(は!?)

 今のが誰の声か、そんなのは確認するまでもない。私がその人の声を聞き間違うなんてありえるはずがない。

「せ、せつな、さん」

 振り返った先に予想通りかつありえない人を見て私は目を丸くする。

「久しぶりね、渚」

 私の恋人はいつも通り落ち着いた雰囲気で私に笑いかける。

「ど、どうして、ここに」

 対する私は当然ながらあたふたと動揺して当たり前の声を聞いた。

「部屋に行ったら渚がいないっていうから、なんとなくここかなって見に来たの」

「……そういうことを聞いてるんじゃないんです」

「はいはい。ごめんなさい」

 せつなさんは悪びれた様子もなくそういうと私に近づいてきて

「ぁ……」

 そのひんやりとした手で私の頬に触れながら

「渚に会いに来たに決まってるでしょ」

 と、さも当然のように言った。

「っ。こ、この前は会わないほうがいいって言ったじゃないですか」

 会えてうれしいはずなのにこんな言い方をして、せつなさんから距離を取る。

「そんなことは言ってないわよ。ただ渚が私のところに来るのは駄目って言っただけ。私が渚に会いに行くのが駄目なんて一言も言ってないと思うけど?」

「それは………そう、ですけど。だ、だからってこんな急すぎじゃないですか。大体私がいなかったらどうするつもりだったんですか」

 受験生とはいえ夏休み。一日中寮にいないことだってあるし、実家に帰ることだってあり得る。せつなさんとはほとんど毎日連絡を取っているとはいえ、寮での予定や帰省の日取りを話す必要はないから会えない可能性は十分にあった。

「そうだったら、困るわね」

「……困るって……普通確かめてから来るものなんじゃないですか?」

 せつなさんらしからぬ行動に少しあきれる。交通費だって安くはないし、そんな無計画なことをする人じゃないって思うけど。

「うん。そうでしょうね。けど」

 せつなさんは私を見つめて、楽しそうに笑った。

「渚に会いたかったから」

「っ!!」

 なんだ、この人は。

 この前あんなこと言って私の心を沈ませたくせに、また心を揺さぶって。

「まあ、本当は実家に帰る途中に寄っただけなんだけど」

 ごまかすように言うけど、

(確か、かなり遠かったじゃないですか)

 大学から直接実家に帰るのと、ここに寄るのじゃかなり差がある。

 ついでというような距離じゃない。

「それに渚が寂しくてないてるんじゃないかって思って」

「っ……泣いて、ません」

 あえて茶化すことで私がせつなさんが来てくれたことに負い目を感じない様にしてくれている。それはわかるけど、あからさますぎてちょっと不器用にも感じる。

 けどそれがせつなさんらしくてやっぱり嬉しかった。

「って、とりあえず中に入らない? わざわざ太陽の下にいることもないでしょ?」

 とせつなさんは踵を返して屋上の出口に向かおうとするけど

「あ、」

 つい、その手を取ってしまった。

「渚?」

「あ、あの……もう少しここに、いたい、です」

(って、私何言って)

 自分でも思う。熱いのは間違いないし、いるだけで汗だってかいちゃいそうなのに。

(けど……中に入ったら)

 二人きりになるのは難しい。せつなさんに話しかける人は少ないかもしれないけど、【二人きり】にはなれない。

「ん、わかった」

 せつなさんもそれを察してくれたのか軽く頷くと

「っ!?」

 頭を撫でられた。

「ぁ……な、何するんですか!?」

「んっ、渚が可愛かったからつい」

「っ!?」

 せつなさんの手はいつでも少し冷たくて、今日みたいな日はむしろ心地いいくらいだけど、

「こ、子供扱いしないでください」

「そういうつもりじゃないけど。でも、いいじゃない。久しぶりに渚に会えたんだからこのくらいさせてくれたって。それとも、私に撫でられるのは嫌?」

「……そうは言ってません」

 こうされるのも好きだけど、子供扱いは嫌。そんな相反する感情に少しムスってしてしまう。

「……ふふ」

 そんな私の頭をせつなさんは楽しそうに撫でて、今度はそれを否定する気にもなれなくて、少しの間せつなさんにされるがままになった。

 その後はさすがに日影に場所を移す。

(……話したいこといっぱいあったのにな)

 屋上の入口の壁に寄りかかりながらそう思ってた。

 勉強は? とか、私やせつなさんの近況を話したりはしたけど、久しぶりにあった恋人同士の会話っていうと物足りない気もする。

(……けど……)

 その沈黙が気まずくなんてないし、というよりも嬉しい。

 せつなさんと会えただけですごく満たされた気分になれる。

「………っ」

 不意に手にひんやりとした感触。

 せつなさんの手が私の手に重なって、自然と指を絡めていく。

「……………」

 数か月ぶりの好きな人の手。

 それは理由もなく単純に嬉しくて、その喜びに浸っていると

「渚」

 短く名前を呼ばれるのと同時にせつなさんの顔が迫ってきて

(え?)

 ちゅ。

 驚く暇もなく唇が合わさった。

「あ………」

 何をされたかは理解しているはずだけど、どこか現実感がなくてぽかんとしてから

「っ!!? な、何するんですか!?」

 ようやく状況に反応できた。

「……キス、かしら?」

 せつなさんは自分でも現実感がないように答える。

「そ、それはわかっています。っていうかなんでせつなさんが不思議そうなんですか」

「そう、ね……自分でもするつもりはなかったんだけど」

「じ、実際しているじゃないですか」

 せつな先輩にはたまにこういうことがある。

 この前五月の連休に行った時だって、寝る前とか、ただぼーっとしてる時から私の意思を確かめることなくキスしてきたし。それが嫌なわけじゃないし、そもそも二人きりの時にキスしたいって言われたら断ることはないって思うけど、でも……もっと、その……恋人同士だからこそ、そういう一回、一回を大切にしたいっていうか……

「そうね……渚が好きだからとしか言えないかしら?」

「っ!」

 驚いたのはせつなさんの言葉にじゃなくて、せつなさんの行動。

 せつなさんは私の正面に回ると壁を背にした私に迫った。

「だって、ずっと寂しくて渚に会いたかったんだもの。いつだって貴女に会いたいって思ってるんだもの。声が聞きたい、触れたいって思っていつも過ごしてるんだもの。したくなっちゃっても……しょうがないじゃない」

「っ」

 この人は………本当にずるい。電話じゃあんな風に冷静だったくせに、直接会ったらこんなにも情熱的。

 そんなせつなさんに顔を赤くしてしまうけど、気持ちを伝えられたからだけじゃなくてもう一つ嬉しいことがあったから。

(……ちゃんと、寂しいって思ってくれてたんだ)

 ううん、そんなのは考えれば当たり前。

 私が会いたいって思ってるのに、せつなさんが思ってくれてないわけがないもの。

(あぁ……やっぱり私子供だなぁ)

 そんなことにも気づけずに一人でいじけて……ほんと情けない。

「ふぁ……」

 私がそういうことを思ってるって気づいたのかせつなさんはまた私の頭を撫でる。

 子供扱いは嫌って思うけど、実際私は子供で今度はやめてとは言えなかった。

(でも……)

 子供だけど……それだけじゃないんですよ?

 私は何よりもまずあなたの恋人なんですから。

 私は意を決してせつなさんを見つめると

「? 渚?」

 私の様子の変化に戸惑うせつなさんに迫っていく。

 つないだ手に力を込めてせつなさんの顔をめがけて迫っていく。

(子供だけど……貴女の恋人なんですよ)

 背の低い私は少しかかとを浮き上がらせながら目的の場所に迫って

 ぎゅ。

 最後の最後に方向転換をしてせつなさんに抱き着いていた。

(は…恥ずかしい)

 しようとしていたものとは違うところに私の顔は着地していた。

 じつは私からのキスはしたことない。あの告白のときだけ。

「渚……」

「っ!」

 せつなさんが少しあきれながら、でもとても楽しそうに笑ってる。

 多分私がキスをしようとしてできなかったことに気づいてる。

「渚、大好きよ」

「っ〜〜」

 優しく抱き返してくれるせつなさんの行為が嬉しくて、けど情けなくて恥ずかしくて

(……やっぱり、子供だなぁ)

 と思う私だった。

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