キスの日とやらがあるらしい。
その由来やらなんやらなんかも知らなければ意味だって知らない。
そもそも私たちにとってはキスは特別ではあっても日常でもあって、わざわざそれを理由にするなんてことはない。
と、思っていたんだけど。
◆
「…ちゅ、…ん、ん、ふ…は、ぁ…ん。彩音…んぅ、ぁふ」
「んん、ちゅ…ぁ。ふ、ぁ…ゆめ…んっ」
「…………」
隣で恋人たちのキスを見せつけられれば、気にもなる。
夕飯の片付けも終わり、ソファで映画でも見ようかと過ごす穏やかな時間。
隣の二人、特にゆめなんかは彩音の膝に乗っかってほとんどテレビも見ずにキスをしている。
「…………」
おかげで私も集中が出来ない。
朝からこの二人はこんな感じだ。キスの日だからと、何かとキスをしている。
「ふぁ…ん…っ」
最初は彩音がキスの日を理由にゆめを誘ってて、その時には何くだらないことをと冷めた目で見ていた。
だが、むしろ乗ったのはゆめの方で事あるごとにキスを交わしてる。
「くちゅ…ちゅ、ぷ…ん。ちゅる…ふ、あ…ぅ、ん」
「…………」
しかも深いやつをだ。今なんてどれだけしてるんだってくらい、ずっとキスをしている。
目でも耳でも嫌になるくらい見せつけられていて、
「ん…んっ…ふ、ぁ……っ」
(ったく)
私は思わず、彩音の身体を引っ張ってゆめから引きがした。
「……むぃ?」
何が起きたかわかっていなさそうにゆめは私を見る。
「長い。映画に集中できない」
それは一見まともな意見。これだけなら特に何も思われず少しは反省してくれたかもしれない。
しかし
「…それに、彩音が苦しそうだったでしょうに」
余計な自我が入って。
「……………」
ゆめが訝し気に私を見る。
「ん、いや別に? ゆめとするの気持ちいいし」
(っち)
普段なら気にならない発言だけど、今はむかつく答えだ。
「……彩音、違う」
「へ? 何が?」
「……美咲は自分ともキスして欲しいって言ってる」
「っ……」
基本機微に疎いくせに、変な時に鋭く人の心を明察する。
「えー、いや違うでしょ。美咲そうだったらしたいっていうし」
(っち)
再び心で舌打ちをする。
こいつは機微はともかく、私をわかっているからこそイレギュラーな展開には鈍くていらいらさせられる。
「ね、美咲」
しかも彩音は自負があるせいでさらなる追い打ちがかかる。
「…………」
何を答えるべきか迷い沈黙をする。それが悪手なのはわかっても、自分のプライドを捨てきれないというのは弱みというか不必要な青さといっていいだろう。
「……彩音、もっと」
ゆめはそんな私を流し見て、再び彩音に体を寄せると首に腕を回してそういった。
ゆめにしては芝居がかった上に、無駄に情欲を煽るような仕草。
(これは、ゆめに乘ってやるのよ)
挑発だということを意識して、誰にしてるのかわからない言い訳とすると彩音の襟元を掴んでこちらへと引き寄せた。
「…っ、へ…?」
ゆめはあっさりと彩音を離し、彩音は突然のことに目を丸くしてそんなことお構いなしに襟元を持ったまま口づけた。
「っ……ちゅ、ん、ふぁ……んん」
(彩音の唇……濡れてて、熱くて…いつもとちょっと違う)
少しふやけてすらいる腫れた唇。ゆめとそんなにしていたんだというのを身体で思い知り。
「ちゅ、んぷ……くぷ、にゅ、る…ちゅぅ」
我ながら子供じみた対抗心だとわかりつつも、キスが激しくなる。ゆめの味がする彩音の口腔を私で塗りつぶすように舌を絡め、唾液を送り込む。
「…ふ、ぁ…ん、ぷ……っ」
彩音の身体が小刻みに震えてることは理解しても、一度し始めると先ほど二人がずっとしてたことを思い出してつい止まらなくなる。
(やっぱり彩音とキス…気持ちいい)
そんなこと改めて思うまでもないくらいにキスはしているのに、それでもするときの気持ち次第でこう思えるのだから人間というのは欲深い。
舌の熱さとぬるぬるとした感触、唾液の味。密着する体から伝わるぬくもり。
全てが私を気持ちよくさせて、もっとと貪欲にな…
「っ……ん」
だが、その幸福は唐突に終わりを告げた。
考えるまでもなくその犯人はゆめで
「……長い。彩音が苦しそうにしてる」
少し前の私と同じことを言って彩音を奪った。
確かに普通のキスをするうえでは長かったかもしれないが、ゆめが先ほどしてた時間に比べれば短いはずだ。
要は目の前で熱烈なキスをされて嫉妬をしたということだ。
「問題ないわよ。彩音は私とキスするの気持ちいいんだから。ねぇ、彩音?」
今度は私が首元に腕を絡めてねっとりと囁く。
「え、まぁ…そうだけど?」
「……いいから今度は私とするべき」
(ったく、ゆめはほんと)
少しは大人の対応というか気を使ったことが出来たかと思えば子供じみた嫉妬をして。
(……今日は少し勉強させてもらったし)
「……まぁいったん譲ってあげるわよ」
「……むぃ。また少ししたら返してあげる」
彩音を解放しゆめの方に押しやるとゆめは当然とばかりに再び太ももをまたぐようにまたがった。
「あのー…なんか妙なことになってない? 気のせい?」
火のついた私たちの間で彩音の取引が行われたことになんとなく気付きはしたものの抵抗を見せることはなく私たちはキスの日をめいいっぱいに堪能することになるのだった。