私と渚は同じ大学で、一緒に棲んでいて、恋人で。

 多くの時間を共に過ごしているとはいえ、常に一緒にいられるわけじゃない。

 例えば大学では同じ授業をとってはいても、全て同じになどできるわけもない。

 それでも終わる時間が同じであれば待ち合わせをして一緒に帰ることも多いのだけれど。

(あれ、渚……)

 講義が終わったら校舎の入り口で待ち合わせになっていて少し遅れてそこへとついた私は思わぬものを見た。

 渚が見知らぬ女の子と話をしている。

 まぁ、普通に考えてここの学生なのだろうが見覚えはない。渚の友人であればいくらかは面識あるが初めての顔だ。

 いや実際それはどうでもいいといえばいい。私は気になったのは渚の表情だ。

 私がいうのもなんだが、渚はクールな人間だ。もちろん私の前では様々な表情を見せてくれるが、外では比較的表情に変化がないことも多いのに、今の渚は珍しくはしゃいだような顔でその女の子と話をしている。

(まぁ、割り込むのもね)

 何か知らないけれど、わざわざ出て行って渚の邪魔をする必要もないでしょう。

 そう考え私は渚が気を使わぬよう少し場所を離れ時折様子を窺う程度にした。

 だが。

(………………)

 思いのほか二人の会話は長いようで中々渚は一人にならない。

(そういうこともあるでしょうけど)

 話が弾んでしまうことがあるのは理解している。だが、渚は待ち合わせしていることを理解しているはずでその渚がそれを忘れたようにいつまでも話をしているのは意外だった。

 すでに休み時間は終わり次の講義が始まっている時間だ。私たちはこれから帰るだけとはいえ、本当に渚にしては珍しい。

 そんなことを考え、気付けば様子をうかがうことが増えてしまった私はそこからさらに十分ほどたってようやく渚が一人になるのを確認して近づいて行った。

「渚」

「せつなさん、すみません、待たせてしまって」

 この言葉が出るということは私の存在に気付いていたということ。それでも話を続けていたということ。

「友達?」

「友達……そうですね。友達です」

 少し妙な言い方だ。普通とは違うことは感じさせる。

「久しぶりだったんで話が弾んでしまいました」

「久しぶり?」

 大学の友達であれば少し妙な言葉だ。大学に通っていれば会わないのなんてせいぜい一週間程度だろうに。

「昔の友達です、四年……五年ぶりくらいかな」

「ってことは天原に来る前の」

「そうですね。中学では一番仲良かったと思います」

「へぇ」

 渚から出てくるのはやはり意外な言葉だ。

 渚は意外と天原に来る前のことを話さない子だったから。

 なぞの女の正体も知りとりあえず帰るために駅へと向かって歩き出すが、意外にも渚はその昔の女のことを話すのをやめない。

「向こうから話しかけて来ましたけど、本当にびっくりでした。まさかこの大学にいるなんて思わなかったので」

「確かに、そんなことそうそう起きないわね」

「向こうも同じこと言ってました。もちろん私もですけれど。ほんとびっくりです」

 隣を歩く渚は郷愁に喜びを混ぜた顔をしている。

 ……珍しい顔だ。

「当時はケータイも持ってなかったから天原に来てからはどうしてるか知らなかったし」

「………そう」

 正直言って困る。見知らぬ相手のことを話されるのもそうだし、渚がはしゃいだようになっているのもまた私を戸惑わせている原因だ。

(そういえばいつか渚が言ってたっけ)

 天原に来るのが嫌だったと。それにはさっきの彼女と離れるのが嫌だったのも含まれるのだろうか。

 何故かそんなことを考えて心がわずかに濁った。

(……いや、恋人が旧友と再会しただけでしょうに)

 何を考えているんだか。

 自分で自分に呆れてしまう。

「そういえば、天原に来るのが嫌だったの彼女と会えなくなることも一つでしたね」

「っ……」

 心で考えていた嫌なことを刺激する渚の言葉に顔がゆがむ。

 渚の心変わりを考えているとかそういうのではなくこれは多分嫉妬とか独占欲とかいうやつだ。

 隣にいながら恋人が別の相手の話をすることを不快に思い、愉快気に過去を想うのが気にくわない。

(我ながら嫌になるわね)

 それも渚への愛ゆえとはいえ、自分がそんな人間だったのかと思えてしまうのが愉快ではない。

「そうだ、せつなさん。明日また彼女と会うんですが」

「っ……」

 しかも次に会う約束までされれば浅ましくも文句の一つくらい……

「せつなさんも来てもらっていいですか?」

「え?」

 意外な一言に目を丸くする。

「え、と。渚?」

「仲のいい相手だったのでせつなさんのことちゃんと話しておきたくて」

 ようやく隣の渚をちゃんと見れて、その渚は照れたようにでもしっかりとそう言ってくれていて。

「……………」

(私もまだまだ子供ね)

 浅い嫉妬をしていた私と違い渚は「私たち」のことを考えてくれていて。

 濁った心があっさりと澄み渡った。

「もちろん、渚の大切な友達ならきちんと挨拶しておかないとね」

 珍しく私が渚に翻弄される形になったけれど、また一つ渚を知れたような気がして悪い気はしない。

 こんなに近くにいても新しい一面を見ることはあるしそれはきっとこれからも無限に続いていくんだろうなと思いながら、渚の知らぬうちに不機嫌になり機嫌を取り戻した私は渚の手を取り、不意のことに赤くなる渚を可愛らしいと思いながら二人の棲みかへと向かっていった。

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