お風呂はいつもよりも早く十分ちょっと済ませて、髪はおろしたまま一通り乾かすとさっさとゆめの部屋に戻っていく。

「おかえり」

「ただいま」

 美咲の素っ気無い対応を受けながらあたしは部屋に入って、ベッドに寝るゆめの顔をのぞきこんだ。

「どう、ゆめ?」

「……平気じゃない。けど……平気」

 ほぅっと赤く染まったまま、瞳だけをあたしに向ける。

「うん。ま、何かしてほしかったら、遠慮なくいうように」

「…………うん」

 とりあえず、ゆめに必要なことを伝えると二人でじっと見ててもしょうがないので、テーブルに戻って、残っていたから上げを一つつまむ。

「彩音。そこにいるんならついでに彩音が片付けてきてよ」

「えー、まぁ、いいけど」

 テーブルの前に来たのにつけこみ美咲が勝手な注文をしてくる。

 あたしは、面倒ではあったけどわざわざ断るほど嫌でもないので素直に食器を手早くまとめると、部屋を出て行った。

 キッチンにきて、水場に食器を沈める。

「……ふむ」

 腕を組みながらそれを見つめて、一つうなる。

 ゆめのお母さんからは冷やしておいてくれればいいって言われてたけど、ご飯を作ってもらったんだし、量もそんなに多くはない。

 やっぱり、しておきますか。

 どこに戻せばいいかはわからなくても、それくらいはやっておくべきだ。

「彩音―」

 あんまりなれない感じで食器洗いを終えて、片付けなんかをしていると上から美咲の声がした。

「なにー?」

「ゆめがなんか甘いものが食べたいってー」

「甘いものー?」

「ヨーグルトとかあったらもってきてー」

「はーい」

 ちょっと大声でそうやり取りをして、水場のすぐ側にあった冷蔵庫を見る。人様の家の冷蔵庫をあけるなんて気が引けるけど、まぁしょうがない。

 パカ。

「甘いもの、甘いものね……」

 下段から最上段まで隅々に見渡していくけど、美咲のいってたヨーグルトもなければ、プリンもない。あれば、と思って冷凍庫を見てもアイスもない。もう一回冷蔵庫をあけて確認するけど、やっぱりゆめが食べたそうなものは見つからない。

「ん……これ……」

 そんなときあたしはドアの裏側にあったあるものを発見して手に取る。

「いや、うーん。確かにゆめが好きだけどなぁ……」

 ま、いっか。とりあえず持っていってみよう。

 あたしはそれを手に取ると冷蔵庫をしめてゆめの部屋に戻っていった。

「おまたー」

「おかえり。なにかあった?」

「はい、これ」

 あたしは真っ直ぐ美咲のところに戻って手に持っていた物を美咲に手渡す。

「………………」

 美咲はそれを受けとると……ものすごい怪訝な顔をされた。

「彩音ちゃん? これはなぁに?」

 幼稚園の先生が園児に語りかけるみたいに優しく語り掛けられてしまった。

「はちみつだね。英語だと、ハニー? だっけ?」

 あたしが持ってきたのははちみつの瓶。ほとんど無色でとろっとした液体が瓶に詰められている。

「そうねー。よく出来ました。……って、あんたバカなの!? なんで甘い物もってきてって言われてはちみつを持ってくんのよ」

「いや、他に見当たらなかったもので」

「なかったらなかったでいいんだから、さっさと戻してきなさい」

「へーい」

 やっぱ、だめか。はちみつって栄養あるし、薬用にもなるからもしやとおもったのに。ま、はちみつだけを舐める人もそうそういないだろうけど。

 けど、

「…………それで、いい。……舐める」

 ここにそんな奇特な人間がいた。

「まじで?」

「…………はちみつ、好き」

「ま、食べたいんならどうぞ」

「どうぞって、どうやって食べるのよ」

「…………舐める」

 舐めるって、どっかの絵本のクマさんみたいに手ですくって舐める気? ま、いいや、スプーンかお皿でも取ってこよ。

「そうだ。私が食べさせてあげるわ」

 美咲は享楽的な笑みを浮かべたかと思うとゆめが寝てるベッド脇にあるイスに座る。

 そして、おもむろに瓶のふたを開けて……

 ちゅぷ。

 ためらわず瓶の中に指を突っ込んで中のはちみつをそのたおやかな指ですくった。

 美咲のほっそりとして長いゆびの先端あたりにテカテカと透明に光る半固体状のはちみつがねっとりとつき、美咲はそれが指から垂れないようにゆめの口元に持っていく。

「ゆめ。あーん」

「…………あーん」

 ゆめは目の前にぶら下げられた餌に迷わず食いつく。

「……ぴちゅ、くちゅ……れろ……はむ」

 ゆめが美咲の指に紅い舌を絡ませていく。あたしが指を食べられたのとは違い、くわえてしゃぶりつくんじゃなく、舌を伸ばして、美咲の指を隅から隅々まで舐めていく。

「……あむ…ぴちゃ、…は……むぅ…ん」

 ……微妙にエロイ。っていうか、この二人はなに妙なプレイをしてるわけ? あたしの目の前で。

「……おいしい。もっと……欲しい」

 しかも、あたしの指はまずくて、美咲の指(はちみつつき)はおいしいっていうのはなんか美咲に負けてる感じがしてむかつく。

「ふふ、いいわよ」

 美咲はまた人差し指ではちみつをすくって、いや、すくうというよりも万遍なく絡めてるって感じ。

 なに、美咲はゆめに舐められたいわけ。……つか、ゆめが病気だっていうのになに変な遊びしてんの。

「……はむ……レロ…みさ、き…んむ…くちゃ」

 また、ゆめが舌を出して美咲の指に這わせていく。

「ふふ、なんかくすぐってくて変な感じね」

 ゆめは幸せそうな顔で美咲の指を舐めるし、美咲は美咲でまんざらでもなさそうな顔してるし。

(……ってこの状況でまんざらでもない顔ってどんなのよ……)

 ちゅぱ。

 あたしは完全に二人の世界にはいった美咲とゆめを面白くない顔で見つめる。

 べ、別にうらやましいとかじゃないんだから。ただ、このままじゃ何のためにあたしがいるのかわかんないし、っていうか、仲間はずれ感が嫌!

「んっ…ちゅ。ゆめ。ほっと欲しい?」

 美咲はゆめに舐め取られた残滓を得るために指を口に含んで、甘い囁きをする。ゆめはそれににべもなく頷いてしまう。

 だめだ。このままじゃゆめが美咲に篭絡されてしまう。あたしがゆめを助けなきゃ。

「だめ!

 あたしは、二人を制してはちみつの瓶を美咲から取り上げた。

「……あ……」

 また、美咲からもらえると思っていたのかゆめが残念そうな声を上げる。

「なによ彩音。いきなり」

「あー……っと。こ、今度はあたしがゆめにあげるから」

 って、こんなこといいたいんじゃ……なんか美咲があたしのこと勝ち誇ったような顔で見てくるのが気に食わなくて気付けばこんなことを口走っていた。

「ふーん。まぁ、いいけど」

「……彩音、でも、いい。……はやく、ちょう、だい」

「あ、えっと。うん」

 ……なんであたしこんなことしてんの。でも、やる以上は美咲とおんなじじゃつまんないっていうか……差をつけたいね。

 あたしは逡巡したあと、瓶に指を二本いれて、たーっぷりはちみつをつける。

「ほぉら、ゆめ。欲しい?」

 ぬちゃにちゅ。

 こぼさないように瓶の上ではちみつをつけた指を絡ませて挑発的に音を立てさせる。

「……はやく」

 ゆめは寝たまま少しあごをあげ、舌を伸ばしてはしたない姿を見せる。それはなんともそそられる姿で、もっとからかいたくなってくる。

「はい」

 と、言葉だけはそういうけど、ゆめの舌がぎりぎり届かない位置で止めて、ゆっくりとひきあげていく。

「……あ、……あぁ」

 ゆめは舌をめいいっぱい伸ばしながらそれを追いかけて、情けない声をあげる。

 楽しいわ、これ。うまくいえないけど、満たされる感じがたまんない。

「……変に焦らしてないでさっさとしなさいよ」

 せっかくあたしが楽しんでいるというのに美咲が呆れた声であたしを諭す。

「……彩音。……なめたい。いじわる……やだ」

 ゆめはもう我慢できないのか、熱のせいなのか涙目になってあたしに懇願してくる。

 数時間前に食べたいって言われたのは、別の意味だったけど、これはもうほんとそのまんまの意味。

 このままもっと焦らすのもいいけど、さすがに可哀想、か。

「はい、ゆめ」

「……はむっ。にちゃ、……クチュ…、ぴちゃ」

 口元に持ってきた指をゆめは待ってましたといわんばかりに二本とも口に含んでちっちゃな舌で執拗になめてくる。

「…ん、ん…んん」

 ゆめの動きは激しい。二本の指に巻きつくように舌を這わせ、時には一緒に、時には丹念に一本ずつ味わっていく。

 ゆめの口内は体が火照っているせいか熱い。その熱の中にあたしの指は引き込まれてゆめは逃すまいと舌を絡ませる。

「……あやね……ん…くちゃ…にちゃ……ぷぁ……あまい」

「んっ、ゆめ……ちょっと、はげしすぎ」

 ゆめは自分のことしか考えてないからたまに噛まれるのは痛い。けど、ざらついた舌が指を這う感触。舌の内側の熱さに翻弄される感覚。そんな未知の刺激が中々ゆめから指を引き抜くことを許してくれない。

「……これ、……ちゅる…すき」

 はちみつが好きのかこうやって食べるのが気に入ったのか。ゆめはとにかく最後のひと雫まで貪欲に求めてきた。

「……はぁ……ちゅ、ぱ」

 やーっと、ゆめは満足したのかあたしの指を解放する。

「……………」

 あたしはその指を黙って見つめる。

 ゆめの唾液まみれになった指。なんだか、みつめてると……

「あむ……」

 くわえたくなって、その通りにしてしまった。

 はちみつはほとんど取られちゃったけど、ずっとはちみつを嘗めていたせいかゆめの唾液も甘くて……

「っ……」

 あたしは、急に自分がものすごく恥ずかしいというか、おかしなことをしているような気になって慌てて指を引き抜いた。

 なに、さっきの美咲と同じことしてんの。なんかもう、体が勝手に動いて……別に求めたんじゃなくて動いただけで、美咲もこんな気分だったのかな。って今はそんなこと考えてる場合じゃないや。

「……もっと」

 ゆめは一度や二度じゃ満足できないご様子でさらに次を求めてくる。

 その蠱惑的な様子にもっとしてあげたいとは思うけど、それとは別にあたしの中の何かが止める。

「もうおしまい。あんまり甘い物ばっかり取りすぎても体に悪いでしょ」

 あたしは悩みに襲われている間に美咲があたしから瓶を取り上げた。

「それ、今さらゆめにいっても無駄なんじゃない」

「とにかくだめ。偏食ばかりでお腹壊されても困るし」

 美咲はいまさらな正論を述べると瓶のふたまでをして完全にゆめの望みをたった。

「…………残念」

「元気になったら、一人で食べ過ぎない程度でしなさい。私、これもどしてくるから彩音はゆめの口周りふいてあげといて」

「はーい」

 美咲はさっさと言葉通り部屋を出て行って、あたしは枕元にあったティッシュを取ってゆめのべとべとになった口周りを拭いて処理を済ませる。

 それをしながら、今日は本当に看病にしたのかなーと、一日を思い返して不安になるのだった。

 

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