「彩ちゃんと共演、ですか?」

 ある日、事務所で今度出演するドラマの内容を聞いていた私はスタッフさんから出た思わぬ相手の名前に複雑な思いを抱いた。

「はい。最近パスパレの活動も順調ですし、彼女にも色々な経験を積んでもらおうという方針で千聖さんとの共演を行おうということになりました」

(……彩ちゃんと、共演)

 それは本来喜ばしいことのはず。

(よりによってこのドラマで……)

「千聖さん? 何か気になることでも」

「……いいえ。そうですね、パスパレとしての宣伝にもなりますし、よいお話だと思います」

 心のよぎった想いを隠して笑顔の仮面をかぶる。それは私がこの芸能界で生き抜くために身に着けた所作。

 胸の裡を隠して私はスタッフさんとの打ち合わせを終えると会議室を後にする。

 今日この後はパスパレの練習があるけれど、まだ時間が空いているしレッスン室で台本をチェックしようかしら。

 そう決めた私は誰もいないレッスン室で件の彩ちゃんとの共演のドラマの台本に目を通す。

(彩ちゃんと、か)

 大筋を確認して改めて彩ちゃんとの共演であることを意識するとため息が出てしまいそう。

 彩ちゃんと一緒なのが嫌なわけじゃないわ。そのこと自体はむしろ嬉しいって言える。

 問題なのはドラマの内容の方。

 ドラマは簡単に言えば恋愛ドラマ。多種多様な恋愛模様についてえがかれるということでまだ放送前から話題になっている。

 そう、多種多様。

 年齢差だったり、立場の差だったり、国籍の差だったり。

 ……性別の差だったり。

 彩ちゃんとの共演はその回。私と彩ちゃんの恋模様の話。

「…………」

 そのことを考えると気が重い。

 彩ちゃんとそういうことをするのが嫌なわけじゃないのよ。

 というよりも、むしろ逆ね。

 私は彩ちゃんへの気持ちを量りかねている。

 最初はして当然の努力を誇るしかないような子だとすら思っていたのに、あまりに愚直に自分を貫く彼女に私は好意を持つようになっていた。

 パスパレとして一緒に活動をしていきながらも私は彼女を気にかけるようになっていて、いつしか彼女への気持ちが他のメンバー以上のものになっている気がするの。

 最初は単なる友情だと思っていた。私が花音に向けるのと同じ親愛の情なのだと。

 でも、つい目で追ってしまうことがあったり、一緒に居ると動悸がしてしまうこともあり花音への気持ちとは違うもののようにも感じるの。

 もしかしたら私は彼女に友情以上の感情を持とうとしているのかもしれない。

(それこそ、このドラマの)

「……やめましょう」

 私の気持ちはどうであれ、することは変わらないわ。

 どうにか気持ちを落ち着かせた私は再び台本を読もうとすると

「千聖ちゃん!」

 私を悩ませている相手がレッスン室へとやってきて再び仮面をかぶる。

「どうしたの、彩ちゃん」

「ねぇ、聞いた? 私達一緒のドラマに出るんだって」

「えぇ。知ってるわ」

「嬉しいなぁ。千聖ちゃんと一緒だなんて」

 子供のようにはしゃぐ彩ちゃん。芸能人としての実績の乏しい彼女のその気持ちはわからないでもないけれど。

(……こっちの気も知らないで)

「喜んでばかりじゃダメよ。アイドルだからって、見る人の目が甘くなるわけじゃないんだから」

「わ、わかってるよ。でも、千聖ちゃんと一緒でほんとに嬉しいし、心強いから」

 屈託のない笑顔。感情を露わにした彼女らしい笑顔。私も大好きな彼女の笑顔。

「そうね。それは私も同じよ。一緒に頑張りましょうね」

 感情を隠さずに向けてくれる彩ちゃんに対して私は心を偽ったまま平静を装って、共演者として当たり障りのない言葉をかけるものの

「うん! あ、そうだ。千聖ちゃんにお願いがあるんだけど」

 私の定まらない心を揺さぶる「お願い」をされることになる。

 

 ◆

 

 彩ちゃんのお願い。

 それは空いている時間に演技の練習に付き合って欲しいというもの。

 事務所だって当然演技のレッスンの時間は取ってくれるのにそれだけでは満足できずに努力をするのは彼女らしいわ。

(ただ……)

「ダメよ、ストップ」

 他のメンバーが帰って二人きりになったレッスン室で彼女の演技を見ていた私は鋭く声をかける。

「全然役に入れてないわ。セリフはただ読んでるだけじゃダメなのよ。その役が何を思って、どんな気持ちでそのセリフを言うのか。それを想像して、世界を自分で作るのよ」

 彩ちゃんの演技ははっきり言って上手とは言えない。もちろん、私と比較すれば劣るのは当たり前でもそれ以前に彼女には演技が向いてないようにも思える。

 でもそれも仕方のないかもしれないわね。

 彩ちゃんのいいところは彩ちゃんらしいというところにある。演技をするということは彼女のらしさを奪うことかもしれない。

「そ、そんなこと言われても難しいよ」

「難しいは理由にならないわ。現場に出る以上、そんな言い訳は許されないの」

「それは……わかってるけど。でも、恋って言われても想像できないよ」

 ……つまり、彩ちゃんは恋をしたことがないっていうことかしら。

 その事実にほっとしてる自分がいる。

(ほっと? どうして?)

 いえ、つまりそれは……

「でも、千聖ちゃんの言う通りだよね。出るからにはちゃんとしなきゃいいけないんだし……あ、そうだ」

「どうかしたの?」

「練習の時、役名じゃなくててもいいかな」

「っ。それってつまり、今みたいに彩ちゃんとか、千聖ちゃんって呼ぶっていうこと?」

「うん。なんだかその方がうまくできそうな気がするんだ」

「……そう、ね」

 演技のやり方は人それぞれ。私はそんなやり方をしたことはないけれど、彩ちゃんがそうしたいというのならまず演技になれるという意味でも悪くはないかもしれない。

 彩ちゃんへの気持ちを量りかねている今そんなことをすることの心配もあるのだけれど。

「わかったわ。今日のところはそれでやってみましょう」

 軽率に私は彩ちゃんの提案を受け入れてしまった。

 それが本当に軽率だったとすぐに私は思い知る。

 彩ちゃんの提案を受け入れて練習をし始めてから少しして。

「千聖ちゃん。私、千聖ちゃんに出会えてよかったよ」

(っ……)

 これは、ドラマのセリフ……なのに。

「千聖ちゃんはいつも私の目指す場所に居て、ずっと憧れだったの。だから今こうして隣にいられるのがすごく嬉しいんだ」

 向かい合いながらセリフ合わせを行う私達。

 見慣れているはずの彩ちゃんの姿が眩しく、言葉に動揺を隠せない私がいる。

「大好きだよ、千聖ちゃん」

 役に入り込めたのか彩ちゃんの頬は赤く染まり、瞳は情熱的に潤んでいる。

 本気にすら感じるその姿は

「っ……」

 私の心の認めようとしていなかったある感情を刺激する。

「どう、かな? さっきよりは上手にできたって思うけど」

 小首をかしげながら大きくクリッとした瞳見つめてくる姿。それはあまりに愛らしく私を刺激する。

「え、えぇ。そうね、とてもよくなっているわ」

「ほんと!? よかったぁ。なんかね、演技って言うよりもほんとに私と千聖ちゃんみたいだなって思ったらうまくできるかなって思ったんだ。だから、演技っていうか本音なのかも。だって、私ほんとにいつも千聖ちゃんに助けてもらってきたもん。出会えてよかったって思ってるから」

 私に褒められたことで興奮してるのか彩ちゃんは高ぶった心の裡を吐き出してくれている。これも本当なら素直に喜んでいいのに。

「千聖ちゃん、大好きだよ」

「っ……」

 それが、演技にかこつけたものだというのはわかっている。わかってはいてもさっきから高鳴り続ける胸が別の意味で受け取らせて

(あぁ……やっぱり私)

 彩ちゃんのことが好きなんだわ。

 もしかしたらずっと前からわかっていた気持ちを認めずにはいられなかった。

 

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