ハロウィンに限らずイベント事と言えば、芸能人にとっては露出の機会を増やすありがたいものとして一応受け取っている。
特にこれから年末にかけてはイベント事も多く、ここで顔を売っておくのは大切なことで、その意味ではあのハロウィンの番組はよい機会だった。
ということでこれもハロウィンに限らないのだけど、私のような人間にとってはイベントの前が本番なことが多く、自分の中ではすでにハロウィンは10月31日を前にほとんど終わったものと言ってもよかったの。
「トリックオアトリート!」
と、こう恋人の彩ちゃんに言われるまでは。
「………………」
意気揚々とする彩ちゃんを私は冷めた目で見つめる。
だって、そうでしょう。
10月31日も残り少なくなった夕時の自室。
お昼を一緒に取っている時、今日部屋に遊びに行ってもいいかと問われ、なら一緒に帰ろうかと放課後迎えに行ったら準備があるからなんて言われて。
少し一緒に帰れなかったことを寂しく思いながら部屋で待っていたらいきなりこれよ。
今日はハロウィンなのだから悪いというわけではなくて今の恰好がまず気になったの。
商店街のハロウィンイベントホールで身に着けていた幽霊のかぶりもの。それ自体は可愛らしくていい。
「もしかして、その恰好で来たの?」
「え? うん、だってせっかくのハロウィンだもん! 可愛い恰好したいなって」
彩ちゃんの魅力を引き出しているのは認めるわ。ハートの目をした幽霊のフード。どことなく愛嬌もあり彩ちゃんに似合うのもその通り。
でも、アイドルがイベント会場でもないのに仮装をしながら街中を歩いてきたというのは考えて欲しいところ。
(……本当に可愛いというのは否定しようないけれど)
不覚にもまじまじと見てしまいながらとりあえず部屋に通して、ドアを閉めると。
「千聖ちゃん、トリックオアトリート!」
彩ちゃんはもう一度それを繰り返す。
「お菓子くれないとイタズラしちゃうよー」
嬉々とした彩ちゃんの様子。ハロウィンというこのイベントを全力で楽しみたいという気持ちが伝わってくる。
(正直、個人としてはそこまで興味があったものではないけれど)
この彩ちゃんを前にすれば多少は期待に応えてあげたいという気持ちも生まれるもの。
(お菓子、あったかしら)
ハロウィンらしいものはもちろんないしあまり家で食べないから常備もしていないけれどまったくないということはないわよね。
「仕方ないわね。今さがしてくるからちょっと待ってて」
「え……」
「? 彩ちゃん? どうかしたの?」
「あ、ううん! な、なんでもないよ」
望みの通りにお菓子を用意しようとしたというのに彩ちゃんは、意外そう……残念そうな声を出した。
まるで期待を裏切られたかのように。
「………」
その理由を察せられない程私は鈍くはないつもり。
いえ、ここでようやく彩ちゃんの目的に気づいたという時点で鈍いのかもしれないわね。
いくら彩ちゃんに子供っぽいところがあるとはいえ、純粋にお菓子が目的だっていうことは考えられないでしょう。となれば、真の目的はトリックの方。
(どんな「イタズラ」をする気だったのかは知らないけれど)
単純に彩ちゃんの思惑に乗ってあげるのもつまらないわね。
(……なら)
ハロウィンらしくかどうかはともかく私はある「イタズラ」を閃き実行することにした。
「ごめんなさい。そういえばお菓子は家に置いてなかった気がするわね」
「あ、じゃ、じゃあ」
(わかりやすく喜ばないの。何を考えているのかバレバレでしょうに)
そこが彩ちゃんの魅力でもあるから文句は言わないであげる。
「あ、でも確か……」
喜色を浮かべる彩ちゃんをすかすように呟き、仕事用のバッグを手に取るとそこからあるものを取り出す。
「キャンディならあったわ」
喉にいい蜂蜜のキャンディ。頻繁に摂取するわけではないけど、気休め程度にいくつか常備している一つ。
らしいものではなくてもお菓子なことは確か。
(とはいえ)
わざわざ仮装をして訪ねてきてくれた恋人にこのままというのはいくら何でも味気ないから
「これだけじゃさすがに悪いし『食べさせてあげる』わね」
少しくらいは「特典」をつけてあげましょう。
包装を解き、キャンディをつまんで彩ちゃんの口元へと持っていく。
どういう意図かは反射的に彩ちゃんも理解して面映ゆそうに「あ、あーん」と口を開けて
「は……む?」
彩ちゃんの唇が空を切る。
キャンディは彩ちゃんの口の中に入ることはなく、代わりに
「……ん、甘いわ」
私の舌の上に置かれていた。
「あ、あれ? 千聖ちゃん?」
何が起きたかを理解できてない彩ちゃんは首を傾げ、これまた可愛らしい様子を見せてくれる。
「も、もう! 千聖ちゃんひどいよー。お菓子もくれてないし、意地悪な千聖ちゃんにはイタズラしちゃうよ」
呆けたかと思えば今度は頬をぷくっと膨らませて、ころころと変わるその彩ちゃんの豊かな表情を見られただけでも収穫ではある。
でもまだ終わりではないのよ。
「それは困ってしまうわね」
まんまと誘いに乗った彩ちゃんに口角をつり上げ邪に笑う私は
「イタズラをされるのは困るから」
彩ちゃんへ体を寄せて
「んんっ!!?」
そのまま口づけを交わした。
突然のことに目を見開き、硬直する彩ちゃんにすかさずキャンディをのせた舌を差し込んだ。
「ぷ、ぁ。ん……ちゅ、くちゅ…んん……っ」
そのまま彩ちゃんの中でキャンディを弄ぶ。
舌で押し付けたり、キャンディをそっちのけに舌を絡ませあったり、腰を抱いて深く繋がり彩ちゃんの舌を私の中に引き込んだりもする。
(彩ちゃんの中、あったかくてぬるぬるで……気持ちいい)
「ふ、ぁ……クチュ、ちゅ…ぷ。ん…、ふ……ぴちゃ…ちゅぴ」
二人の熱で少しずつ溶けるキャンディが唾液までも甘くしていく。
肉厚な彩ちゃんの舌とキャンディを弄ぶ甘すぎるキスはこのまま溶け合い恍惚感をもたらし、自分がしておいて情けないことに足に力が入らなくなりそう。
ずっとしていたいという誘惑にはかられるも、頭の中で冷静な私がいた。
キャンディがちゃんと溶け切る前にはキスをやめなければいけないと、冷静な自分が忠告してきて
「ふ……ぁ……」
彩ちゃんの中にキャンディを残し唇を離すと、名残を示すかのように二人の体液で銀の橋がかかり唇の端にわずかに垂れるもの以外は重力に従い床へとトロっと落ちていく。
そんな官能的な光景を自然と視線で追った後、
「ち、千聖ちゃん! な、なな……なに、するの」
ようやく我に返った彩ちゃんが取り乱す。
キスを受け入れておいて今更でしょうとそれも彩ちゃんらしいと思いながら、再びいたずらっぽく笑った。
「言ったじゃない。『食べさせてあげる』って」
何も間違ったことはしていないわ。初めからそう言っているのだから。
「欲しかったんでしょう。お菓子」
まだ回復しきってない彩ちゃんに追い打ちをかけるかのように、唇の端に垂れた唾液を指でなぞり見せつけるかのように一舐めし、一言告げる。
「満足できたかしら?」
「ぁ……う、ぅん」
自分がされる想定はできてなかったのか、それだけしか言えなくなっている彩ちゃん。
でもここで終わりではないの。彩ちゃんの中にはまだ置き土産が残っているのだから。
「千聖、ちゃん……?」
私が彩ちゃんから離れてベッドへと仰向けになると不思議そうに名を呼ばれる。
『ここ』が彩ちゃんへと思いついた「イタズラ」の終着点。
「ねぇ、彩ちゃん」
甘く艶めいて恋人を呼んで、
ベッドの上で両手を広げて彩ちゃんを迎えるかのようにするの。
「まだ私はお菓子をもらっていないわ」
それから誘う視線で読み水の言葉を投げて
「トリック・オア・トリート」
今日のお決まりのセリフを吐く。
貴女はお菓子とイタズラ、どちらをくれるの?