「………………」
面白くないことというのはきて欲しくないにも関わらず、勝手に向こうからやってきてしまうもの。
もしかしたらそれは避けられることなのかもしれないけど、
「あ、あのさ、美咲、ちょっと、いい?」
相手がもう何年も思い続けている相手では断ることなんてできるわけもなかった。
これは中学の三年生の一学期も終わろうとしていたところ、一番聞きたくない相手から一番聞きたくないことを相談されてしまったときのことだ。
「何よ? めずらしく、しおらしいじゃない」
小さいころからずっと続いているお泊りの夜。最近はゆめもよく来るようになったけど、次の日が学校の今日は来ていなく私は彩音と二人きりで彩音の部屋にいた。
「相談、っていうか…………えと」
彩音はベッドに座って枕を抱えながらどこか居心地悪そうに体を揺らしていた。
「何? はっきりしないわね」
私はそのすぐ脇に敷いてあるベッドで様子のおかしい彩音を胸がざわざわする悪い予感を感じながら見つめていた。
「いや、つか、別に相談っていうか……なんていうか、さ……」
「だから、はっきりしなさいよ。何なのよ」
「あぁ、もう……悩んでるってくらいわかるでしょ。ちょっとは優しくしてよ」
「話そうってもう決めてるんでしょ。だったら、無駄に悩んでないでさっさとしなさい」
「っ………あんたって、ほんと……まぁ、いいけど」
意地が悪いとかいいたいのかしらね? それはつまり自分のことわかられてるって事だからたぶん彩音は口に出そうとしないのよね。
「で、話しなさい」
私は容赦なく彩音を問い詰める。
これからどんな話が飛び出してくるとも知らずに
「ったく……わかったよ、言えばいいんでしょ、言えば」
彩音は観念したかのようにそう言って何気なく抱えていたであろう枕を投げすてた。
それから、一つ心を落ち着かせるように深呼吸をして
「………………好きな人ができたっていったら……笑う?」
(っ!!!!!!!!)
心臓が止まるかと思った。
頭を思いっきりはたかれたような気がして、胸が砕かれたような気もして、体がどこまでも落ちていくような不安に一瞬で包まれた。
なのに、
「……笑わないわよ。笑うわけないでしょ」
怒ってるし、泣きそうだけど……自分でも意外なほどあっさりとそういえてしまえていた。
(……なんで、こんなに簡単に……)
もちろん、彩音にそういわれたことはショックだった。ショックだったのに……自分のしたことに私は驚愕していた。
「で、誰なのよ?」
それでも彩音の前で私は【親友】だった。
そう決めたから。
「あー、えと……」
彩音は言いずらそうだ。
まぁ、確かにいくら無二の親友相手とは言え、簡単に話せるわけないのは当たり前、か。
「誰? クラスの人?」
「あー、うん……」
「ふーん……」
心中穏やかにはなれるはずもない私はそれでも親友として彩音から目をそらさなかった。ここでそっぽを向いたりなんかしたらそれは親友とは言えない。
「笑わない、でよ……?」
「だから、笑わないわよ。私を信じなさい」
(っ……)
時折、私はこんな風なことを言ってしまう。何でもはっきり言うゆめが近くにいるせいなのも影響しているのかもしれないけど、必要以上に私はそれをアピールしてしまうのだ。
「っ………………宮月、さん」
「宮月さん? クラスの宮月澪?」
「そ、そう! つか、宮月なんて苗字学年に一人しかいないっしょ!」
(………………………なんのために、私は………)
少しの間だけ私は彩音から顔を背けて目を閉じた。彩音には理解してもらえないだろう想いを胸の中にめぐらせる。
「な、何か言ってよ!」
彩音は彩音で私とは別の不安を感じているのか、顔を赤くしながら少し声を荒げた。
「宮月さん、ね……ま、なんていうか彩音が好きそうではあるわよね。でも………」
「な、何よ!?」
「…………なんで好きになったのかって聞きたかったけどやめただけ」
「な、何でやめんの?」
「好きになった理由なんて聞いたって何にもならないじゃないの。大切なのはこれからでしょ。大体へんなのろけになられても困るし」
嘘は、言ってない。本心ではある。好きになった理由なんて本人以外にはどうでもいいものだ。
ただ、もちろん聞かなかったのは、聞けなかっただけだ。
(っ……)
私は彩音から見えない位置で肉がちぎれるんじゃないかってほどに力いっぱいにつねっている。
「まぁ、応援はしてあげるわよ。せいぜい頑張ることね」
「え、あ……あ、りが、と」
私はさっきと違って今度は意識的にそう言っているけど、彩音は私が簡単にそんなことを言ったのに戸惑っているようだった。
そして私は親友として言いたくもないことを言わなければならない。
「彩音。私は彩音の親友なのよ。世界で一番の味方。なら、その相手を応援するのは当たり前でしょ。もう少し私を信頼なさいな。私はあんたに幸せになってもらいたいんだから」
親友でいることを私は決めた。だから、これでいい。
(……いいのよ)
「あ、あんがと……」
「だから、そんなのらしくないって言ってんのよ」
心では泣いてるくせに私はどこまでも親友で振舞えてしまっていた。
その日の夜。
「っ………」
私は彩音に背を向けながら横になっていて……悔しさにほぞを噛む。
親友でいること。それはあきらめの連続だった。色々な可能性に目を瞑り、振り払って、私は彩音の一番側にいた。
居心地のいい、でも居心地の悪い場所。
それは私の望んだ場所。
(……涙、でないな)
一晩中嗚咽を漏らしてもいいようなことが起きたのに私の目には涙が浮かんでいない。胸の真ん中が切なくなって、そんな雰囲気はしているのに実際には涙が出てこない。
あきらめの連続。
それは心の大切な何かを麻痺させてしまうのかもしれない。
そのことに一抹の不安と、言葉にしようのない焦りを抱く私だけど……私はそれにすら目をそらして彩音の親友でいることを望むのだった。
特に深い意味はないはず、です。
ちなみにすごい今更ですが、もともと単発ものとしてかいていたので彩音が澪のことを好きな理由とか考えてなかったりします。
外伝として載せてますけど、美咲にとってはすごい大きな出来事だったはずですよね。なんのために今まで悩んできたのかってなったはずなのに、それでも泣けないのは親友だって決めてたから。
……あらためて思うと美咲もまた苦労をしてきたんでしょうね。