「……好き」

 ベッドで横になる私に指を絡めてゆっくりと口付けを迫ってくるせつなに私は身動きが取れなかった。

 ただ、今までせつなにされた時とは違って……避けようと思えば避けれた。それは身体的なことじゃなくて、心の問題で。

 でも、避けな、か、った。

「ちゅ……」

「っ……」

(せつなの、くちび、る……)

 キス、されたのは何回目、だろう。よく覚えてない、けど、今初めてせつなの感触をちゃんと知った気がする。

 暖かくて、ふっくらとしていて……何より、優しかった。

「は、ぁ……涼香」

 せつなの扇情的な声、瞳、表情。それが窓からかすかにもれている月光に照らされている。

「せつ、な……」

 私はさっき流した涙のせいで乾くことない瞳のままその神秘的にも見える姿を見つめた。

(怖い……)

 怖い、けど……

「涼香……」

 せつなが愛しそうに私を呼んで、また体を重ねて……キスを求めてきた。

 私は……小さく、本当に小さく、頷いていた。

「ん……」

 そうしてまた唇を重ねられた。

「ッ!!?

(し、舌が……)

 重ねられたせつなの唇から熱い舌先が私の唇をこじ開けてきた。

「っ〜〜〜」

 体が震えるのを自覚した私は、その震えを少しでも抑えようとする。

 キスが嫌なんじゃない。ううん、本当はこんなキス、ちょっと怖い、けど……でも、今震えてるのはそうじゃなくて

「ん、ちゅぷ、にゅぷ……チュク」

 せつなの舌が私の中を動き回る。せつなの舌はすごく熱く感じて、唾液は少し甘いような気がして……ただ、全然乱暴じゃなくて、せつなの気持ちが痛いほどに伝わってきてる。

 せつなに応えなきゃって思う私は心のどこかにはいるのに、私は震える体を抑えるので必死だった。

「っ、は、……はぁ、はぁ、はぁ」

 少しするとせつなの口付けは終わってせつなは少し体を浮かすと、私を見つめながら熱っぽい呼吸を繰り返していた。

「っ、は、……はぁ……………は」

 対照的に私は、肺も脳も酸素を欲しがってるってわかっているのにゆっくりとした、押し殺したような呼吸しかできなかった。

(………キスだけじゃ、ないんだよ、ね……)

 愛したいっていう意味、わかってる。こんなキスなんか序の口に過ぎないって。

「っ……はぁ、……はっ……」

(大丈夫……せつな、は……私のこと、好き、なん、だから)

 せつなは……ひどいこと、なんてしない。するわけ、ない。

(だい、じょうぶ……)

「っ!?

 せつなが動いたことに、体をビクつかせた私だったけどせつながしてきたのは私の想像とは違ったものだった。

「ぁ……せつな?」

 せつなは無言で私を抱きしめていた。

 体を重ねて、片手は指を絡めて手をつないだまま、首の後ろに手を回して私を慈しむように抱く。

 トクン、トクン。

(ぁ……)

 重ねたせつなの胸からせつなの鼓動が響いてくる。

 パジャマの上からでも今の私はそこに触れられているのは痛くてたまらないはず、だけど、このせつなの音を聞いているとほんの少しだけそれが和らいでいくような気がしていた。

(……せつなの音……)

 トクン、トクン、トクン。

 聞こえる。伝わる。

 私の胸だってきっとこれ以上に早鐘を打っているはずだけど、なぜかせつなの音しか耳に入らない。

(これが、せつなの音……)

 私を……させてくれる、音。

「……好きよ。愛してる。何度でも、いうわ。大好き」

「………せつな」

 キスをして、名前を呼んで、抱きしめて、愛を囁くせつなに私は、名前を呼ぶことしか返せない。

 キスを返すことも、そのキスに応えることも、つながれた手に力を込めることも、何もできなくて、せつなを………受け入れている、だけ。

 それが、今の精一杯。

「…………っ!?

 しばらくして私を抱きとめていたせつなの手が、私のパジャマのすそに触れると私は体をこわばらせた。

(……震えたりなんか、しちゃ……だ、め)

「………涼香、脱がす、わね」

「………………………う、ん」

 体を起こしたせつなが私のパジャマをめくりあげていく。

「っ……」

 肌が外気に触れると、その冷たい感じが不安をもたらしてくる。

 それだけじゃない。

 鎧、だった。こんな薄いパジャマの布でも私にとっては、心を守るための防波堤だった。

 目には見えないけど、この肌は傷だらけ。目には見えなくても痛い。怖い。苦しい。

「んっ……」

 万歳をさせられてパジャマを取り外された私の上半身はブラジャーだけになって私はあまりの心細さに自分の体を抱きたかったけど、思うとおりに体は動かなかった。

「っ……」

 そのまませつなが視線を送ってきて私は目をそらしながら頷いた。

(は、ずか、し……)

 ズボンに手がかけられると私はようやくそう思える。

「涼香、綺麗。可愛いよ」

 下着だけの姿でベッドに寝かせられた私にせつなはそうお世辞ともなんともとれないことを言ってくる。

 けど、

(大丈夫、大丈夫……だいじょうぶ。せつなは……せつなは……)

 私は恐怖で目をぎゅっと閉じてしまいそうなのをこらえながらせつなから目をそらしていた。

「涼香……ん」

 せつなはそんな私の思いを察したのか、もう一度優しくキスをしてきた。それも体に触れないようにちゃんと位置をずらして。

「……やさしく、するから」

「…………………」

 答えられない。

 違うの! せつながひどいことするだなんて思ってない。思ってないのに、答えられない自分が……情けない。

「…………」

 せつなは何もしない。返答を催促してくることもない。ただ黙って私を見つめるだけ。

(……大丈夫、せつなは……せつなは私のこと好き、なんだから)

 私はただ怖いんだって思いたい。こんなことすること自体が怖いんだって。だから、頷けないって。それだってせつなにひどいってわかるけど……そう思ってないと、せつなのこともっと、悪く思ってるみたい、じゃない。そんな風にせつなをことを思ってなんかないん、だから……

「…………………………………………ぅん」

 私は長い長い沈黙のあと、どうにかせつなの耳に届くようかすかな声を出した。

「……うん。優しくするから」

 せつなはもう一度そう告げると

「っ!!!!!

 せつなの手がおなかと胸の中間辺りに触れた瞬間、私は大きく震えた。我慢しようって思っていたのに、そんなこと一瞬で頭から吹き飛んで私はせつなに触れられた恐怖を抑えられなかった。

「っ! あ、ご、ごめん……」

 言ってしまった。こんなこというべきじゃないはずなのに。

「ちょっと、びっくりした、だけ、だから……大丈夫、だよ。…………優しく、してくれるん、で、しょ?」

「……うん」

 せつなは私が言ったのは言い訳だってわかってる、はず。それでもせつなはそう頷いてくれた。

「…………じゃあ、する、から」

 こんなことは普通口になんてしないんだと思う。でも、せつなは私に少しでも心の準備をする時間をくれたんだと、思った。

 だけど……

「っ……」

 体に触れるせつなの冷たい指先。それはまだ本当に触れただけなのに、私は叫びだしてしまいそうだった。どうにか、体が震えてしまうのだけは抑えたけどそれでも心に溜まっていくのは恐怖だけ。

 (だい、じょうぶ……)

 さっきと同じようなところにあてられたせつなの手が私の体をはって、その手が少しずつ胸へと向かって………

「っ……は、……ぅ、っぁ」

 無意識に声が出た。

 わかっているのに、せつながしてくることは、決してひどいことじゃないんだってわかってる、つもりなのに。

「っ〜〜。ぅ……ふ、ん」

 あの女のことが、思い浮かぶ。あの女にされた、ことが……

(だ、め、なのに……)

 目の奥が熱くなって瞳が濡れていき……

 ツーと、私の弱さの証が灼熱の雫となって頬を伝っていった。

「ぁ…………」

 その数瞬後、せつなが体を離した。

「せつな……?」

「……………………や、っぱり、やめよう」

 せつなはあふれてしまいそうな感情をすべて押し殺したような顔で、無感情にそういった。

 そして、すぐにベッドから降りると私に背を向けた。

「あ、……だ、大丈夫、だから……」

「……駄目よ」

「そ、そんなことない。ほ、本当に大丈夫だから……」

「駄目……私が、駄目なの」

「っ!!

 その言葉の意味が理解できてしまったのに私は何もいえなくてただ、せつなの背中を見つめることしかできなかった。

「……パジャマ、着て。風邪ひいちゃう……」

 せつなはそう言ってベッドの下に落ちていたパジャマを私に渡してきた。

「うん………」

 短く答えてパジャマを着た私は、ベッドに腰を下ろす形になったままどうすればいいのかわからなかった。

「………………………………………………………………」

 永遠にも思える沈黙。

 それをやぶったのはせつなだった。

 

 

「……今日、涼香のベッドで寝るわね」

 私は涼香に背中を向けたままそう告げて、すぐに涼香の視界から消えようとした。

「あ、ま、待って……」

「っ……」

 涼香は何を思ってなのかそんな私を呼び止めた。

 動きをとめた私に涼香が続きを発するまでわずかな時間があった。そのわずかでも私の心は動揺する。

「……………せ、せつなさえ、よかったら……一緒に、寝て」

「っ………」

(……どういう、意味……?)

 涼香が何を思ってそんなことを言っているのかわからなかった。

「…………涼香が、いいの、なら」

 ただ私は振り向かないまま涼香にそう告げる。

「……………………………うん」

 涼香が返す言葉も短い。

 お願いと言われるのなら、また手を握ればいいと思ったかもしれない。でも涼香はそうとしか言わなくて。

 どうしたらいいのかわからないままに涼香が横になったベッドで、私も距離を離れて涼香のベッドの裏を見つめた。

(……どうしよう……)

 わずかに動かした手をすぐに止める。

 手を、握ったほうが、いいの?

 握って、いいの?

 そんな資格が私に、あるの?

 私は……涼香に……

 いや、わかってる。『私』が駄目だったんじゃないって。他の誰でも、……例え、美優子、でもきっと涼香の反応は変わらなかった。

(…………涼香)

 私じゃ、ここまで、なの……?

 結局私じゃ、涼香を救えないの……?

 私には涼香を……

「………っ!?

 器から溢れそうになった気持ちの雫が、ふと止まる。手に暖かなぬくもりを感じたからだ。

(涼香……?)

 涼香が、手をつないできた。

 いつも私が涼香にしているみたいに握るんじゃなく、小さな子供がよくするような手のつなぎ方。

「………………」

「………ぇ?」

 涼香が何かを言った。いや、そんな気がした。何か聞こえた気がする。

「…………」

 涼香に私がわずかに漏らしてしまった声が届いてはいるとは思うけど、涼香は何も言い返さない。私と反対側に顔を傾けているだけ。

(……何、言ったの?)

 どうして、こんなことするんだろう。

 ただ、の義務感? ……拒絶したことが私を傷つけたって思ったから、その穴埋めをしようとしている、だけ? 

 それとも……

(それ、とも……)

 それとも………………

 

 

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