「今度こそローラがキスしてくれるかなって思ったのに」

 

 前にゆめと一緒のベッドで寝た翌日に言われた言葉。

 寝ているはずのゆめに抱き着かれたり、足を絡められたりされた夜を終えた後の言葉。

 キスしようかと思い悩み、結局何もできずに迎えた朝に言われた言葉。

 あの後、結局どういう意味かは聞けなかったけれど、普通に考えればあれはあの夜ゆめは起きていて意図的にあんなことをしたっていうことよね。

 ただそれをゆめにはっきりさせるのはどこか怖いような気もして、そのことをあやふやにしたまま、私たちは日々を過ごして徐々にあの夜の記憶も薄れてきていた。

(のに………)

 今、あの夜のことを思い出している自分がいる。

 だって、今私は!

「ん……にゃ…くぅ……ローラ……」

 あの夜みたいにゆめと一緒のベッドで!

 しかもまたゆめに抱き着かれながら横になっているんだから!

 

 

「うぅ……」

 頬にかかるゆめの寝息。

 触れ合う手足から伝わる体温。

 漂う女の子の甘い香り。

「ん……ローラぁ…」

 私を呼ぶ愛しい声。

 そのどれもが私の胸を高鳴らせて体の内に熱さをたぎらせてくれる。

「……ん、くっ」

 緊張に喉が渇いて思わず生唾を飲み込む。

(と、とりあえず冷静に考えてみようじゃない)

 付き合っている相手にベッドの上で抱き着かれているのに冷静も何もないけど、それでもどうにか沸騰しそうな頭で今の状況を考えてみる。

 今回も一緒に寝ようと誘ってきたのはゆめの方。

 その割には前と同じようにさっさと寝入っちゃって、そしてすぐにこうやって抱き着いてきた。

 しかも前と同じようなポーズで。

 そこに少し疑問を感じて、追及の糸を頭の中でたどると次に考えたのは

(……普通、同じポーズになったりする?)

 右手で胸元を掴んで、脚を脚の間に入れて絡めてきて。

 そのことだけならまだ偶然で片づけたかもしれないけれど

 

「今度こそローラがキスしてくれるかなって思ったのに」

 

 頭に響くゆめの声。

 二つのことを結びつけて考えると、頭の中にある考えが思い浮かぶ。

(もしかして、からかわれてる?)

 そう考えるのが自然なような気がしない?

「………ねぇ、ゆめ?」

 疑惑に持った私は試しに声をかけてみる。

「……………」

 反応はない。

「ほんとは起きてるんでしょ?」

「……………」

 依然反応はなくて、変わらず私の体に密着したままのゆめ。

 本当のところゆめの真意はわからない。でもこの時私はやっぱり冷静でいられるわけはなくて、とにかく今の状況を説明できる理由が欲しかった。

 だから、「ゆめは寝たふりをして私をからかっている」っていう都合のいい答えに飛びついてしまう。

「もうバレてるから、寝たふりしたって無駄だから」

 決めつけた私はゆめを観念させるためにそんなことを言ってみるけど

「………………」

 やっぱり何も答えてはくれない。

(あくまで白を切るつもりってわけね)

 まぁ、気持ちはわからないでもないわよ? 恋人の私をからかったっていうことはすでに気まずいんだろうし、それがばれたりなんかしたら余計に言い出せないのはわかる。

(……おもしろいじゃない)

 ゆめがそのつもりなら、こっちだって考えがあるんだから。

「んっ、と」

 私はまず胸元を掴むゆめの手を外す。

「んん……」

 次にゆめの脚に挟まれた脚を抜き、少しこすれる感覚をくすぐったく感じながらも自分の体を自由にした。

「まずは……」

 と、掛け布団を取ると半身になっていたゆめの体を仰向けにする。

(なかなかいい眺めじゃない)

 ベッドに仰向けに横たわるゆめを見下ろすのは支配欲を刺激されて悪くない気分。

 シーツへと散らばるゆめの髪。無防備なゆめの肢体。

 悪くない。というよりも、ベッドに投げ出されたゆめの発達途上の体を見つめていると動揺してしまう。

(……ここまで来たら起きてもよさそうなものだけど)

 いくら付き合っている相手とは言え、ベッドでこんな状態にされたら観念してもよさそうなのに。

(どうせ何もできないって思われてるのかもね)

 ゆめの中じゃ、キスだってできない意気地なしだって思われてるんだろうから。

 いいわよ。そうやって余裕ぶってれば。せっかくだしこっちは好きにさせてもらうんだから。

 私はそう思いながらまずパジャマに手を入れて腕に触れてみる。

「へぇ」

 触れた感触に思わず感嘆の声。ゆめの体は何度か触ったことあるけど、腕をこうして丹念に触ってみるのは初めて。

 女の子らしい細腕なのに触ってみると引き締まっていて、握るとしっかりとした弾力と固さを感じる。

(そういえば、バレーやってたのよね)

 ゆめのユニフォーム姿とか見たかったな。

 そんなことを思いながら、手首周りや二の腕にまで手を伸ばし、普段は触れないゆめの感触を堪能する。

「ゆめの体って結構すごいんだ」

 なんだか勘違いされそうなことを呟きながら調子に乗った私は続いて太ももを揉むように掴んでみる。

 グニグニと少し力を込めてマッサージするように揉んでみると腕とはまた違うしなやかさがあって、女の子らしい暖かさと柔らかさはあるけれどそれだけじゃない新鮮な感触を楽しむ。

(……にしても)

 起きないんだ。

 まぁ、きわどいところに触ったわけじゃないし、ここまで来たらゆめも意地になってるのかもね。

「……………」

 すぐにゆめがボロを出すかなと思っていたけど思ったよりも頑固みたい。

 元々どうするかなんて決めてなかった私は、次を何をするか考えながら可愛らしいコアラのついたゆめのパジャマに目をやる。

(……これは、さすがに)

 見つめながら、頭をよぎったことに最初は躊躇した。

 さすがにまずいことのような気がするから。

(でも、最初にからかってきたのはゆめの方なんだし……)

 そうよ。何が「キスしてくれるかと思った」、よ。

 まだしたこともないっていうのに、純な私の心を弄んで。

 大体、この前一緒に寝たときは本当に恥ずかしかったし、ドキドキだってしたんだから。

「……………」

 少しはゆめだって私みたいに恥ずかしい思いをしてみればいいのよ。

 自分の欲求に理由をつけた私は、ゆめを跨ぐようにしてふとももの上に座る。

「……んく」

 するって決めはしたけど、いざこうして改めてゆめの上でゆめを見下ろすというのはこれまでにない光景で生唾を飲み込んじゃう。

 それでも意志を貫徹しようとパジャマの上に手をかけると、今度は妙に胸がドキドキしてきて血の巡りがよくなって体が熱くなっていく。

(も、もとはと言えばゆめが原因なんだし)

 自分に言い訳をしながら私はゆめのパジャマを少しずつ上にずりあげていく。

 綺麗なお腹、可愛らしいおへそ、薄く浮かび上がる肋骨……それと、ピンクの可愛らしい……

「っ!!」

 と、とりあえず最後に見ようとしたものからは目をそらしたけれど、お腹から胃あたりまでを露出したゆめの体を改めて見てみると

「う、あ……」

 思わず頭がくらくらとして声が出た。

 どんな種類の意味かは自分でもわからないけれど、でもなんか声が抑えられなくて、それから

「………………」

 乱れたゆめの姿から目が離せなくなる。

 きめ細やかな肌をしたお腹。パジャマの乱れたゆめの上半身。

「は、ぁ………」

 気づけば無意識に熱い吐息を漏らす自分がいて、頭の中からはどうしてこんなことをしているかっていうことが薄くなっていって、代わりに頭を支配するのは

(触って、みたい……)

 そんな情動。

 ゆめに触りたいっていう欲求が頭を埋め尽くしていって、私は心のままに玉の様な肌に手を伸ばした。

「あ……」

 指先がお腹に触れると思わず感嘆の声が出る。

 さっきだって腕には直に触れたけど、それとは全然別の昂揚に胸が高鳴る。

 プルプルとした感触、少し力を込めてみると指が沈みこむ。

 春先とは違って腹筋がついてることはわかるけど、それでも確かな魅力を持つ女の子の肌。女の子の身体。

 最初の内は指だけで満足だったのに、気づけば手のひら全体でゆめのお腹に手を当てていた。

 瑞々しいゆめのお腹。

「………ん、ふ、ぅ」

 再び相変わらず理由のよくわからない声が出てしまう。

 何がしたいか自分でもわかっていないのに手が離れなくて、ゆめの熱を手のひらに感じる心地よさに酔いしれる。

「ん……く……ん」

 体は熱いし、心はまともな状態じゃない。私を動かすのは自分でも理解できていない心の欲求。

 手のひら全体を押し付けるようにして、おへそ周りの柔らかさを堪能した後、今度は両手を左右へ開いていって脇腹へと触れる。

「ゆめの体って……すごい」

 なだらかにくびれた腰回りを撫でまわしながら、今度は無意識にそれを呟く。言っているのは同じ言葉だけど、多分全然違う意味で。

 潤いの溢れる肌には手が吸い付くようでまるで手が離せる気がしない。

 離すどころか脇腹を掴んだり、お腹を撫でているとどんどんと心が未知の高鳴りを見せていき……「もっと」なんて思ってしまって……手を少しずつ上の方に持っていく。

 細いゆめの体に浮き上がる肋骨を撫で、さらに……

「ん……んん」

「っ!?」

 手を上へと上げようとしたところでゆめが身をよじり、私は反射的に手を離した。

(わ、私は何を!?)

 自分がしてしまったことに自分でびっくりしちゃうけど、改めて自分の下にいるゆめを見つめなおし

「あ、あれ……?」

 私、何やってんの?

 今自分がどういう状態なのかを改めて思いなおすと、なんだかとんでもないことをしてしまった気がしてくる。

(で、でも、これはゆめが寝たふりをして私をからかうからで)

 してることに意味をつけようとするけれど……

(……けど、さすがにここまでされて寝たふりなんてできる?)

 体の一部とはいえまさぐり、馬乗りになってパジャマをめくりあげて、しかもお腹に触れるどころか胸近くまでに触って……?

 これで、寝たふりなんて普通できなくない?

(あれ? つまり……?)

 もしかして?

 ほんとに、ゆめは寝て……る?

「っ……!?」

 そう考えた途端、体に電撃でも走ったような感覚がしてビクっとなって、その後すぐに血の気が引いていく。

(え? え?)

 ゆめが本当に寝てるとしたら私のしたことって、まずいとかそういうレベルじゃない気がする。

 と、とにかくこれ以上は……

 ゆめが本当に寝てるんだとしたら万が一にでも今、目を覚まされたら

「っ……ん……ん、んん………」

 なんて考えていた私は焦ってゆめのパジャマを直そうとしたけれど、瞬間、ゆめが熱っぽい呻きをあげた。

 せめてそこで身を引けばよかったのに私はパジャマに手をかけたまま硬直してしまう。

「……ぁ、う………? ロー、ラ……?」

 そして、ゆっくり目を開き、焦点を合わせて私の名前を呼ぶゆめ。

「………………」

「………………」

 見つめ合いながらつい黙り込む私達。

 えーと、少し落ち着いてゆめから見た今の状況を考えてみようじゃない。

 ベッドの中。隣で寝ていたはずの私がいつの間にか馬乗りになっていて、お腹は出ているというかパジャマは乱れてて、しかもそのパジャマに手をかけている。

 これは戻そうとしているところではあるけど、見ようによっては脱がそうとしているようにも見えて……?

 つまり……?

 所謂、「襲っている」っていう場面に見えない? というかゆめが本当に寝ていたんだとしたらそうとしか見えない、ような……?

「ん、ぅ……? え? ローラ? え?」

 ゆめは今自分がどういう状況にあるのかを理解したのか私と、自分の体を交互に見て呆けたような声をだした。

「あ、ゆ、ゆめ!? こ、これは、その……っ、ち、違うから。そういうんじゃなくて! これは……その、と、とにかく違うから!」

 何が違うのか自分でもよくわからないまま必死に訴えるけれど、この言葉に一欠片の説得力もないことはわかりきっている。

「ろ、ロー、ラの……」

 ゆめは私の言い訳なんて耳に入れもせずにじんわりと瞳を潤ませ、唇を戦慄かせると……

「ばかぁぁぁーーー!!」

 そんな叫びと一緒に

 パァン!

 バレーで鍛えられた腕に頬を叩かれる音が響き渡るのだった。

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