真っ赤な顔をした神坂さんは熱にうなされた表情で、瞳を煽情的に潤ませながら私に目を向けてきた。

 私は、一瞬血の気が引いたかと思うと次の瞬間には体中に火がついたように熱くなった。

咄嗟に握ってた手を離す。

「今の……本当?」

「な、なにが?」

「嬉しいっていうの……」

「そ、そんなこと聞こえたの? ゆ、夢でも見てたんじゃない?」

「そう……なの、かしら? 聞こえたような…気がしたのだけど」

 神坂さんはまだ頭がはっきりしてないみたいで、ぼーっとしたまま天井を見つめてる。

(……言った、言ったんだよ。嬉しいって……聞き間違えでも、夢でもないんだよ)

 しばらく天井を見つめたあと首だけを動かして部屋の中を見回した。

「ここ、菜柚の部屋?」

「うん、そう……だよ」

「可愛い、部屋、ね」

「……神坂さんの部屋のほうが綺麗だったじゃない」

「私のと比べてどうじゃなくて、可愛いって言いたかったの」

「……ありがと」

 素直に頷いちゃう自分がいる。

 私はどこか嬉しそうに部屋の中を見回す神坂さんを真剣な顔を見つめると、心の中である決心をした。

「……ねぇ、大丈夫だったら、悪いけど今日はもう帰ってくれない? それで、もうちゃんと体が治るまでは、絶対に来ないで、うちにも、学校にも。来たら……嫌いになるから、ね」

 震えながら声を出した。

倒れた人間に帰れだなんて酷すぎるけど、今はまだ向き合えない。ちゃんと、向き合って話をしたいから、今日はもうここにいないで欲しい。

「ちゃんと治ったら……放課後あの場所に、屋上の踊り場に来て……そこで、ちゃんと話すから……私の気持ち、ちゃんと」

 波が、押し寄せてくる。神坂さんへの抑えきれない感情の波が。理由もわからないのに世界が滲んでくる。体も波に揺られて、ぶるぶると震える。少しでも抑えるために俯いて、拳を握り締めても波は収まらない。

「菜柚……」

 神坂さんは私の顔を覗き込むようなこともしなくて上半身を起き上がらせると、小さく「わかったわ」と囁いた。

 こんな酷なこと言ってるのに、私の心を察してくれるかのようにベッドから抜け出して鞄を取った。

 その緩慢な様子に心が痛むけど、その罪悪感よりも今は神坂さんといたくない。

「……待ってる、わね」

 玄関まで送っていくと、ドアを開ける直前体の調子の悪さを押したでも、気力のある笑顔を見せて、出て行った。

 私はその背中をはっきりと見ることが出来なかった。

 

 

 私は神坂さんのこと……嫌いじゃない。もう、嫌いだなんていえない。好きかどうかはわからない。今言えるのは絶対に嫌いじゃないってことだけ。

 そして、好きって言われるのは、嫌だし、怖いけど……嬉しい。すごく怖くて、すごく嬉しいよ。

いくら怖くても、好きって想ってもらえるのは……やっぱり嬉しい。

 私を大切に想って、大好きって言ってくれる人がいるのが嬉しくて、そのことを思うと胸が暖かくなる。誰でもいいわけじゃない。わかんないけど、神坂さんだからこんなに嬉しい。

 でも、私には神坂さんに好きになってもらえる資格はないんだよ。好きだなんて言って貰える資格あるわけないんだよ。

 そう言えば神坂さんは関係ないって、きっと言ってくれると思う。

 ……人を好きになるのにも、好きになってもらうのにも本来は資格なんて要らないかもしれないし、普通はそうやって言う。それはそうなのかもしれない。でも、それはきっと皆が好きになってもらえる資格を最初から持ってるから。だから、資格がいらないって言うんだと思う。

 だけど、その資格はなくなることもあるんだよ。

そして、私はその資格を、神坂さんに好きになられる資格をなくしてる。あんなことしたのにすきになられていいはずがない。

ないの! ……もう。

 もう……ないの。

 神坂さんはそんなのどうだっていいていうだろうし、そんなのも纏めて私を好きだって言ってくれる。

……きっと、きっと言ってくれる。

 あとは私の心の問題。

 私は、神坂さんのこと絶対に嫌いじゃなくて……でも、私は……

 私は神坂さんのこと……神坂さんと……

 

 

 それから神坂さんは一週間、一週間も学校に来なかった。そこまで重いものだったのかなって思ったけど、多分私がちゃんと答えを出せるように待っててくれたんだと思う。

そう、思いたい。

 今の神坂さんが一週間私に、好きな人に会えないなんてつらくてたまらないって思う。でも、一週間、私のことを待ってくれたんだよね。

(……ありがとう)

 そして、あの日から丁度一週間の今日。神坂さんは学校に来た。

 朝、一目アイコンタクトを交わして一言も話はしなない。けど、ちゃんと気持ちは伝わってると思う。

 朝のHRや授業中、お昼休みなんかにそれとなく気にしてみたけど、体はもう大丈夫みたい。授業は休んでたせいで大変そうだったけどその辺は、友達がノートを取ってくれたりしてたみたいでもともと勉強は真面目にやるほうだから問題ないと思う。

 ああいう友達がいるっていいよね。私はあんまり友達に我がまま言ったり、お願いしたりとかないもん。

 でも、今日はいつもよりちょっと勇気を出してお願いしてみよ。

「浅倉さん、ごめん。私今日掃除休みたいんだけど、適当に言い訳してもらってもいいかな?」

「また? 少し前もサボってなかった?」

「それ言われると痛いけど、今回だけ見逃してくれない? 今度浅倉さんが困ったら助けるから」

「しかたない、一つ貸しってことにしてあげる」

「ありがと」

 同じ掃除場所の子にお願いをすると、私は掃除場所から離れて、あの、神坂さんとの待ち合わせ場所に急いだ。

 正直言って足取りは軽くない。っていうよりも重いって言っていいと思う。

 廊下を行く間にも、真面目に掃除してる人たちを尻目にしながら胸の鼓動がどんどん大きくなっていく。

 踊り場前の階段まで来て私は一端足を止めて目的の場所を見上げた。胸に手を当てて目を瞑り深く呼吸をする。

(……いこう)

 そうして階段を上り始めた。

 コツンと、一つ、また一つと階段を上がるたびに神坂さんとのことが頭の中を駆け巡ってきた。

 初めての日……お姉ちゃんとのことを言われて頭に来て……ファーストキス奪って。女の子の初めてなんて本当に大切なものだってわかってたのに、わかってたからこそしちゃった。それくらいその時は頭にきたから……。

 コツン。

 その次の日、神坂さんは私の家に来て、キスのこと黙ってってお願いされて……私は寂しい心のうちを紛らわすために……遊んだ。今からしたら言葉にするのも嫌だけど、私は神坂さんで遊んでた。

 コツン

 それからしばらく遊んだある日、今向かう場所で手を縛って、胸触って、キスして……余計なこと言っちゃって。

 コツン

 神坂さんの家に連れられて、お姉ちゃんと結花さんがしてるところ見ちゃって……お姉ちゃんに気を使われてるのが逆に嫌で、全部がどうでもよくなっちゃった私に、神坂さんが告白してきた。

 コツン

 私のことをからかっているだけかと思ったら、服脱げなんていう無茶なお願いまで聞けちゃうくらいに神坂さんは私のこと好きになってて、本気だってわかって急に罪悪感と得体の知れない恐怖感が体に入り込んできた。

 コツン

 無視して、神坂さんが飽きるのを待とうとしたら全然変わらなくて。…あ、無視されたときなんて気づけば追いかけちゃってたんだよね。もうそのころから気にしてたのかな? 今思うと。

 コツン

 お姉ちゃんとなにはなしたか聞こうって思ったら……また告白されて神坂さんから初めてキス、されて好きって言われるのが怖くなった。

 コツン

 それから家に来るようになって、雨の日も風の日もそこで私のこと待ち続けて、倒れるまでになって……いつのまにか私の中で神坂さんが大きくなっていって、もう耐えられなかった。そして、ちゃんと気持ち伝えたいって、想いに答えなきゃいけないって……そう、思った。

 コツン……

私はしっかりと前を見据えてその場所にたどり着いた。

 当たり前だけど神坂さんはまだいない。放課後って言えば掃除のちゃんと終って自由になったあとの時間をいうんだから当然。いないのはわかりきってたけど、絶対に神坂さんよりも早く来ていたかった。

 にしても、相変わらず埃っぽいっていうか、汚いっていうか、ここって掃除する人いないのかな? 屋上は鍵かかってるし、いらない机を置いてるだけのところになってるから掃除なんて必要ないのかな? 人がいないっていうのは好都合だけど。

「………すぅ……はーー…」

 私は両手を胸の前で合わせて大きく深呼吸した。

 ドキドキしてる。まだ、神坂さんを目の前にしてすらいないのにすごく緊張してる。足なんて震えて力が入らない。

 早く来て欲しいのと、もう少し待ってって思う気持ちが反発し合って頭がふらふらになっちゃってる。

いまからこんなので大丈夫なのかな、私。

 私がどう思ってても時間は関係なく進んでいって清掃の時間が終った。

 これからはいつきてもおかしくない。階段に背中を向けて、明かりとりの窓から外を見つめる。

「菜柚」

 数分そうしていると、背後から声がした。

 私が今求めている人の声が。

 

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