「夏樹せんぱーい」
たまたま夏樹ちゃんの部活動がなかった日、せっかくだからって一緒に帰っていた私は校門を出る直前で足を止める。
二人で振り返った先にいたのは、初々しそうな一年生。
ただし、さっきの声を聞けばわかるように私の知り合いじゃない。
「どうかした?」
「えへへ、ちょっといいですか?」
「ん、何?」
「あのですね……」
私をほっぽいて話を始めちゃった夏樹ちゃんを私は背の高い校門に寄りかかってその様子を見つめた。
今、話してる子。名前は覚えてないけど、顔に見覚えはある。こうして夏樹ちゃんと話してるところは何度か見てるから。
確か、夏樹ちゃんと同じ陸上部の後輩だ。
「……………」
別に後輩との語らいを邪魔しようだなんて思ってなんかない。
ないとは言え……
楽しそうに話す二人をじとっとした目つきで見つめる私は、狭量なのかなと軽くため息をつく。嫉妬とまではいかなくても、面白くないとは思っちゃう。
「んー、でもあたしって人に教えるのとかはできないよ?」
「そんなことありません。この前だって、夏樹先輩の言うとおりにしてみたらタイムあがったし。それに、夏樹先輩に見てもらえたら頑張れますから」
しかも、あの子は夏樹ちゃんに好意があるみたい。もちろん、先輩としての憧れみたいなものだろうけど、夏樹ちゃんを好きな子が目の前で夏樹ちゃんと話してれば………やっぱり嫉妬する。
「んー、ま、そういうことなら。いいよ。今度見てあげる」
「本当ですか!? ありがとうございます!! あ、バス来たからもう失礼しますね。それじゃ、よろしくお願いします!!」
話が終わったようで後輩の女の子は深々と礼をすると、照れた様子を隠すこともなくにやにやとしたまま私の前を通り過ぎていってバスにのこりんだ。
と、まぁ実際あの子のことはどうでもいい。
私が気にするのは
「……夏樹ちゃんて」
「ん?」
のこのこと私の前にやってきた夏樹ちゃんになるべくいじけた様子を見せないように私は
「下級生にもてるよね」
「へ!? ちょ、な、なにいってんの!!」
「さっきの子、随分嬉しそうだったじゃない」
「あ、あれは今度練習見てあげるってだけで、別に」
「ふーん……」
「あ、ちょ、ちょっと梨奈」
夏樹ちゃんの言ってる事が本当だってわかってるけど、私はあえて拗ねたような素振りを見せて先に歩きだした。
「待ってってば」
すぐに夏樹ちゃんが追いかけてきて並んで歩きだすけど、私はプイとそっぽを向いたまま。
「だからさぁ、ほんとに何でもないってば」
そんなのはわかってるけど
「ほんんとぉ? 夏樹ちゃんて昔から年下にはいい顔するじゃない。中学の時なんて一緒に遊び行ってたりもしてたし」
「あ、遊びに行くくらいは別にいいじゃん」
「いいけど……」
今のこの怒ってるのは演技といえば演技。それは間違いない。でも……
「二人きりで出かけたりもしてたじゃない」
嫉妬してる部分もほんとな私は拗ねてるのを隠しきれない。
「だ、だからあれは本当に遊びにいっただけで、つか、梨奈だってわかってんでしょ」
「うん、わかってる」
と、今度は一転素直に頷く。
「あ、そ、そう……」
さっきまでちょっとあせったようだった夏樹ちゃんは今度は毒気が抜かれたような表情になった。
「でも、夏樹ちゃんがあんまり他の子と仲良くしてたら嫌なの」
「あのくらいで……」
呆れたように呟く夏樹ちゃん。
「そう、あのくらいで」
私は責めたてるかのように繰り返した。
「はぁ……今度は何?」
と、ここで夏樹ちゃんはあきらめたかのようにため息をついてそう言ってきた。
それを聞いた私は思わず口の端をゆがめる。
「んー、まだ考えてないかな。とりあえず、お願い聞いてくれるっていうことで」
「はいはい。了解しましたっと」
ちょっと疲れたような顔になった夏樹ちゃんとは対照的に私は、言質をとったことでにや〜とした弛緩した笑顔を見せる。
ちょっといじけるだけでお願い聞いてくれるっていうんだから。
(ふふふ、やっぱり夏樹ちゃんって大好き)
なんてちょっと邪なことを思いながら名も知らぬ一年生にほんの少しだけ感謝をするのだった。