね。白羽さんとは大違いだわ」

「どっちも否定はしねぇよ。まぁ、たまにはいいんじゃないか。私もゆっくり本が読めるしな」

「えりかは私がいないほうがいいっていうの?」

「……そういう意味じゃねぇよ」

 頬をふくらます千鳥を愛らしいとは思うが……

(やっぱ、めんどくせぇやつだな)

 と今の時点ではのんきにそんなことを思っていった。

 

 

 そんなわけでわたしは一人部屋で本を読んでいるんだが

「……………」

 まだ少し熱く感じる日差しと、初秋らしい心地いい風。

 窓から見上げる空には鱗雲。

 涼しくなってきたことで寮生も外に出ているものが多いのか物音もほとんどなく、本を読むには最適の環境だ。

 誰にも邪魔されることなく自分の世界に没頭できる。

 春はたまに書痴仲間や委員長がやってくる程度で平日、安息日に関わらずこんな感じだったが、千鳥がやってきてからはめっきり減っていた。

 特にバレエの発表会以降ではほとんどなかったと言っていい。

 だから私は久方ぶりのこの時間を存分に堪能すればいいはず。

(……なんだがな)

「……っち」

 わたしは軽く舌打ちをして読んでいて本をパタンと閉じた。

 熱くも寒くもない本を読むに適した季節。静かな環境。

 幸福なはずの時間。

(……落ち着かねぇ)

 わたしは不愉快と言えないまでも、鬱々とした気分をごまかすように頭を掻く。

 以前なら、文句なく幸せと言えた時間に物足りなさを感じている。

 例えるならパズルのピースが足りないようなそんなもどかしさ。

(……思えばいつも千鳥と一緒にいたんだな)

 あいつと部屋にいる時もそれぞれ自分の時間に没頭することはあったが……それでもそこに千鳥がいるということが当たり前で、それが普通になっていた。

(あいつがいないのがここまで寂し……)

「…っ」

 心で恥ずかしいことを思ったことに気づいたわたしは軽く首を振って否定する。

「……白羽と会うって言ってたか」

 思い出すかのようにそれをひとりごち、友人と恋人が一緒にいる姿を想像する。

(……何の話をするってんだ?)

 どちらも度を越した美人で並んでいる姿は絵になるとは思うが、二人の会話というものは想像できない。

 以前にもたまに話している姿は見かけたが二人の共通項というものはあまり見えてこない。

 まぁ、あの二人には似合わない言葉だが箸が転がってもおかしい年頃だ。勉強のことや学校のこと、日々の取るに足らない出来事に関してなどいくらでも話すことはあるだろうがそれならわざわざわたしを置いていかなくてもいいはずか。

「って、別にあの二人が何を話そうとどうでもいいだろうがよ」

 若干声にいらだちが混じってしまう。

 関係ないはず。あいつが別に白羽と何を話していたって、そんなところまで私が関与するようなことじゃない。例え想いを通じ合わせていようがすべてを詮索するなんて論外だろう。

 だからわたしは何の憂いもなく本を読めばいいはず。

(……なんだが)

「っち……」

 やはり落ち着かず、そのこと自体に苛立つ。

(とっとと帰ってきやがれよ)

 胸に渦巻く感情の正体をわたしは知ってはいるものの素直に認めることはできず、わたしは集中できない読書に戻るのだった。

 

 

 わたしの願いとは裏腹に千鳥はなかなか戻ってこなかった。

 内容がまったく入ってこない本を読みながら、何度も時計やドアを見つめるといった姿はまるで留守番している子供のようで我ながら滑稽だっただろう。

 そんな中、千鳥は戻ってきたのはそろそろ陽も沈もうとしていた頃。

「ただいま、えりか」

 わたしがどんな気持ちで一日を過ごしたかなどには気づかず(当たり前だが)落ち着いた声で千鳥は窓辺にいた私にそう言ってきた。

「随分遅かったじゃねぇの」

 おかえり、と出迎えの言葉をかけることもなくつい感情が先行した言葉を返してしまう。

「そうかしら? 夕食前には戻ってきているし、遅いというほどの時間ではないと思うけれど」

 千鳥はわたしの様子の変化には気づいていないようで淡々と答える。

「まぁ……そうだが」

 そもそもいつまでに戻ってくるなんて決めてはいないのだから咎める権利などない。

「けど、確かに予定したよりは遅くなってしまったわね。途中から花菱さんも来てお茶会をしていたから」

「へぇ、委員長までいたのか」

 なら本当に大した話ではなかったのかもしれない。

 それなら別にわたしを呼んでもよかったんじゃ……

(って何考えてんだよ)

 昼間も思ったがこいつがあの二人と一緒に何を話してこようがそこまで気にすることじゃないはずだ。

 どうにも調子が狂ってやがる。

「えぇ。さすがに花菱さんの紅茶はおいしいわね。今度教えてもらおうかしら」

 わたしが調子を崩していることなどには気づかず千鳥は淡々と、いや心なしか嬉しそうに話す。

 余裕をなくしているわたしにはそれすら面白くなく思えて

「委員長のあれは趣味というより特技って言ってもいいものだ、少しかじったところでどうこうなるようなものじゃないと思うぜ」

 つい棘のある言い方をしてしまった。

「えりか、そういう言い方はどうかと思うわ」

「……悪かったよ」

 怒っているというよりも、なぜわたしがそんなことを言うのかと不思議がる千鳥に指摘をされ素直に謝罪をする。

(……落ち着けよ)

 千鳥がわたし以外と交流を持つことは悪いことじゃないはずだ。いや、むしろ望ましいと言ってもいい。

 わたしという存在があるといっても、この学院にいる以上わたしだけと関わって生活していくわけではないのだから。

 わたしはそう自分を納得させ胸の裡にある負の感情を吐き出すかのように大きく息を吐く。

「……まぁ、楽しかったのならそれでいいさ。ところで今日の夕食は……」

 気持ちを吐き出したところで話題を変えようとするが

「今日は食堂に行ってみましょう」

 千鳥が私の言葉を制してそんな提案をしてきた。

 そのこと自体は拒否すべき理由もないのだが

「白羽さんたちに誘われたの。たまには一緒にどうかって」

 再び胸に湧いた面白くない感情。

「えりかも行くわよね」

「……………」

 普段なら了承していいことだし、頷くことが正着だろう。

 ただ今のわたしは、認めたくない感情に支配されている今のわたしはついその感情を表に出してしまう。

「わたしは……遠慮させてもらう」

「なぜ?」

「……別に、いいだろ」

「強制はしないけれど理由がわからないわ。説明なさい」

「大した理由はねぇよ。お前が白羽たちと一緒にいるのがいいんなら勝手に楽しんで来ればいいだ……」

(……しまった)

 せめて澄ました顔で最後まで言い切ればまだ言い訳のしようがあったかもしれない。だが、苛立つことに苛立っていたわたしは自分の発言がどんな意味を持つかに気づいてしまい、中途半端に言葉を止めてしまう。

「えりか……もしかして」

 それが千鳥に余計なことを気づかせた。

「道理でさっきから様子がおかしいと思ったわ」

 得心したように言う千鳥の表情が

(……むかつく顔だ)

 基本は喜びなんだろうが、その中に捕食者が被食者を見つけたような嗜虐さとあわせもった笑顔。

「なんだよ。なんなんだよ」

「えりかが嫉妬してくれるのが嬉しいだけよ」

「………んなもんしてねぇよ……」

 その言葉が説得力を持たないのはわたしが一番わかっている。

「素直に嫉妬してるって言ってくれていいのよ。心の狭い狭量な人間だなんて思わないわ」

「それをお前が言うのか……」

「あら? 私が言っちゃいけないとでも言うの?」

「そうはいわねぇが、お前こそわたしが白羽やバスキア教諭と話してるとすぐ嫉妬するだろうがよ」

「それは当然じゃない。もしえりかが浮気でもしようものなら絶対に許さないわ。けど、別に嫉妬がいけないなんてことはないでしょう。むしろ私はえりかが嫉妬してくれてうれしいわ」

 その言葉の意味を察するものの、今のわたしは虚心にはなれずにバツ悪く千鳥から目をそらす。

「だって、嫉妬してくれるっていうことはそれだけえりかが私を好きってことでしょう。他の誰にも渡したくないほど私のことが好きな証でしょう」

「…………」

 言い方はともかくそれを否定することなんて今のわたしにはできない。昼間感じた寂寥がそれを許さない。

 いや、というよりもその通りだ。嫉妬はとはつまりは独占欲の現れだ。

 そして、わたしが感じていたのは紛れもなくそれで。

 つまりは千鳥の言うとおり……

(……それだけこいつのことが好きってことかよ)

 認めたくないわけではないが、面白くはなく相変わらず千鳥から顔をそらしていると

「けど、そうね。えりかのことを寂しくさせてしまったのが事実なら責任は取らないといけないわね」

 少しはしゃいだような声と共に

(白桃、の香り……)

 そのわたしの好きな香りが鼻孔をついて

「んっ!!??」

 唇に暖かく柔らかな感触。

「っはぁ……」

 目の前には嬉しそうに頬を赤らめるアミティエの顔。

「……………」

 状況を把握するのに一瞬間があって、それから

「っなぁっ!!? おま……っ…〜〜…」

 真っ赤になって言葉にならない声を出す。

「だ、だから不意打ちはやめろって……」

「ただのお詫びよ。えりかを寂しくさせてしまったことへのね」

(……っく)

 普段のわたしなら何かしら言い返していたんだろうが今はその余裕がなくよくわからない悔しさと羞恥にやかれ遅まきながら頬を染める。

(……くそ)

 頬を染めたという意味がこれまた面白くない。

(こんな不意打ちを嬉しいって思ってんのかよ)

 今日は面白くない自分を見つけてばかりだ。

 わずかな時間離れているだけで寂しさを感じてしまう自分。

 白羽や委員長にすら嫉妬をしてしまうほど千鳥を好きな自分。

 不意打ちのキスに嬉しさを感じている自分。

 そして、

「……やっぱり今日の夕食はここで取れ」

 子供っぽい独占欲を持つ自分。

「えぇ、いいわよ。えりかがそうして欲しいならね」

 こいつを面倒だと評した評価を変えるつもりはないが

(……面倒なのはわたしも同じかよ)

 自分の思った以上に千鳥を好きな自分を見つけてしまったわたしはそう思わざるを得ないのだった。  

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