数年後。
小さな劇場の小さな舞台。
その楽屋の中。
「……うん」
大きな姿見に映る自分の姿を確認する天音の元にノックの音。
「はい」
その声と同時にドアが開かれ、
「わっ!」
いきなり大きな花束を突き出された。
「おめでとう、天音」
その花束の裏から嬉しそうに笑う恋人の顔が出てくる。
「玲菜。もう、びっくりさせないでよ」
「ふふ、すまなかったな。サプライズ、というやつだ。初主演おめでとう」
玲菜は玲菜こそ役者かのような振る舞いで天音に花束を手渡す。
「ん、ありがとう」
そう、今日は天音が初めて主演を務める劇の初日。まだ開演まではかなりの時間はあるがいち早く祝辞を伝えるため玲菜はこの場所を訪れていた。
天音が転校し、養成所に通うようになってから初めは端役を務めることも多かったが、天音は才能と努力により数年で小さな舞台ではあるが一つ、夢を叶えることとなった。
玲菜は大学に通いながらも天音の出る舞台にはすべて訪れ、天音の軌跡を見てきた。やはり夢を追う天音の姿は玲菜の目から輝いていて、天音への気持ちは付き合い始めた当初よりもはるかに膨らんでいる。
玲菜自身の夢、というかやりたいことはまだこれだというものが決まっていないが漠然とこうした関係のことをしたいとも思えるようになった。
付き合い始めことはたまに衝動的にしてしまっていた自傷行為もすっかりなくなり、幸いなことに傷もほとんど残っていない。
(感謝しかないな、天音には)
天音と付き合ってからの日々の充実を感じている玲菜は心の底からそう想って、それから改めて楽屋の中を見つめた。
「にしても、大分プレゼントが届いているんだな」
「ん、そうだね。まぁ、付き合いでっていう人もいるだろうけど、中には初めて出た時からのファンですっていう人からも手紙をもらったりするよ」
「……ふむ」
玲菜は沈黙の後に小さく頷く。そこに混じるわずかな感情の揺らぎ。
それを見逃す天音ではない。
「あ、嫉妬してる?」
本当にわずかな感情ではあったが今の天音であれば、恋を一緒に育んできた天音であればそのわずかすら見つけて見せた。
「……そういうわけでないさ。ただ、天音の魅力に気づく人間が私以外にもいるんだなと思っただけだ」
それは嫉妬と言えばやはり嫉妬かもしれない。自分こそが天音の最大の理解者であるという自負があるからこその嫉妬。
天音もまたそのことを察し、
「っ……ん」
唐突に唇を奪った。
「……お前な」
天音がこういうことをするのはもはや珍しい事ではなく、照れることはなくむしろ多少呆れたように天音を見つめる。
「心配しなくても私を一番知ってるのは玲菜だよ。玲菜にしか見せない顔なんていっぱいあるんだから」
自信と確信を持って天音は玲菜に強気な笑いを見せた。
天音は玲菜に対し、玲菜らしいという言葉をよく使うが、玲菜から見たらこの姿こそ天音らしいと想い口元を緩める。
「知っているよ」
「ん、ならよし」
これまでも何度もした会話。これからも何度もするであろう会話。互いの想いを確認する愛の会話。
「いつまでも、お前のことを見続けるよ。お前の隣でな」
「もちろん、絶対に目をそらさせたりなんかしないんだから」
自然と笑い合う二人。
そこのあるのはかつての玲菜からは想像のできない幸せの姿だった。