それは春休みの昼下がり。

 休みの日なんかはゆめが来るのはほとんど当たり前になっていて、今日もその例にもれずゆめがお昼前からやってきていた。

 美咲は春休みということもあって、両親のところに少しの間帰っているから今日はゆめと二人きり。

 意味もなくベッドの上でゆめの体を撫でてると、

「ゆめちゃーん」

 あたしを困らせ、ゆめを不機嫌にさせる声が聞こえてきた。

「……帰って、きてるんだ」

「……知らない。あいつのことなんてどうでもいいから気にしてなかった」

 顔を見あわせながらそんな会話をしてるとトントントンと階段を上る軽快な足音が聞こえてきた。

 バン! 

「こんにちは」

 大きな音を立ててやってきたゆめのお姉さん、ひかりさんに二人して疲れた顔をする。

 とりあえずゆめとひかりさんの間に割り込んでゆめを守る体勢を取った。

(?)

 でも、予想された衝撃、ひかりさんがゆめに抱き着くようなことはなかった。

「今日は、ゆめに抱き着いてこないんですね」

 今まで例外なくゆめが嫌がるのにも気にせず、というか気づかずに強引にゆめに抱き着いてはゆめに暴力を振るわれるというのがお決まりのパターンだったのに今日はそれがなかった。

「それはお家に帰ってからいーっぱいするからいいの」

(……そのたびに殴られてるのかなぁ?)

 それとも、意外に家だとゆめもおとなしいのかも? ここだとあたしの前で照れてるだけだとか。

「……そんなことさせない。さっさと帰れ」

 いや、ないなそれは。ゆめが照れてるか本気で嫌がってるかくらい簡単に見分けがつくもん。

「もう、ゆめちゃんてば照れちゃって」

 しかし、この人は本当に気づいてないのかな。気づいててこの態度がとれるならそれはそれですごい。こうはなりたくないけど。

「でも、ごめんねぇ。ゆめちゃんにはちゃんと後でいっぱいしてあげるからね」

 ……ほんとすごいよ。こうはなりたくないけど。

「今日は彩音ちゃんに用があってきたの」

「へ? あたし、ですか?」

 矛先がこっちへ向かうとは思ってなかったあたしは、思わずひかりさんを見返す。

「今日は私とゆめちゃんがどれだけラブラブかを見せつけに来たの」

 自信満々に言いながらひかりさんはあたしの前へとやってくる。

「それは、まぁ……その……十分に知ってるというか、なんというか」

 ラブラブかはともかくとして二人の関係は知りたくないレベルで知ってるつもり。妹のゆめが本気で姉のひかりさんを嫌ってるっている客観的に見たらあんまり気分のよくないところまでね。

「今日はそれだけじゃないの。これを見たらもうゆめちゃんとなんて恥ずかしくていられないんだから」

 そういってバッグから取り出してきたのは、一枚のDVD。

「は、はぁ……」

「というわけで、パソコン貸してね」

 ひかりさんがどういうつもりなのかわからないまま、とりあえずパソコンに電源を入れる。

 その間も念のためゆめのことはガードをしながら。

「ふふ、さぁ。どーぞ」

 ひかりさんが持ってきたDVDを入れると、パソコンで動画の再生が始まった。

(これは……ゆめ?)

 そこにうつったのはゆめらしき小さな女の子。それも、多分小学校低学年くらいのころだ。

「はぁあん。ゆめちゃん可愛い〜」

 いきなり甘い声を出したのは隣で見ているひかりさん。

 でも、あたしも同じ感想だ。

 ゆめが可愛いのはもちろん、だけど確かに映像に写ってるゆめは格別。あ、別に小さいからとかじゃなくてね。

 ゆめの格好がまた、可愛い。

 青と白のエプロンドレス。巷ではアリス服って言えば通用するもの。

 それに身をつづんだ小さな小さなゆめがカメラの方を向いてぽやーっとしている姿は今すぐお持ち帰りしたくなるほどに可愛かった。

「やぁん! ゆめちゃん可愛いー」

 って言ったのは今度もひかりさん。ただし、映像の中の。

(……ひかりさんも変わらないなぁ)

 ゆめが小学校低学年とすれば小学校の高学年か中学生になったくらいだろうけど、はっきりいって今とほとんど変わらない。

 百五十もない身長と子供っぽい顔に高い声。かなり前の映像のはずなのにこの人には成長が見られない。

「はぁはぁ、ゆめちゃん可愛いよぉ」

 外見じゃなくて中身も。

 映像の中のひかりちゃんはゆめに抱き着くとほっぺをすりすりとする。

「……んにゅ……」

 ただ、ゆめは今と違うようでひかりさんにそんなことをされても、嫌がったり(殴ったり)しないでそのまま受け入れる。

「ゆめちゃん、可愛い、好き好きー、だぁいすき」

 ぎゅっと抱きしめたまま愛をささやくひかりさんにゆめはぽーっとするだけ。

(今はこんなことぜったいさせないけど、さすがに小さいころはひかりさんのこと好きだったのかな?)

 なんて思ってると

「ねぇねぇ、ゆめちゃん。お姉ちゃんのこと好きー?」

「…………好きじゃない」

(あらら?)

 予想外のセリフが出てきて

「……大好き」

『はぅ!!』

 映像と現実のひかりさんがそんな衝撃を受ける中あたしも

(……っ、い、今のは強烈だわ)

 漫画とかなら鼻血が出ちゃいそうなくらいにダメージを受けた。

「……彩音」

 と、おとなしかったゆめがあたしの袖を引っ張るとそんなことを要求してきた。

「……こんなの見る必要ない」

 まぁ、気持ちはわかるよね。今ひかりさんのことこんなに嫌ってるのに、昔の映像を見せられちゃ。

「だぁめ。ゆめちゃん照れるのも可愛いけど、これは彩音ちゃんに思い知ってもらうためなんだから我慢してね」

 相変わらず外れたことを言うひかりさんだけど、今回ばかりはひかりさんの行為には賛成。

 このゆめは可愛すぎる。あたしとしてもこのあとどんな可愛いゆめがうつってるのかきになるので、ゆめには軽く頭を撫でるだけでそのまま映像に集中した。

 その後もしばらく小さなひかりさんと小さなゆめの可愛らしいやり取りがあってそれをあたしたちは見ていると

「ねぇねぇ、ゆめちゃんは大きくなったらなりになりたいの?」

 画面の中のひかりさんがゆめにそう問いかけてる。

「っ!!?」

 って、驚いたのは今あたしの隣にいるゆめの方。

「……彩音。見ちゃ、だめ」

 しかも、ゆめにしては積極的にあたしにグイと引っ張ってパソコンの前からどかそうとする。

「へ? なんで?」

「……いいから、だめ」

 あたしは理由もわからず急に様子の変わったゆめを不思議に思う。でも、少し考えるとこの後にあたしに見せたくないもの、つまりはゆめにとって恥ずかしいものがうつっているということだろうと気づく。

「んー、と。えい」

 あたしは逆にゆめを引っ張るとぎゅっと抱きしめて逃げられないようにした。

「あ、彩音ちゃん! なにゆめちゃんに抱き着いてるの!」

 律儀に動画を止めているひかりさんが当然のようにそう文句をつける

「えーと、ほら、ゆめが邪魔がしないように」

「……っ……ぅ、離せ」

「ほらほら、ゆめ暴れないで。いいじゃん、小さいころのことなんだからさ」

「……だ、め」

 ここまでゆめが頑なに拒否することを思うと期待できちゃいそうだね。

「む〜。いいもん、これ見たらそんなことだってできなくなっちゃうんだから」

 そう言ってひかりさんは動画を再生させた。

「……………めさん」

「え? なぁに、ゆめちゃん」

 小さいゆめが恥ずかしそうにぽつりとつぶやいて、小さいひかりさんが可愛らしく聞き返す。

「…………お姉ちゃんの、およめさん」

「きゃあぁん! ゆめちゃん可愛い、最高だよー。今すぐしよ、結婚しよ」

 なんて、興奮する小さいひかりさんを見ながらあたしは、なるほどなーと思う。

(こりゃ、見せたくないね。うん)

 ましてゆめみたいな性格だとなおさらだろうね。

 とりあえず、ゆめを解放するとゆめはあたしに向きなおって、いじけたような顔をする。

「……こんなの、小さいころだから仕方ない。今は、彩音が一番好き。あ……」

「にゃはは、わかってるって」

 あたしはゆめの頭を軽く撫でるとゆめは嬉しそうに頬をほころばせる。

「はぁはぁゆめちゃん可愛すぎ。ぺろぺろしたい」

 その隣では動画に魅入って明らかにやばいセリフを吐くひかりさん。

「ゆめ、今日は一緒にお風呂はいろっか。んで、一緒に寝よ」

 今日は別に泊まる予定じゃなかったけどゆめがそうして欲しいだろうからそうやってさそった。

「……うん」

 小さく微笑むゆめを見て安心と一緒に嬉しくなりながらも

「あぁん、ゆめちゃん最高……はぁ、はぁ」

 とりあえずはこの方にお暇していただかないといけないかと思うと早くも疲れた気分になるのだった。

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