薄いピンクの壁に囲まれた場所で私は手を洗うと、ハンカチで手を拭きながら軽くため息をつく。

 何かお礼をしたいと私がいうと、先輩は行きたいところがあるといってある場所に私を連れてきた。

 それは、ちょっと遠くにある喫茶店。喫茶店ならほかにもあるはずだけど、先輩はなぜか電車で二つ先の駅きてここに連れてきた。

(うーん、なんだろ。ここで何かおごればいいのかな?)

 わざわざ喫茶店につれてくるんだからそういうことだろうけど、別にここまでくる理由がない気がする。

「まぁ、いいや」

 早々にお礼が片付くのならそのほうが気が楽だし。それに現実的な話、ここで先輩におごったところで多分これだけ成績があがればお母さんからそれ以上にご褒美もらえそうだし。

「さて、と。先輩のところ戻んなきゃ」

 私はハンカチをしまうとお手洗いから出て行った。

 先輩はなぜか、お店の奥、外からは見えない場所に席をとってきて私はそこにまっすぐ向かう。

「あ、遠野さん。お帰りなさい」

「はい」

 私は先輩と向かい合って緑色の椅子に座る。

「注文、しておきましたから」

「あ、ありがとうございます。先輩はなに頼んだんですか?」

 私はここくると軽くメニューに目を通して先輩に自分のを伝えると早々とお手洗いにいってしまって先輩がなにを頼んだのか知らない。

 お金のことはそんなに心配してないけど、やっぱり気になるのも本音。

「ふふふ、まぁ、くればわかりますよ」

 いつもの楽しそうな先輩の笑顔。でもこういう時私は大抵振り回される気がする。

 普通に友達とくれば喫茶店とかの待ち時間もおしゃべりをしてすごすから気にしないんだけど、先輩と一緒だと気まずくはないけど何か話さないといけないっていう気持ちにさせられる。

(…………)

 それにしても先輩のことを知っていくとどんどん謎が増えてくる気がする。最初私が思った先輩が保健室にいる理由はどんどん否定されていってる。勉強もできるし、友達……はわからなくても、少なくても話す人はクラスにいるみたい。

 先輩のことを真人間にしてクラスに戻れるようにしてあげようって思ってたのにこれじゃその意味もない気もする。

(……もし私がわざわざ来なくても先輩が一人じゃないなら……)

 別に、私が来なくても、いいの?

「遠野さん?」

 別に私じゃなくても……

「遠野さーん?」

「あ……」

 私はなぜか少し気落ちしてると先輩は首をかしげて私を心配そうに見ていた。

「もう、遠野さんはすぐぼーっとしてー。おねーさん心配ですよ」

「…………」

 先輩はいつも変わらない。私と話すようになってからも特に何も変わらない。いつも楽しそうだけど、私っていう【友達】がいるからそうなっているのかはわからない。

「先輩」

「はい? なんですか?」

「先輩は、どうして保健室にいるんですか?」

 気づけばそんなことを口にしていた。

「また、突然ですねぇ」

「……気になるんです」

 気になる……うん、気になる。理由はわからなくても気になる。

「そう、ですね……」

 先輩は口元に手をやって何かを考える仕草をした。普段私からあんまり目を離すことはない先輩だけどこのときは私からはっきりと目をそらした。

「……実は私、病気なんですよ」

「え?」

「たまにですけど、発作とかがあって。普通に教室にいるとそういう時困っちゃうじゃないですか。保健室だと多少対応できるからいるわけです」

「……え? あ、の、本当、です、か?」

 あんまりにあっさりと先輩がそんなことを言うせいか私は全然現実感をもてないままただ聞き返していた。

「ふふふ、嘘ですよ、嘘。本気にしちゃいました?」

 そういう先輩はいつもの楽しそうな先輩に戻っていた。

「え、いえ……別に……」

 私はなんだかうまく答えられなくてもごもごとしてしまった。

 嘘……まぁ、嘘なんだって思う、けど。なんだか変な感じ。

「ふふ、まぁ恋する乙女の秘密ということで」

「……恋? 先輩好きな人いるんですか?」

「遠野さんのことが好きだっていってるじゃないですか」

「そういう意味じゃなくてですね……まぁ、いいです」

 先輩にこういう類の話をしてもうまく通じないし。私にいうのなら、変なうわさが広まることもないんだし。

 うん、私だけならいいの。

 その後はテストのこととか軽く話してたけど、少しすると注文したものが運ばれてきた。

 私が頼んだミルクレープに、先輩のアイスクリーム。

(???)

 テーブル中央に置かれた、普通のコップよりも大きくちょっと妙な形の容器。それにジュースと果物、そして……ストローが二本?

 あと、私の頼んだオレンジジュースが来ていない。普通、飲み物なんてそんなに時間かかるわけないんだから一緒に来てもいいのに。

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「はい」

(え?)

 私が自分の飲み物がどうなったのか考えていると先輩がそんなやり取りをしていた。

「あの、先輩、私のジュースは?」

「え? 目の前にあるじゃないですか」

「目の前って」

 テーブルの上にある飲み物といえば最初に運ばれた水とやけに大きな容器なジュース。あれ? ストローが二本って……

 それによく見てみると、これって……ハートっぽい?

(これって……マンガとかでたまにみる、恋人が二人で飲むようなやつ……じゃ……?)

「え? あの、先輩、これって……」

「さ、とりあえず一口飲んでみましょうよ」

 嬉々としながら先輩は容器に顔を近づけていった。

「ほら、遠野さんも」

「え、ちょ、ちょっと、な、なんで私がこんなことしないといけないんですか!

「えー、お礼してくれるっていったじゃないですか? これのためにここまできたんですよ? この辺じゃここにしかないから」

「え……?」

 こ、こんなことのためにわざわざ電車乗ってこの喫茶店まで来たっていうの? 私とこれが飲みたい、から。

「で、でも、こういうのって恋人同士でするんじゃ……」

「じゃあ、問題ないじゃないですか」

「…………」

 なんでそうなるの? 私たちは女の子同士でしかもただの友達なだけなのに。

 私は顔を赤くしながらうつむいて、視線を散らした。

 どうしよう、先輩には恩はあるけど、さすがにこれは。

「遠野さーん、一緒に飲んでくれないんですかー?」

 肘を突いた手の上に小さいけど、年上にふさわしい余裕のあるような顔で私を見ていた。

「お礼してくれるっていったのに、約束破っちゃうんですか?」

「う……」

 そう言われると返す言葉がない。

 私は顔の色は変えないまま先輩とジュースを交互に見た。

 ど、どうしよう……せ、先輩には感謝してる。うん、してるわ。けど、それとこれとは……でもお礼するっていうのは約束だし、これがお礼になるなら……

 私はそのまま三分くらい悩んでたと思う。羞恥やその他諸々と先輩への感謝をはかりにかけて天秤を揺らしていた。

 あんまり悩みすぎてうっすらと涙が出ちゃったくらい。

 でも、私はどうにか自分の中で結論をだした。

「せ、先輩のためです、……から」

「はい?」

「わ、私がしたくてするんじゃないですから、せ、先輩がしたいっていうからお礼にしかたなくするんですよ!? そ、それを忘れないでくださいね」

「ふふ、はい。いやー、遠野さんは本当に可愛いですねー。じゃあ、いただきましょうか」

 パク。

 先輩はそういうとためらいもなくストローをくわえた。

「すぅ……」

 私は深く息を吸うと、ジュースの中にあるさくらんぼのように顔を真っ赤にしながらそろそろと顔を近づけていった。

 ううぅ、ドキドキする。先輩の顔、こんな近くで見たことあんまりないし……、なんか改めてみても先輩って……可愛い。って、なに考えてるの!? このドキドキはこんな恥ずかしいことするからしてるだけで、別に先輩にドキドキしてるんじゃないんだから。

 数十センチの距離なのに、その間に走馬灯みたいにいろんなことが頭の中を駆け巡る。

 パク。

 そうして、私はやっとストローに口をつけられた。

 ドクンドクンドクン。

 あまりにも胸が高鳴ってきて、先輩にもその音が聞こえちゃうんじゃないかと思うともっと鼓動が大きくなる気がする。

「ん、こく、……こく」

 甘い。すっごく、今まで飲んだどのジュースよりも甘い気がする。

「んく、んく……」

 ドキドキしてるせいか、なんだかのどが渇いちゃっててストローからなかなか口が離せない。

今にも顔から火を噴いちゃいそうなくらいに恥ずかしいはずなのに。

「んっ……はぁ」

 私が多少茫然自失としながら飲んでいると、先輩のほうが先に口を離した。

「あ……」

 そこで私も我に帰って私もストローから口を離す。

「ふふ、おいしいですね」

「あ、は、はぃ」

 呆けたように答えてしまった私は、数瞬後軽く首を振った。

「お、お店で出す飲み物なんだからまずいわけないじゃないですか」

「違いますよ、遠野さんと一緒に飲んだからおいしかったんです。ふふふふ」

 先輩は唇についていた雫を赤い舌でなめとって笑った。

 その仕草を見た私は……

「あ、……う」

 なぜか反論できないで硬直してしまう。

 そして、ドキドキが収まることないまま先輩との時間(先輩曰くデート)をすごしたのだった。

 

 

中編2/五話

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