来月のお返し、覚悟してろよ。
バレンタインの日。えりかさんにそう言われたのがもう一か月前。
その日はもう間近に迫っている。
私はあの時こそ恥ずかしくもあったし、チョコを渡したら迷惑なのかしらとも不安にはなったけれど、怒ったり、悲しんだりしているわけではないしあの時のことはもう気にしていない。
だからそんなに気負わなくていいとえりかさんには伝えたけれど、
「もうお前だけの問題じゃないんだよ。わたしのプライドの問題なんだ。お前は黙ってお返しされていればいいんだ」
なんて意地を張られてしまった。
そういえば、チョコを渡した時だけでなくあの後部屋に戻ったえりかさんがわたしのいつもありがとうと書いたメッセージカードを見つけたときにも落ち込んでいたものね。
えりかさんからしたらちゃんとしたお返しをしない方が落ち着かないのかもしれない。
ホワイトデーにどんな覚悟が必要なのかはわからないけれど、えりかさんが私のために何かをしてくれるということは嬉しくもあってその日をおとなしく待つことにした。
えりかさんが思いもがけない贈り物をされるとも知らずに。
そして、ホワイトデーの放課後。
今度はえりかさんに呼び出されて図書館の、バレンタインの時と同じ席でわたしたちは向き合っていた。
「…………」
えりかさんは難しい顔で私を見つめ、そんなえりかさんに私も少し戸惑ってしまいバレンタインのお返しとしては似合わない緊張した雰囲気が私たちの間には流れている。
えりかさんはえりかさんで準備をしてきたお返しをするのだから緊張するのは当たり前なのかもしれないけれど、よく考えるとわたしの立場も少し難しい。
(どんな風に反応したらいいのかしら)
もちろん、えりかさんのお返しはどんな形であっても嬉しいのだけれど、覚悟しろと言われているのとこの一か月のえりかさんの様子からただ喜ぶだけではいけないような気もしてしまうもの。
ちょっと違うかもしれないけれど例えるならサプライズパーティーをしてくれることを知ってしまった人みたいなものかもしれないわね。
(けど、素直にするのが一番よね)
大げさに喜んで見せてもえりかさんにはきっと見抜かれてしまうもの。
と、思考をしていると
「とりあえずはこれだ」
えりかさんは机の上に小さな包みを差し出してきた。
「これは」
「見ての通りクッキーだよ。料理部で作らせてもらった。味を保証するとまでは言わないが少なくても食べられないものにはなってないはずだ」
「ありがとう、大切に頂くわ」
包みの中からでも食欲を誘うバターの香りのする包みを受け取る。
どんなお返しをされるのかと身構えてしまっていたけれど、贈り物をされるというのはそれだけで嬉しいもので自然と破顔をする。
えりかさんはそんな緊張がゆるんだ瞬間を見逃さずに
「それと、だ。バレンタインの時はすまなかった」
頭を下げてきた。
「以前も言ったけれど、もう気にしていないわ。こうしてお返しももらったのだし」
「それでも、お前の気持ちをないがしろにするところだったのは変わらないだろ。謝らせろよ」
再び謝罪の気持ちを示したえりかさんに、私は少しの沈黙の後「……えぇ」と小さく頷いた。
これも以前言った通り、私がいいと言ってもえりかさんの気が済まないということなんでしょうね。
「こういうところ、えりかさんらしいわよね」
「見透かしたように言ってくれるなよ。こっちは恥をかいているんだからな」
「ふふ」
その言い方がまたえりかさんらしくて再び笑みがこぼれた。
「それと、こっちも受け取ってくれ」
私がえりかさんの様子に心を暖かくしていると、えりかさんは今度はリボンのついた小袋を差し出してきた。
「え? そんな悪いわ。もうお返しはもらったのだし」
えりかさんは覚悟しろだなんて言ってきた手前、あのクッキーだけじゃ悪いと思っているのかもしれないけれど、私はそれだけで十分に嬉しかったのだからこれ以上ものをもらう理由はないと、勝手にえりかさんの気持ちを決めつけてそう言ったけれど
「これは別件だ。開けてみろよ」
「? えぇ」
別件って何のことかしら? と疑問を浮かべながらラッピングを取る。
袋の中に入っていたのは二つのもの。私がバレンタインの時にチョコに添えたのと同じメッセージカードと、
「これは……栞?」
先にしたのは白を基調とした布地に花の刺繍をあしらったクロスステッチの栞。
「あぁ、お前にはいらないものじゃないだろう。それも一応手作りさせてもらった」
「ありがとう。でも、どうして」
「……お前、推理とかは得意なくせにこういうことは鈍いよな」
えりかさんは少し呆れたように言って、メッセージカードを見るように促してきた。
その言葉に従い、カードに書かれているものを見ると
「あ………」
望外の出来事に思わず声が出た。
「えりかさん……」
「二日早いけどな。ハッピーバースデーだ、Meilleur ami」
えりかさんはしてやったりという顔でメッセージに書かれていた文字を声にした。
「意味が分からなかったら、後で辞書でも引くんだな」
えりかさんは照れているのかぶっきらぼうにそういうけれど、幸いにも私はその言葉がタイトルになっている映画を知っていて、その意味がわかってしまう。
「いいえ……」
この言葉こそが、えりかさんが覚悟しろ言っていたプレゼントなんだということを察した私は思わず栞とカードを胸の前でえりかさんの気持ちをかみしめるように抱きしめた。
「とても……とても嬉しいわ」
うまく言葉が出ない。あまりにも唐突で、それでいて信じられないほどに大きな喜びに胸がいっぱいになっているから。
「ぁ……」
不意に冷たい、いやほんのり温かな雫が頬を伝った。
泣いて、いるんだ。
「っ……」
えりかさんは予想外の……いいえ、予想以上の反応をわたしがしてしまっているせいか少し戸惑っているようだけど、こんなの仕方ないわ。
「ごめんなさい。……けど、本当に嬉しくて。だって…」
少なくても一年前の私は誰かとこうなりたくてこの学院に来たのかもしれないのだから。
「ありがとう、えりかさん。……いえ」
言葉にするのにはありったけの勇気がいる。それはある意味では愛の告白をすることよりも難しいこと。
けれど、私も伝えたくて。えりかさんが私を想ってくれているように、私もえりかさんを大切に想っていることを伝えたくて
「Mon meilleur ami」
【私の最高の友達】、と歓喜の涙を流しながら言葉にするのだった。