「……んっ……は、ぁ」
ベッドの上で愛しい相手が悩ましい吐息をもらしている。
潤む瞳、上気した頬、濡れた唇。
魅力的な姿だけれど、
「こほ……こほ」
時折、苦しそうに咳をするところを見せられてはよからぬことを考えられるわけもない。
「彩音、飲み物買って来てあげたわよ」
「んっ……、ありがとー」
私はベッドにいる彩音の側まで来てビニール袋からペットボトルを取り出す。
「はい、プリン。これも買ってきたあげた」
それと彩音が好きなデザート。
「わ、ありがと。わざわざごめんね」
「今更そんなの気にする間柄でもないでしょ。私が風邪にひいたときに返してくれればいいわ」
「ん、そうする」
「私は本でも読んでるから何かあったらいいなさい」
「りょうかーい」
私は彩音に背を向けるとテーブルのところで読みかけの文庫本を手に取る。
彩音がプリンを食べたり飲み物を飲んだりしてるみたいだけど私は気にしないで本の世界に集中する。
冷たいって思う?
けど、風邪引いたくらいでいちいちなんでも世話なんかしないわよ。必要な看病だったり、彩音がしてほしいことはしてあげるけど、付きっきりで面倒をみるなんてことはない。
私は私の時間を過ごす。
そのくらいの距離があるのだって普通のことでしょ。
(……まぁ、本当は買い物行こうと思ってたけど)
さっき言ったのと矛盾するけど、好きな人が辛い状態なのに目の届かないところに行ったりはしない。
彩音はいいって言ってくれるでしょうけど、私が嫌なの。
(……って、いつの間にか彩音のことばかり考えてるわね)
ページをめくる手が止まってることに気づいて、私は手を伸ばそうとしたけど
「美咲―」
ふと、彩音に呼ばれた。
「? 何、どうかしたの?」
「んー、そうじゃないんだけど、ちょっとこっち来て」
「だから何よ」
と口では言いながら彩音の要望を断るなんてことはするわけもなく私は言われたとおりベッドに寄っていった。
「ベッド、上がって」
「? これでいいの?」
「んー……」
(ったく、なんなのかしら)
私が意図を測りかねていると彩音は私を見上げながら、私のほうへ手を伸ばしてきた。
「っ、なに?」
座るとベッドに届きそうな私の髪。彩音は伸ばした手でそこに触れる。
「やっぱ美咲の髪って綺麗だよね」
「い、いきなりなによ」
「美咲のこと眺めてたら触りたくなった。いいでしょ」
はっきり言って言ってることは意味が分からないけど、
「……好きにしなさい」
私はそう言って、その後は黙って彩音を見つめた。
彩音も無言のまま私の髪をいじくる。
撫でたり、指の間で挟んだり、摘まんで指でこすったり。
彩音がこういうことをするのは初めてじゃなくて、たまに理由もないのにいきなり髪を触らせてとこうしてくる。
少しくすぐったいようなもどかしい感じはするけど、嫌な気持ちは全然ない。あるわけもない。
だって
「……いいな、美咲の髪。さらさらで、ちょっと冷たくて気持ちいい」
彩音がこう言ってくれるのが嬉しいから。
綺麗って言われるのも、触られるのも大好き。
髪を撫でるその手が好き。
「好きなだけ触りなさいな」
自然と笑みを作って私も彩音の髪に手を伸ばしていった。