正月というのはたぶん、ほとんどの家庭で毎年こうするという決まりのようなものがってそれをから逸脱することなく過ごすのは常だろう。

 朝比奈家では元日には寝坊を許さず家族で食事を取る。それが子供の立場で唯一参加する行事であとは自由に過ごす。

 それほど興味のないテレビを見たり、実家にある本を読んだりとおおよそ正月らしくないことをするのがせつなの年明けだった。

 姉であるときなは地元に戻ってくると昔の友人たちと会うことも多いが、今年はどこにも行く予定はないと言っていて、そのときなに誘われてせつなは初もうでに来ていた。

「せつなはなにをお願いするの?」

「内緒。お姉ちゃんは?」

 初もうでといってもテレビに映るような大々的な場所ではなく、こじんまりとした神社の中。出店などはなく人もまばらにしかいない中、この日に多くの人が口にする言葉を述べる。

「そうね、私が幸せに過ごせるように、かしら?」

「ふぅん」

 一見、自分勝手なような姉の願いにせつなはそう返答しただけった。それが本音でないと知っているから。自分が幸せになるようにというのは、ときなの中では自分の関わるものがという意味。

 せつなや、恋人である絵梨子をはじめとして友人たちも含めている。それなのにあえてこういう言い方をするのがときなだった。

「せつなは、なぎちゃんのこと、かしら? もうすぐ受験だしね」

「残念だけどそのことじゃない。そういうのはあの子好きじゃないと思うから」

「確かに、あの子そういうの好きそうじゃないわね」

 ここにはいないせつなの恋人の話題に花を咲かせながら、二人で賽銭を投げ入れると二拍して手を合わせる。

(受験を受かれとは言わないけど、体調に気を付けて頑張りなさい)

 結局は渚のことを神に頼み二人は礼をして境内を後にする。

 冬の寒さの中、閑散とした田舎道を歩く姉妹。

 実はこうして二人で歩くことは今はもう珍しくなっていた。そもそもお互いに地元を離れており、会うことも少ない。

 久しぶりの姉と妹だけの時間。

 二人の間にわだかまりはないが、意外と話すこともないまま歩いていると

「そういえば春休みに時間ある?」

 ときなからせつなにそんな問いかけ。

「? 春休みなら二月くらいからだから時間あると思うけど、それがどうしたの?」

 渚を迎える準備があるとは言わずにせつなは答える。

「そ、なら旅行行くわよ。絵梨子と渚ちゃんも誘って」

「いきなりね。私は構わないけど」

「なら、大丈夫ね。もう絵梨子にも渚ちゃんにも許可は取ってるから」

「桜坂先生はともかく、なんで渚の許可をお姉ちゃんが取ってるのよ」

「絵梨子が確認してくれたのよ。ふふ、そのくらいで嫉妬しないでよ」

「別に、嫉妬ってわけじゃ」

 嫉妬ではないのは確かであるが、自分の知らないところで話が進められているのは恋人としては面白くはなくわかりやすく顔を赤くしてしまう。

「…………」

 隣を歩く妹のそんな顔を久しぶりに見るなと幸せな気分になったときなはある感情を心の中に作り出す。

「それにしてもなぎちゃんって面白い子よね」

「なに、いきなり」

「最近結構話すけど、いちいち考え方が独特っていうかあの子にしかない基準で生きてるみたいで話してると面白いわよね。それに、あぁ見えて意外に純情よね。ちょっとからかうだけですごく動揺するし」

「……渚に何してたの」

「別にそんな特別なことじゃないわよ。ただせつなとどこまで進んだのかなって聞いただけ。そしたら、もう顔を真っ赤にするどころか恥ずかしすぎて泣きそうになっちゃって面白かったなぁ」

「っ、お、お姉ちゃん!」

 渚のことをそのように語る姿にせつなは少しの怒りと、それ以上に独占欲からくる感情で姉を呼ぶ。

 せつなは本気で怒ってはいたのだが、その感情をぶつけられてときなは

「……く……ふ……ふふ、あははは」

 抑えきれない笑いをこぼした。本当に楽しそうに。

「? なに、よ」

「最後のは冗談よ。旅行のこともあるしたまに電話したりはするけど、そのくらい」

「なんで、そんな嘘つくのよ」

「ん、貴女が面白い反応してくれるなって思ったから」

「っ……」

 独占欲から姉に嫉妬し、普通の少女のように照れて見せる姿。

 せつなが自分を追って天原に来たのを知ったときには考えられもしなかった。妹の姿。

 その妹が今目の前で楽しそうに笑ってくれている。

「ふふふ」

 そのことが嬉しく今度は先ほどとは別の感情でほほ笑む。

「なに、笑ってるの?」

(せつなは変わったことを自覚しているんだろうけど)

 心配していた身としては格別な感情と

(ちょっとだけさみしいかも)

 もう心配をしなくてよくなったという独特の寂しさ。

「ちょっと嬉しいだけよ」

 せつなには理解されないであろう感情でほほ笑むときな。

「なにそれ」

 せつなの方は姉が何を思っているかなど気づけず釈然としないまま歩いていく。

(ありがとう、よね)

 そんなせつなの隣でときなはそう思っていた。

 渚はもちろん、せつなを変えるきっかけを作ってくれた人たちと、自分も大切な人を見つけることのできた場所に。

 そしてなにより

「ふふ……せつな」

「今度はなに?」

「好きよ」

「………私も」

 この幸せな今に感謝をするときなだった。  

 

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