あたしはある部屋の前でドアノブに手をかけながらも入ることを逡巡していた。

 ここはゆめの家で、目の前にあるのはゆめの部屋のドア。

 当然ゆめに会いにきた。普段ならゆめと会うのに悩む必要なんてない。ノックすらしないで入っていって、着替え中で怒られるのも別に気にしないくらい。

 だけど……

(………さすがに、なぁ……)

 ゆめの部屋に来るのは二日ぶりで、この前来たのは……ほら、あれ。風邪引いたゆめのお見舞いに来て………………その、色々ゆめにいたずらやら意地悪して以来。

 あの日からメールも電話もしてなかったけど、澪からまだゆめの風邪が治らないって連絡が来たんで今日も様子を見に来た。

 来たん、だけど……

(会ってくれんのかな?)

 まずそこが問題。思い返すと、あの日はゆめにかなり強引だったっていうか、そうじゃなくたってあんなことの後じゃまともに顔合わせづらいってのに……

(でも、こうしててもしょうがない、か)

 ゆめとはこれからだってずっと一緒にいるわけだし。

 うん、とりあえず会って話さないと。

 コンコン、

 あたしは軽くノックをすると

「ゆめ? 入るよ」

 そう言って返事もまたずに部屋に入っていった。

 部屋の隅にあるゆめのベッドにはもちろん、ゆめがいたんだけど……

「ッ!!?

 あたしを見た瞬間布団をかぶってあたしと反対方向を向いた。

 予想通りというか、予想外というか……

「や、ゆめ。元気?」

 あたしはとりあえずベッドによってそう声をかける。

「…………元気じゃない、悪化した」

「あ、そ、そう……」

 布団をかぶって顔は見せてくれないけど声だけは答えてくれた。

「……彩音の、せい」

「い、いや風邪が悪化したのはあたしのせいじゃないでしょ」

「……彩音の、せい」

「いや、何でよ」

「…………彩音がエッチなことしてきたから」

「っ!!

 な、なんてこといいだすんだこの子は……何でもはっきり言うけど、こんなことまで直接言葉にしないでよ……。

 ゆめだって恥ずかしがってるとは思うけど、あたしはそれだけで顔を真っ赤にする。

「い、いや、それは別に、さ……」

「……服、脱がせた」

 脱がせたけど……その、暖めてもあげた、じゃん。

「……彩音」

「な、なに?」

「……責任、とって」

「へ?」

 せ、責任ってなにすりゃいいの? っていうか、まるでベッドと話してるみたいだから顔出して欲しいんだけど。

「……一緒に、寝て」

「えっと……」

「……早く」

「う、うん」

 あれ? あたしはゆめの様子見に来ただけでこんなことするつもりじゃなかったのに……

 とはいえ、ゆめがそうして欲しいっていうなら応えてあげたい、かな。

 あ、べ、別にゆめと一緒に寝たいとかそういうわけじゃなくて、ほら、ゆめは風邪引いてるんだし、病人の言うことにはなるべく聞いてあげたいっていうか……

(わ、結構熱ありそう)

 言われたとおりにベッドに入ったあたしはまずそう思う。ずっとベッドにいれば当たり前ではあるんだろうけど、それでもかなりの熱がこもってて外からきたあたしとしてはありがたいといえばありがたかった。

「……ぎゅ、ってして」

「あ、うん」

 背中を向けたままのゆめがそう言ってきてあたしは素直にゆめを後ろから抱きしめる。

「ゆめ、こんな感じでいい?」

「……もっと」

「こう?」

 胸と首の中間あたり右腕を、お腹に左腕で当てていたけど、言われてあたしはゆめに体を押し当てる。

「……うん

 ちょっと恥ずかしそうにゆめは頷く。

「……………」

 その後はしばらくゆめは何も言ってこなくてあたしはその華奢な体を抱いていた。

 思ったよりもゆめの体は熱く火照っていて、ずっとベッドにいるせいかちょっと汗の匂いがする、かな?

 ふふ、ちょっと新鮮。ゆめのならこんなのでもいい匂いに感じ……

(……なんか、美咲とゆめが同じようなこと言ってたな)

 二人に呆れたけど、そんなこともいえないねぇ。

「……彩音」

「ん?」

「…………美咲とも……するの?」

「へ?」

「……美咲とも、エッチなこと、するのかって聞いてる」

「っ……」

 避けては通れない道だっただろうけど、いきなりしかもこんな状況で聞かれるとは予想してなくて、頭から水でもかけられたような気分にさせられた。

「えっと……」

「…………嘘ついたら、だめ」

「っ」

(ゆめ……)

 ゆめはあたしの腕を取って自分の左胸に押し当てた。

 ドクン、ドクン、ドクン。

 ゆめの胸は今まで聞いたことないくらい……この前に触ったときよりも早く大きく高鳴っていた。

 あたしからどんな答えが来るのかってのが不安なんだ。

 ゆめはゆめであのときの自分が変にあたしのこと引き止めたってわかってるかもしれないし、だとしたらあたしがゆめと……その、した、のはなんていうか一時的なものに思えちゃうこともあるのかも。

 そんであたしからそうだなんていわれて日には……って感じなのかなゆめの心境としては。

「……うん。たまに、だけど、ね」

 あたしとしてはまずは誠実に答えて、

 ぎゅ。

 ついでゆめにこれ以上ないほど気持ちを込めて抱きしめる。

「でも、その、こんな風に言うのってもしかしたらいけないのかもしれないけど。美咲のほうが先、だったから美咲のほうが好きとかじゃなくて、あたしはゆめのことも本気で好きで、あ、愛してて、べ、別に好きだからエ、エッチっていうか……そういうこと、したいとかじゃなくてあ、いや二人以外とじゃ考えられもしないけど……じゃなくて……えと、つか、えーと……」

 うまく舌が回らない。あたしは本当にゆめも美咲も比べられなくて、美咲やゆめもそうだって思うし……えと、とにかく今はゆめにあたしがゆめを本気で好きで、あれは本当の気持ちだったんだよってわかってもらいたい。

「………彩音」

「な、に、ゆめ?」

 ゆめはあたしの腕をはずしたかと思うと、くるりとこっちを振り返って、今日部屋に来て初めてゆめの顔を見ることができた。

 風邪じゃない要因で真っ赤になったゆめは熱っぽく瞳を潤ませている。ただ、そこには怒ってはいても、悲しんでいるような感情は見当たらない。

「……ん……」

(っ!?

 ゆめは小さくそうつぶやいたかと思うと、瞳を閉じて、そのままあたしの唇に自分の唇を押し当ててきた。

「……ちゅ。あむ…あ、ちゅぱ」

 おずおずと舌を突き入れられて、控えめにあたしの中で舌を蠢かしてきた。

「はむ…くちゅ…じゅぷ…」

 あたしは目を閉じるだけで、ゆめにされるがままにされた。

「すき、…、あやねぇ…くちゃ…みぅ…」

 熱くて、甘くて、そのまま溶けあっていきそうなキスだった。

「……ふ、は……はぁ…」

 キスが終わるとゆめの熱い吐息が頬をくすぐった。

 ゆめははぁはぁと、抑えながらも肺に足りなくなった空気を補給してあたしをさっきと変わらぬ潤んだ瞳で見つめる。

「……美咲なら、いい。私も美咲のこと、大好き、だもん」

 そして、どこかで聞いたことのあるような台詞。

「……うん」

 美咲も同じようなこと言ってたよね。

(ほんと、あたしって世界で一番幸せだ)

 不意にそんなこと思った。

 こんなに二人に想ってもらえてるんだか

「ッ〜〜〜!!?

 一人想いにふけっていたあたしの肩に鋭い痛みを感じた。

「ちょ、ゆ、ゆめ!?

 ゆめがいきなりあたしの肩に噛み付いていた。しかも、結構強くて痛い。

「……がむ」

「ゆ、ゆめ何すんのよ」

「……今、美咲のこと考えてた」

「え……?」

 確かに考えてはいたけど……

「……美咲とエッチなことしてもいいけど、二人きりのときは私のことしか考えちゃ、駄目」

「ゆめ」

 か、可愛い。

 っは! だめだめ! ゆめは本気でいってんだよ!? それを茶化すように見ちゃ……

「……今度は、彩音からキス、して」

「へ?」

「……美咲のこと、考えた、罰」

 少しいじけたようにいうゆめ。

 あ、もう無理。理性が切れた。

「うん……ちゅ……はむ」

 あたしはゆめに覆いかぶさると、二人の唾液で濡れていたゆめの唇に吸い付いた。

「はん……ぷちゅ…じゅぴ…くちゃ……にゅぷ」

 ゆめにされたときよりも激しくキスを交わす。

 自然に手と手を取り合い指を絡める。

「ふ、はぁ……ゆめ…ちゅぅぅ」

「み、あ…にゅぱ、ヂゥぅ……あや、ねぇ」

 粘着質のあたしたちの体に直接響く。それがあたしたちの心を高めて、つなげていった。

「ふ、ゆめ、かわい。大好き」

「……は、ふ、ふぁ……は、っ、はぁ」

 真っ赤な顔で息を整えるゆめ。普段はほとんど表情を変えないゆめのあたしと、美咲だけが見る、ううん、美咲ですらこんなゆめは見れない。

 あたしだけのゆめ。

 あたしは体を重ねたままゆめの体を抱きしめた。

「ふふふ、ところで、ゆめ」

 せっかくのいい雰囲気だけど、時にはいたずら心に身を任すのも一興かね。

「……む、ぃ?」

「顔に浮かんじゃうほど汗かいてるけど、着替えなくてもいいの。なんならお着替え手伝ってあげようか?」

 あたしはそういって絡めてた指を解いてパジャマの上につつーとすべらす。

「……だい、じょうぶだから……いい」

「でも、こんな汗かいてるよ? ほら、ペロ」

 ほっぺにあった汗の粒をペロリ。

「しょっぱいけど、なんかゆめのと思ったら甘くも感じちゃうかな?」

「……そ、そんなの舐めちゃ、だめ」

「んー、でもこっちにも……ペロ」

「……みゃ……〜〜〜」

 ビクビクって恥ずかしそうに体を震わせるゆめが楽しすぎてちょっとふざけるつもりだったのが止まらなくなった。

「……み、……みゅ……あ…は、んっ……」

 ゆめの熱のこもった声が耳に響くとあたしはそれだけでも蕩けちゃいそう。

 この日は最高に楽しんだあたしだったけど、最後にあたしが風邪引いたときは絶対に仕返しするなんて怖いこと言ってきて最後に心胆をさむからしめるのだった。

 

 

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