私の優先順位はわかりやすい。

 人前ではあまり露骨にすることはないけれど、一番二番は絶対に揺るがなくてあとはほぼひとまとめ。私が大切なのは彩音とゆめで他のことは割とどうでもいいとすら考えている。

 もちろん、彩音やゆめが大切にしている人は同じように大切にしたいくらいのことは思う。

 けれど、私にとっては好き嫌いでは単純に語れず、二人の共通の友人であっても私が接し方に困る相手もいる。

 それは少し意外に感じるかもしれないけれど、

「? どうかしたの美咲ちゃん」

 今目の前にいる相手。

「……何でもないわよ。宮月さん」

 かつての彩音の想い人にして、ゆめの一番の友人である宮月澪。

 街中で偶然出会い、せっかくだからと喫茶店に誘われたけど私は実のところ困っていた。

「もう、美咲ちゃん。澪でいいって言ってるのに」

 私にとって彼女は一時は憎むべき対象ですらあったけれど、そういうことじゃなくてもともと得意ではない。

「美咲ちゃんー?」

 この気の抜けるような笑顔と人を堕落させるような雰囲気。何か心に抱えていそうで距離感に困るのが本当のところ。

「なんでもないわ。気にしないで。宮月さん」

 私は頼んでいたコーヒーに口をつけながらそっけなく答える。

 誘いを無視するほど冷淡にはなれないけれどこちらから話すようなことは特にないし、無理に仲良くなろうとも思わない。

 彩音やゆめには悪いけれど、害はなくても得体は知れないと思ってしまうのだ。

「ゆめちゃんの言う通り、美咲ちゃんってちょっと意地悪だね」

「そうよ。自慢じゃないけど、とてもいい人ではないわね。にしてもゆめはそんなことを貴女に話すの?」

「え? うん、ゆめちゃんにはいろいろ聞くよー」

「……そう」

 まぁ、ゆめが私たちのことをどう話そうと私の関知するところではないけれど。

「あ、それで今三人一緒に住んでるんだよね」

「そうね」

「三人で住むってどんな感じなの?」

「どんな、って別に普通よ」

 変わらず私の答えはそっけない。話せるかどうかはともかく、三人での生活は話題に事欠かないものだ。特に彩音とはすでに一緒に住んでいても、ゆめとは初めて一緒に暮らすから何気ない生活習慣の違いや、家事に対する態度なんかを改めて知って面白く感じることもある。

 あとは、おやすみのキスをする習慣をつけたとかそういう表にはだせないルールなんかもあるけれど、なんにせよこちらから彼女に積極的に情報を出す気にはなれなかった。

「そうなのー? 三人で一緒に住んでたら面白いこととかありそうなのにぃ」

 間延びした声と同情を誘うような表情。人懐っこい子犬のようで、大多数の人間なればここで甘い顔をするのかもしれないが、私は何故か余計に警戒を強める。

「私なんかに聞くよりもゆめに聞いた方が早いんじゃない?」

「うーん。そうかもしれないけれど、美咲ちゃんから見てどうなのかなって気になるし、それに美咲ちゃんといろいろお話してみたいから」

 無垢な言葉だ。たぶん私の心配は杞憂なのだろうけれどそれでも警戒をする私は多分性格が悪いのだろう。

 曲がりなりにも彩音を盗ったという意識が私の目をゆがませているのか、それともゆめを取られそうとでも思っているのか。はてまた彼女の奥にある何かが私を本能的に警戒させるのかわからない。ただ、心を許せないのだ。

「あ、そうだ。今度遊びに行ってもいい? 一回行ってみたかったんだ」

 そんな心の狭い私とは対照的にめげずに距離を詰めてくる宮月さん。

 多少良心が痛まないこともない。

「……別に構わないけれど。来たかったのなら彩音かゆめにでも聞いてもっと早くにくればよかったんじゃない」

 二人がいいと言えば私が反対することなんてまずありえない。親密度からしても私に話を持ちかけるんじゃなくて二人にする方が効率的だと思うけれど。

「んー、そうだけど。なんとなく美咲ちゃんがいいよって言っておらわないとだめかなーって思って」

 そこには他意も含む意味もないのかもしれないけれど、

(……やっぱり苦手)

 なぜか私は彼女にそう思ってしまうのだった。

 

   ◇

 

 宮月さんには結局あのまま押し切られた。

 次の休みに遊び行くといういうことをわざわざ伝える役目まで仰せつかり、ゆめと食事の用意をしながらそれを伝えると、

「……私に言えばいいのに、なんで澪は美咲に言う?」

 カレーの鍋をかき回しながらゆめは私にもっともなことを問いかける。

「それは私の方が聞きたいわよ」

 隣でサラダを用意しながら私も素直な気持ちを返す。

「……やっぱり澪は少し変」

「ふーん、あんたもそんな風に思ってるんだ」

 この二人は仲がいいし、そう思うのは意外かもしれない。いや、仲がいいからこそそんな風に言えるのか。

「……何考えてるかわからないときもあるし、何言ってるかわからないときもある。それにたまに一人でにやけてるときもある」

「へぇ」

 それは私の知らないし、あまり想像もできない話だ。表面だけを見ればゆるふわなお嬢様な感じだというのに。

「……けれど、変なところを差し引いてもいいやつ」

「悪い人じゃないでしょうね」

 曲がり何も彩音が好きになった人なんだし。悪いやつだとは思っていないけれど……

「……でも、家に来るなら注意した方がいかもしれない」

 鍋をかき混ぜているゆめは視線はそのままに不穏なことを口にする。

「ん?」

「……悪いことじゃないけど澪は何か企んでそう」

(なるほど)

 私が一人で不信に思っているのかと思っていたけれどそうでもないみたい。

 この感想が真実であるかはわからないけれどやはり私は彼女を警戒してしまうのだ。

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