「じゃあ、ゆめちゃんちょっとだけ待っててね。退屈だったら本とかでも読んでて待ってて」
「……わかった」
夏休み後半のある日。
澪に家に来ないかと誘われたゆめは澪の部屋を訪れていた。
お菓子を作っている途中とのことで澪は今しがた出て行ってしまい、ゆめは一人部屋に残される。
手伝うと言ったもののもうすぐだからと固辞されてしまったので大人しく澪の部屋にいるのだが。
「……………」
暇だった。澪は本でも読んでいろと言ったが、自分で用意はしてきていない。
普段であれば大人しく待つことも多いが今日は興味本位で澪の言うことに従い本を読ませてもらおうかと思っていると
「……ん?」
【見慣れない本】があった。サイズは普通のノートと同じA4だが妙に薄い。少なくてもゆめの記憶では本屋で見たこともないものだ。
「……ふむ?」
どんなものだろうと手に取ってみると、表紙はポニーテールの女の子が小さな女の子を抱き見つめあっているもの。
雰囲気としては漫画だろうかととりあえず手に取ってみることにした。
「………………」
それから少しして、
「ゆめえちゃんお待たせー」
澪が甘い香りのするクッキーを運んで部屋に戻ってくると
「ん、ゆめちゃん。何読んで……うわわわわわ!!!」
ゆめが手にした本を目にして動揺した声を上げる。
「っ……」
そして、テーブルにお菓子を乗ったトレイを置いたかと思うとすばやくゆめから本を取り去った。
「……? なにする? 読んでる途中」
「こ、これは駄目!」
「? なんで? 続き気になるから渡す」
「だ、駄目なの。ゆめちゃんにはまだ早いの!」
「? ……同い年」
「と、とにかく駄目なの。ほ、ほらクッキー食べよ。せっかく作ったんだから」
澪にしては珍しく顔を真っ赤にしながら取り乱し、ゆめから取り上げた本とゆめが見かけた本を束を取り机の中にしまい込んだ。
「……???」
澪の過剰な反応は気になったものの今は目の前のお菓子につられて大人しく澪に従うことにするのだった。
「はぁ……危なかったなぁ」
ゆめの帰った部屋の中で澪は、ゆめに見られてしまった本をパラパラとめくりながらため息をついていた。
お菓子で気をそらすことができたかと安心していたが、帰り際には今度読ませてほしいなどと言われてしまった。
とりあえずその時は誤魔化すことができたが今度はどうしようかと悩まざるを得ない。
「せめてこれじゃなければなぁ……」
改めて本を見つめる澪。
「さすがに私がこんなの作ってるなんて知られたらまずいよねぇ…」
手にした本に書かれたキャラたちを見つめ心配そうに想いを馳せる。
そこに描かれた女の子たちはよくよく見ればどこかで見たことあるような容姿だった。
メインのキャラクターは三人。ポニーテールの少女、小柄で眼鏡をかけた少女、綺麗な髪をした少女。
主人公はポニーテールの少女で、その少女を中心とした恋愛模様。それがこの本の内容だ。ついでに言うのならお子様が読んではいけないシーンもある。
だがゆめに読むなと言ったのはそういった理由からではない。
「……ゆめちゃん気づいてないといいけど」
他の相手ならともかく、あの三人にだけは見られてはまずいのだ。
「………けど、ゆめちゃんは気に入ってくれたのかな?」
今までは見られてしまったということばかりに意識がいっていたが、ふとそれを思いだす。
「…………」
にやりとあまりほめられない笑みをこぼす澪。
「せっかくだし利用できるかも……?」
例えば本を渡して彩音と一緒に読んでもらう、とか。
自分の願望を詰め込んだ内容にして彩音とそういうことをしたいと思わせるように誘導するとか。
(……意外にいいかも)
これまでは現実を話しにしてきたが、話を現実にしてもらうというのもありかもしれない。
「……ふふふ」
その可能性に気づいてしまった澪は決して他の誰かには見せないような笑みを浮かべるのだった。