「はぁーあ」

 ため息。

「はぁー」

 またため息。

(…………どうしちゃったんだろう私)

 私は、夜、明日の準備を一通り終えてからベッドに座ってそんなことを思っていた。

 考えるのは先輩のこと。

 今日も、おかしかった。……私が。先輩のどんなことにも何かと意識しちゃって、すぐ心が反応する。胸がドキドキして、顔が熱くなって、それが先輩にばれるんじゃないかって思ったら余計にそれが大きくなって……

(……キス、するわけないのに……)

 なのに、今日思っちゃった。先輩が私の肩に手を伸ばしてきて、顔を近づけてきて……それだけでもしかしたらキスされるんじゃ……って思った。

思ったの。

 いくら先輩でもそんなことするわけないのに。しちゃだめってちゃんと約束だってしてるのに。

「はぁ」

 でも、思ったの。

 胸がドキドキだった。さくらんぼみたいに顔を赤くした。

「………やっぱり、変よ」

 実は今日ほどじゃないけど、ほとんど毎日夜になるとこんなことを考えてる。先輩のこと。その日先輩と話したこと、先輩が言ったこと、先輩がしてきたこと、先輩にしたこと。先輩のこと全部を思い返してる。

 それどころか、登下校のときも授業中も、気づくと先輩のこと考えてることだってある。

 こんなの変。友達相手に一日中思考を奪われるなんて。

 変だって思うのに、こんなのおかしいのに、それでも先輩のこと考える。

 冷静になるともう先輩に会いにいってあげる理由はないのに。

 勉強はすごいできるし、友達かわからかなくても、クラスで話す人はいるみたい。私は先輩を真人間にしてクラスになじめるようにって思ってたのにそれはもう、必要ない。っていうよりもはじめから必要なかった。

 だから、友達としてたまに会いに行くのならともかく、毎日会いに行く理由はないのに。

それでもあえて理由を考えるんなら……先輩と話してあげられるのは私くらいしかいないんだから、さびしがってる先輩のために心優しい私が会いに行ってあげてるってこと、くらい?

(うん、それなら)

 おかしくない、わよね? 先輩には私しかいないんだから、そんな先輩が寂しがらないように会いに行ってあげてる。うん、おかしくない。全然おかしくない。

 うん、そう。そうよ! 別に先輩に会いに行くのはおかしくないの!

 私のためじゃなくて先輩のためなんだし。

「……………」

 そんな言い訳で今私の身に訪れている異常を説明できないというのはわかってる。それでも私は正体不明な気持ちの説明がつくわけないというのはわかってるし、いつのまにか問題を摩り替えてることも知ってて気づかないふりをしてる。それでももやもやした不安から逃れたくて私の中で答えを出した。

 ドキドキするのは、あのジュースが忘れられてないから。それだけ。少し時間がたてば、そんなの気にならなくなるはず。

 だから、私のことなんてひとまずおいておいて、明日も先輩のために、先輩に会いに行ってあげなきゃ。

(うん、ねよ)

 明日も先輩に会いに行かなきゃいけないんだから。

 

 

 ドキドキは朝はそれほどでもなく、午前の授業中にも大抵は朝と変わらない。時に先輩のことが頭をよぎると少し高鳴ったりもするけど目の前にしたときほどには大きくもならない。

 ドキドキが強くなってくるのは、四時間目の授業も半ばすぎる頃から。そのあたりから、動悸がしてきて、授業の後半は話しも聞いてないこともあるくらい。

 そして、授業が終わると私はお弁当箱を持ってそそくさと教室を出て行く。約束もないのにこれが当たり前。保健室で先輩とお昼することが。

 保健室に向かう途中にはもう頭の中が先輩一色になってる。

ドクンドクンって強まるのを隠しながら、早足に先輩の元に向かっていく。

 昨日は先輩が最初寝てたのと、不意のことでどきまじしたせいであんまり話せなかったもの。今日はもう少し話できたらいいななんて思いながら、自分でも気づかないうちに笑顔になって歩く。

 半ばもう、自分のクラスに入るみたいに軽くノックをすると保健室のドアを開けた。

 先輩はお茶を用意してくれることもあれば、ベッドでだらだらしてたりとその日によって応対が違う。今日は、いつもお弁当を食べる机のところに先輩はいなかった。

 なら、ベッドだろうと思って私は向かっていこうとして……足を止めた。

「あはは、もう、なにいってるんですかぁ」

 カーテン越しにベッドを見ると、人影が二つあった。それと楽しそうな話し声。

 ひとりはもう、シルエットだけでもわかる。先輩だ。

 もうひとりは……当たり前だけどわかるわけがない。ただ、前に先輩と話してた先輩のクラスの委員長さんではない。

(……誰?)

 ここにくるまで自然ににやついていた顔が一気に冷めた、どころか、氷のような目つきになって二つのシルエットのうち、先輩じゃないほうを見つめた。

(……誰、……なの)

 お弁当を握る手に力がはいった。

「ふふふ、いえいえ、本当のこと言っただけですよ」

 先輩の声。楽しそうな、先輩の声。

(なんで、楽しそうなの…)

 誰ですか、その人。私は四時間目終わってすぐ来たのに、その人はどうしてもういるんですか? ずっといたんですか? ここで二人きりだったんですか?

 頭の中にどんどん先輩への質問、ううん、文句が浮かんでくる。

 浮かんできてる間にも二人が何か楽しそうに話してるのが聞こえてきて……

 ゆっくりと足がベッドのほうに向かっていって

(……………)

 とまった。

 なんか、イライラしたけどよく考えたらそんな理由ないわよ、ね? 別に、先輩が誰と楽しそうにしてようと知ったことじゃないし、私が気にすることじゃないし。

 別に、今日くらい先輩とお昼一緒じゃなくてもいいんだし。今日一日くらいなら。

(っ! ううん!

 そもそもお弁当食べてあげるっていうのは先輩のためなんだし私が気にすることじゃないの。

 先輩とは放課後にでも話せばいいんだし。そのとき、軽い感じでお昼どうしたかって効けばいい。うん、そうしよ。

 私はカーテンの前まできたけど、そう自分を納得させて踵を返すと逃げるように保健室から去っていった。

 

 

「……………」

 落ち聞かない。

 教室に戻って今までになくまずく感じるお弁当を食べたあとはむすっとしながら自分の席に座って、それからもほとんど先輩と、もうひとり一緒にいた人のことを考えている。

 もう授業も終わって清掃の時間になっているっていうのに一向に考えがまとまらない。

 箒をぎゅーっとにぎり閉めて教室の端で邪魔な置物になる私。

(だれ、あの人?)

 先輩が私以外の生徒と話してるのを見るのは二人目、前は先輩のクラスの委員長さん。それはまぁ、納得させられたけど今回は違う。

 敬語使ってた。

 つまりは、同級生じゃないってこと。同じ学年なら話すのに敬語なんてめったに使わない。となれば、普通に考えてあれは一年生。少なくてもこのクラスの人じゃない。いくらなんでもクラスの人なら声くらいわかる。

(先輩の友達なの?)

 なんで、一年生に先輩の友達がいるの? 先輩は私くらいしか友達いないはずじゃないの? 

もう数ヶ月たったけど、先輩は私以外となんて話もしてないよ!? なのに、なんであんなに楽しそうに話す人がいるの? 前から知り合いだったの? たまたま私が会うところ見なかっただけ? それとも……

 私に見つからないように会ってたの? そうだったとしたらどうして? 私に隠す必要があるの?? 見られちゃだめなことしてるの? 話してるの?

(むぅう)

 なんだか胸がムカムカしてきた。

苛立ってる、今の私。理由なんてわからないけど先輩に怒ってる。

先輩の交友関係なんて、先輩の自由なはずだし、先輩を真人間にしてクラスに戻れるようって考えてた私にとっては先輩に友達がいるっていうのはいいことなはずなのに。

 怒ってる。

 私、先輩に怒ってる。

(……………………なんで?)

 どうして、こんなにイライラするの? どうして先輩に怒ってるの? わかんないけどイライラする。理由はないのに。

(まぁ、……掃除終わったら、聞いてみれば、いいわよ、ね?)

 放課後なら先輩も一人だろうし、そのときに聞けばいいだけ。うん、話してたのだってたまたまなのかもしれないし。

(うん、先輩が私以外の人と話すなんてだめなんだか……っ)

キーンコーンカーンコーン。

 頭を抱えていると一日の終わりを告げるチャイムがなった。

「っ」

 チャイムを聞くと同時に私は荷物を纏め上げると、さっさと教室を出て行った。

 つかつかと足早に保健室に向かっていく。

 いつものドキドキも自然となる笑顔もなくこわばった表情でとにかく一刻も早く先輩のところに行きたかった。

 昼休みのこと問いただしたいのか、それともただ会いたいだけなのかそんなのもわからないけど会わなきゃと思うのだ。

 会えば、このイライラの正体もわかるかもしれない。

 だから、早く先輩に会いたい。

 ガラッ。

 ノックするのも忘れて私は保健室のドアを乱暴に開けて

(せんぱっ……?)

 私の目に映ったのは、昼休みと同じ……正確にはシルエットしか見えてないんだから同じ人かどうかはわからないけど、でも楽しそうに話をする二つの人影だった。

「…………………」

 無意識に唇をかみ締める。

 楽しげな声、昼間と同じ。

私以外の人と話す、先輩の楽しげな声。

(…………………………………帰ろ)

 なんだかむしょうに気分が沈んできて私は無言で保健室を後にした。

 

 

 

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