「〜〜♪」
あたしの机で美咲がにやにやと死ぬほど嬉しそうな顔をしている。
「……うぅ………」
一方あたしは、
「うぅぅぅぅ…………」
ベッドの上で死ぬほど恥ずかしさを感じて悶えていた。
「あぁ、ん……あ、あたしは……」
ベッドに横たわって右へ左へごろごろ。
(死ぬ、死んじゃう……)
顔は真っ赤だし、頭は沸騰しそうなくらいで、体は今までにないくらい火照ってる。
(なんで……あたしは……あたしは………あんな、ことを……)
「あぁあああ………」
断末魔のような声すらあげてしまうほどで
「ったく、うっさいわね」
美咲はそんなあたしに言葉の上じゃ文句を言うけど、その声は上ずってる上に不機嫌な表情が多い美咲に抑えきれない笑顔がある。
好きな人がこんなに嬉しそうにしてるんだからあたしにとっては普通に考えれば悪いことじゃないはず。
まして、その原因はあたしでそれもまた恋人としては一緒に喜ぶべきものだったのかもしれない。
(ぜっっっったいに無理だけど)
まぁ、なんでこんなことになってるかっていうと、それはほんの数十分前にさかのぼる。
この日、あたしは美咲よりも遅くに帰ってきた。
いつも通りに手洗いとうがいをして、二階にある自分の部屋に戻ると
「お帰りなさい。彩音」
「ただいま」
あたしの机の椅子に座ってた美咲に当たり前の挨拶をされる。
(……なんか、機嫌いい?)
一目見たのと、ひと声きいただけでそう思った。生まれた時から一緒だったんだから、そんなわずかな違いもすぐにわかる。
でも、特にそれに触れることもなくあたしは制服を着替えだした。
「ね、彩音」
「んー?」
ごそごそと着替えをしている背中に美咲の声が飛んできた。
「小学校の低学年の時に、未来の自分に手紙書いたの覚えてる」
「手紙―?」
着替えをしている手を止めてあたしは、心当たりを探り出した。
(言われてみると……あったような……)
いつだったかはわからないけど、おぼろげながらそんなことをした記憶はある。
ただ、なんで美咲がそんなことをいきなり言いだしたかわからない。
いや、っていうか。
「もしかして、その手紙でも届いたの」
途中だった手を進めて、セーターを頭に通すと心当たりを答える。
普通に考えればこういうことのはず。じゃなきゃ、いきなりこんなこと言うはずはないもん。
「えぇ、そう」
と、ここの美咲はもう頬が緩みっぱなしだった。あたしですらこんなに嬉しそうな美咲はめったに見れないくらいに。
けど、理由は不明。話の流れからすれば、その手紙とやらが届いたっていうことだろうけど、それはあたしがあたしに宛てたものだろうし美咲が喜ぶ理由にはなんないって思うけど?
「読んであげましょうか?」
「別に、自分で読むけど」
「ふふふ、そう。じゃ、はい」
「はぁー、どうも。っていうか、あたし宛てなのを勝手に読むなっっての」
「いいのよ。別に」
「いや、いいけどさ……」
美咲に見せて困るものなんて何一つないんだし。でも、美咲が自分でそれ言うのは違う気が……
「だって、私宛てだったし」
「は?」
何わけのわからないこと言ってるんだなんて思いながらあたしは軽い気持ちで、ベッドに座ってさっそく読み始めた。
(さすがに、字がきたないねぇ)
それにひらがなが多くて読みづらい。でも、便箋に花や何かのキャラクターを思わせるようなものが書いてあったりして、あたしもこういう時期があったんだなぁって懐かしくおもいながら、読み進めて………すすめ、……
(………………………)
顔が赤くなっていくのが、わかる。
手紙を持っている手が震えて、体が火照っていく。
「ふふふ、どうしたの? 早く読みなさいよ」
「……う……」
美咲がご機嫌だった理由がわかる。
でも、このことは美咲が嬉しければその分あたしは
「………あぁあ……ぁ」
死ぬほど恥ずかしくなる。
「ほら、読みなさいよ」
「……………」
そりゃ、あんたはいいでしょ。手紙をもらった立場なんだから、でも手紙を出したあたしは、これを書いたあたしは……あたしは………
なんて視線をほとんど憎しみすら込めて美咲を睨みつけ、それから
「あだぁあぁっぁ!!」
あたしはあまりの羞恥に堪えられなくなって奇声をあげてベッドに倒れ込んだ。
「あらら、ちゃんと読みなさいよ」
思わず床に手紙を落とした手紙を美咲は拾い上げる。
「彩音が読めないなら私が読み上げてあげるわよ」
「……………いぃ」
枕に顔を埋めていたあたしはいじけたように答えた。
「……最後まで、読んだ、から」
「そ。それは、残念」
手紙を放り投げはしたけど、ほんとに最後まで読みはした。本能が察したのか美咲が読み上げるっていうのが何でか想像できたし。
(でも………)
その内容を思い出すと死にたくなる。
「あぁぁ………」
また、亡者のような声をあげてあたしは寝返りを打った。
………手紙の内容は、こう。
大きくなったあたしへ。
せん生にじぶんへの手がみをかいてください、って言われたけれどあたしはみーちゃんにかきたいから、このお手がみはみーちゃんにわたしてね。
みーちゃんへ。
みーちゃん。いつもあたしとなか良くしてくれてありがとう。あたしはみーちゃんが大すきだよ。はずかしいからあんまり言えないけど、ほんとうに大すき。かわいいみーちゃんがすき。かっこいいみーちゃんがすき。やさしいみーちゃんがすき。いいにおいがするみーちゃんがすき。みーちゃんのぜーんぶがすき。だーいすきだよ。
みーちゃんはすごくかわいいし、あたまもよくて、やさしいから、きっといまごろすごくすてきな女の子になってるっておもいます。
いろんな人からこくはくされたりしてるかもしれないけど、みーちゃんのこと一ばん好きなのはあたしだよ。あたしがせかいで一ばんみーちゃんのことが大すきだからね。
だからみーちゃん、大きくなってもずっとあたしといっしょにいてね。大きくなってもいっしょにおふろであらいっこしたり、いっしょのおふとんでねようね。あたしはずっと、ずーっとみーちゃんにそうなりたいよ。
だから、いっしょうあたしとなか良くしてね。
みーちゃん、大すきだよ。
あやねより。
(なんてこと書いてんだあたしは―――――!!!)
改めて思いだしたその内容にそう突っ込まざるを得ない。ありえない、ありえないよ。いくら小学校低学年だったとはいえ、この内容はない。
何回好きって書いてんだ。つか、完全ラブレターじゃん。そもそも、自分への手紙を書くっていう話なのになんで美咲に手紙を書いてんだあたしは。まるで美咲のことしか考えてない人間みたいじゃん。っていうか、この手紙みたらそうとしか思えないって!
っていうか、これ一人でみたらバカだなぁくらいですんだけど、まずいんだよ。いや、手紙にはそう書いてあったけど。絶対に今のあたしだった渡さない、渡せない。
だって
「ふふ」
相変わらず幸せの絶頂な美咲を見る。
だって、こんなことになるのなんてわかりきってた。
しかも今のあたしと美咲の関係を思えば、書いてあることがまずいっていうか……とにかく恥ずかしすぎる。
「あぁぁー」
飽きもせず、断末魔をあげるあたし。でも、それも疲れてきて、泣きつかれた子供みたいにベッドで動かなくなっていた。
「あーやね」
(う………)
そんなあたしに美咲は上から乗っかってきた。
美咲のいい匂いに、柔らかい体、背中にあたる胸を感じるけど心が疲れきってるあたしは動かない。
「今まで気づかなくてごめんなさいね」
(……………)
何言われるか想像がつく。
「彩音がそんなに私とお風呂入ったり、寝たりしたいだなんて思ってなくて」
やっぱり。
「でも、安心していいわ。これからは毎日彩音の望み通りにしてあげるから」
少なくてもしばらくはこの誘いを断れないのはもちろん、しばらく……というかへたするとずっとこの手紙のことを言われるんじゃないかと思うと……
(……まぁ、いいや)
手紙に書いたこと、お風呂で〜とかはいざ知らず美咲のことを好きっていう気持ちはその時と何一つ変わってない、ううん、むしろ高まってるんだから。
とは、口に出せないけどそう達観して体を回転させた。
「彩音」
見つめあって、
「美咲」
指を絡めて、
「ん……」
あたしたちは体を重ねていつものように口づけを交わすのだった。