バレンタイン

 

 

 もともとはキリスト教の神父だか、司祭が掟をやぶってまで結婚をさせたとか言う理由で「愛の日」になっていた。

 今の日本じゃ、元の理由を知って人に想いを伝える人がどれだけいるだろう。今じゃ、製菓会社の陰謀で二月に入る前から街やテレビ、電車の広告にいたるまでチョコで埋め尽くされる。

もっともチョコを渡すっていうのは外国でも一緒らしいけど。

そのチョコにも「本命」やら、「義理」やらあってもうきりがない。

最近では、義理とは別に友達への「友チョコ」なんてものまである。

 

 

 さて、その種類あるチョコの中で今私の目の前にあるのは、いったいどの種のチョコなのだろう…………

 

 

「はぁ〜〜〜〜」

 私、神尾 美貴は部屋をぐるぐると歩き回りながら十二度目のため息をついた。

 机の上には、決して形のいいとは言えないチョコ。これを見て本命と思う人間はそうはいないだろう。

 じゃあ、義理かと聞かれれば、それは却下。

 じゃあ、友チョコかと聞かれれば、頭をひねる。

 なら、やはり本命なのかと聞かれれば、これもまた頷けない。

 今言えるのはとりあえず義理ではないということだけ。

 私は部屋をうろうろしながら、時計を見る。

 十一時三十分。

 そのあと、壁にかけてあるカレンダーに目を移した。

 二月十三日。

 つまり、バレンタインデーは明日なのだ。正確にはあと三十分。今のこの悩みは今日中に答えを出しておかなきゃならない。

「こんなことならつくらなきゃよかった……」

 私は誰ともなく呟くと、十三度目のため息をついて机に目を向けた。

 机の上のそれは、親友 箱田 結花がウチの台所で作っていったときのあまりで作ったものだ。

 結花の家では狭いからと、うちでやっていったわけだが、結花は明らかな本命一つに、義理、友と思われるいくつかのチョコを作って帰っていった。

 その時素材となるチョコがあまってしまい、また持って返させるのもめんどくさいだろうからと、置いてけと言ったのがいけなかった。

 結花が帰った後取り残された私は、何を思ったかわざわざ片付けた道具を引っ張り出して勢いでチョコを作り上げてしまった。

「なんで作っちゃったんだか……」

 所詮私も周りのチョコ、チョコという空気に流されたということか。

「だいたい、結花は本命作ってたんだし……私がこれを渡しても……」

 そう、渡したいと悩んでいる相手は他ならぬ結花。

 結花とは親友。親友だと思ってる。いや、親友ではある。小さいころからずっと一緒だし、一緒が当たり前だったし、今の関係は十分満足してる。これ以上を望んだりなんてしていない、と思う。

 自信は、ない。

 結花の笑顔を見たり、一緒にいるとたまに自分でも信じられないくらいにドキッとしてしまうこともあるも確かだ。

 だからこそ悩んでいるのだ。

 これが「友チョコ」なら気負う必要なんてない。軽い気持ちで学校にいるときでも下校のときでも好きなときに渡せばいい。

 「本命」なら…………

 本命なら、結花は結花で本命を作ってるのに、玉砕覚悟で特攻?

 それはちょっと惨めすぎよね。

 でも、せっかく作ったのに渡さないというものもったいない。

 いくら形は悪いとはいえ、想いを込めて作ったもの。

 この中にはちゃんと私の気持ちが詰まっている。

 私の中で渡すことは確定している。問題は、シチュエーションであり、渡すときの言葉であり、とにかく私の心持ちだ。

「あ…………」

 ふと、時計を見ると十二時になる直前だった。

 もうすぐ二月十四日、バレンタインデーになってしまう。

(眠い…………)

 自慢じゃないけど、私は早寝早起きだ。普段なら十一時には寝る。特に十二時を過ぎるなんてめったにない。

 こんなに悩んでるのにちゃんと眠くなるんだから人間ていうのはおもしろい。

「……寝よ」

 明日のことは明日考えればいい。むしろ、こんな状態がいつまでたっても答えが出ない気もする。

 それでも、明日のことを考えると憂鬱になる。私は十二時を回るのと同時に十四度目のため息をついてベッドへもぐりこむのだった。

 もちろん、結局悶々としてなかなか寝付けなかったのは言うまでもなかった。

 

 

 翌日私は、気持ちの定まらないまま朝一で学校に来ていた。鞄を置いて、早々と窓際によって登校してくる人物のチェックを始める。

 チョコは、持ってきている。

結花が誰に渡すのかはわかんないけど、すでに恋仲ということはないだろう。それなら絶対に私の耳に入っているはず。

多分本命を渡すのは学校内の人物だろう。塾もバイトもない結花じゃそれくらいしか考えられない。なら、登校してからの結花を追えば、誰に渡すかわかるだけじゃなくて、その結果までわかる。

 結花に渡すのはそれからでいい。

 結果さえわかっていれば、私も渡すときに気まずい思いをしなくて済む。成功だったら、軽い気持ちで渡していつもの関係を続ければいいし、失敗だったら……

 その弱みに付け込めば……

(……………………)

 なにそれ?

 私ってそんなちっぽけな人間?

 そんなくだらなくて、やすっぽくてつまらない人間だったの?

 ううん、でも今さら後になんて引けない。

 引くこと、なんて。

 

 

 一時間目の休み時間、なんと結花は私の教室にやってきた。私は急いで、身を隠し遠くから結花を監視する。

 小柄な体躯に綺麗なウェーブのかかった髪。顔は標準的だが、時折みせる子犬のような笑顔は人(私)をひきつけるには十分すぎた。

(うちのクラス…………?)

 うちのクラスにはそれなりにかっこいい男子はちらほらいる。ただ、どれも結花の好みとは思えない。

 結花は少しキョロキョロと教室内を見回すと教室から去っていった。私も見つからないよう結花のあとを付回す。結花は隣のクラスなども見回し、休み時間が終わる頃になるとトイレに向かっていった。

 残り時間からして、このあとはないなと結論付けると私は教室へ戻っていく。

 二時間目、三時間目の休み時間も大体似たような感じだった。たまに、結花がそれなりに親しいj女子や男子に義理と思われるのを渡すけど、私の家で作ったあのハート型のチョコを渡してはいない。というか、持ち歩いてなさそうだ。

 どこかに呼び出すつもりだろうか。

 昼休み、私は弁当も食べずに結花の教室へ向かい外から友人たちと弁当を食べている結花を見つめる。さすがにこんな日だ、話も弾むのか結花の箸はほとんど進まない。

 尾行? してる側としてはずっと同じ場所にいられるとやりにくいことこの上ない。

「っていうか…………」

 さっきから微妙に周りの視線が痛い。同じ学校だから不審者などとは思われないが、なにしてるの? という視線が気になる。

 それに……

「もしかして、今の私って……」

 ぷちストーカー?

(………………………)

 休み時間ずっと付け回して、今もこうやって監視して……

 ぷちどころかやってることはまんまストーカーだ。

「……やめた」

 もういい。やめ。

 そもそもこんなこそこそしたの私の性にはあわない。

 私は結花の監視をやめ、歩き出した。弁当を食べる気分でもないので校内をブラブラする。

 すると、図書室の前で一人の男子に出会った。

「お、神尾」

「岡倉」

 岡倉 雅人、小学校から一緒の男子で、腐れ縁と名前が当てはまる関係。今年はクラスが違うが、小学校から考えて同じだったことのほうが多い。結花とも、仲がよく今年なんてうらやましいことに結花と一緒のクラスだ。

 同じクラス?

 そうだった、休み時間等は監視できても授業中までは目を光らせることはできない。それに、結花は本命を持ち歩いてはいなかった。

「まさか……あんたじゃないでしょうね?」

「は?」

「結花から、チョコもらったかって聞いてんのよ」

 岡倉は結花とも仲がいいし、認めたくはないが見た目もいい上に、勉強も運動もそこそこできる。可能性としてはありえない話じゃない。

「ん、あぁ。もらったぞ」

「…………っ!」

 多分、今私のこめかみがピクッと痙攣した。

「義理だけど」

 瞬間それは収まる。

「義理……」

 私はそれを心の中で反芻する。

「……よかった」

 そして、ようやく意味を理解すると自然と言葉が漏れた。

「お前、もしかして結花の本命の相手探してんのか?」

「知ってるの!?

 私は今にも襲いかかりそうないきおいで岡倉に詰め寄った。

「知ってる」

 岡倉は私の勢いに負けることなく、含みのある笑いをしながらそう答えた。

「教えなさい」

「やだ」

「教えなさいよ」

「嫌だ」

「っ〜〜〜」

「そんなにきになるなら直接本人に聞けよ」

「それができないからあんたに聞いてんでしょう」

 できてたらあんなストーカーみたいな真似はしてない。

「あいつに関することをあいつのいないところで俺が勝手に言うわけにもいかないだろ」

「っく……」

 もっともなことを言われてしまった。

 確かにそんなこといい趣味とはいえない。

「とにかく、本人に聞けって言うのが俺にできる最大のアドバイスだな。おっと、もう昼休み終わるな。じゃ、まぁがんばれよ」

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 私の制止も聞かず岡倉は妙に面白そうな顔のまま立ち去っていった。

「……いいわよ! そんなに言うんだったらやってやろうじゃないの」

 残された私はそう意気込み、確実に結花と長時間一緒にいられる時、放課後を待つのだった。

 

 

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