「……誰も、いないみたい、ですね」 放課後になって絵梨子はすぐにときなに会いに行くと、演劇の経験を無駄に活かしときなに保健室へと連れてこさせた。 「そ、そうなの……ぅ」 ここにきても律儀に息を乱れさせながら絵梨子は保健室を見回すときなの少し後ろを行く。 (そりゃ、いないわよ。私がそう頼んだんだから) などとときなには言えるわけもなく、独特のにおいが鼻をつく絵梨子は勝手にベッドへと向かっていき、そのまま静謐なシーツに手をかけて横になった。 「ん。勝手に寝ていいものなんですか?」 「保健室のベッドは、調子悪い人に寝てもらうためにあるのよ」 「生徒に、だと思いますが……まぁ、別にいいですが。とりあえず、熱でも測りましょうか」 「あ、だ、大丈夫。熱はないと思うから。ちょっと横になればきっとよくなるわ」 「? そう、ですか?」 少しいぶかしげながらもときなは体温計を探すのをやめると絵梨子のそばに寄ってきて、絵梨子のおでこに手を当てた。 (く、くすぐったい……) 手ではなく、ときなの長い髪が頬を撫でてむしょうにくすぐったいが、同時にいい香りでもあって、絵梨子は気づかれないように口の端をゆがめる。 「……私手が冷たいから、あんまりこうしてもわかんないんですよね」 「あ、じゃ、じゃあ、おでことおでこでも、いい、わよ?」 「……まぁ、一応タオルで冷やしておきましょうか」 (あ、あれ? 聞こえなかったのかしら? 無視されちゃったけど) 少し体を起こしながら、絵梨子は手際よくぬれタオルを用意するときなの後ろ姿を見つめる。 さっきくすぐったかった長い髪がまるでしっぽのように揺れて可愛らしいなどと、もはや演技も忘れたままぼーっとそれだけを思う。 「先生? 寝てなくていいんですか?」 「あ、う、うん……」 そばに戻ってきたときなは横になる絵梨子のおでこに水で濡らしたタオルを置く。 「さて、私はそろそろ行きますね」 「え!? も、もう行っちゃうの?」 「これでも受験生ですし、今日は寮で人に教える約束があるので」 「あ、え、えと……」 まだ何も目的を達していなくて、引き留めようと絵梨子はあわてて声を上げは、約束があるということを聞いてしまうとなかなか自分の欲望だけを満たすわけにもいかず、口をパクパクとだけさせる。 「……何か、してほしいことでもあるんでしょうか?」 ときなはそんな絵梨子を少しあきれたように見つめてそう告げる。 「あ、っと……」 「そ、その……まくら、ちょっと、寝づらいくてえと……」 何をいえばいいのか自分でもわからなくなってしまっていた絵梨子は、思わずときなの誘導に引っかかって 「……………」 「そ、それに、布団だけだと寒いかなー、って……えと」 「……ひざまくらでもしてもらいたい、ということでしょうか」 「ぅ………」 ときなの冷たい瞳。少なくとも今おでこにあるタオルよりは圧倒的に冷めた目。 それからときなははぁ〜と大きなため息をついて 「もしかしなくても、最初からそれが目的だったんでしょうか?」 あっさりと絵梨子のたくらみを看破した。 「……………」 実際には、調子悪くもなんともないはずの絵梨子だが、背筋がぶるぶると震える。 「え、えっと……だめ?」 それでも、あきらめの悪い絵梨子は情けない顔でそう哀願するのだった。 ときなはそんな絵梨子を見てまたあきれてため息をつくと 「あ…………」 仕方ないという顔でベッドに上がってきて、絵梨子の頭を持ち上げた。 「ここまでした先生に免じて、今回は特別にしてあげます」 「あ、ありがとう。ときな」 絵梨子は子供のようにはしゃいだ声を出してしばらくはときなの顔をしたから見上げ、次に目を閉じてときなのふとももの感触を楽しむ。 (思ってた通り……最高) それだけで天にも昇る気持ちになった絵梨子は 「……まったく、次からはこんな回りくどいことしないでくださいよ」 「え? 何か、いった?」 時折ときながもらしてくれる本音を聞きそびれてしまい 「いーえ、なんでもありません」 と、少し不満顔のときなににらみつけられしまった。