黎明戦争も終結し世界に平穏が戻り、復興や発展が始まってきた頃。

 ここ特務三課で新たな争いに身を投じている人物がいた。

 名をサギリ・サクライ。

 株式会社VTXユニオン特務三課の主任である彼女が臨む……いや、巻き込まれることになった戦いはティラネードを駆っていたころとは異なり直接命のやり取りをするようなものではないが彼女の以外で戦いの渦中にある人間にとってはある意味命のやり取りをするよりも過酷な戦いかもしれなかった。

「はぁ……センパイ遅いなぁ」

 渦中の中の一人である同じく特務三課のラミィ・アマサキは特務三課の家であり…ふぃすであるキャリアアクスのMTGルームでため息をついていた。

 目下本業としての仕事はそれほどなく、この日は休憩時間に一緒に過ごそうと約束をしていたのだがその相手でまた想い人でもあるサギリは時間を過ぎてもやってこない。

 その理由に心当たりのあるラミィは約束に遅れられていること以上に、理由の方に頬を膨らませていると

「ごめん、ラミィ遅れた」

 不意にドアが開き、申し訳なさそうな声と共にその相手がやってくる。

「いえ、大丈夫です。エイミスさんかメリルさんにつかまってたんですか」

 『また』という言葉を飲み込み、心の中の不満が表に出ないように心がける。

「ん、違う違う。本社のほうから通信が入ってて。ほら、社長の秘書さん」

「あぁ、『そっち』ですか。お疲れ様です」

 予想の相手とは違ったがラミィの心の中には特別変化はない。

 変わらずに「嫉妬」を主とした負の感情が渦巻いている。

 これがラミィの不満であり、サギリが巻き込まれている争い。

 ありのままを言ってしまえばVTX社員によるサギリ・サクライの争奪戦だ。

 もともと同性に人気の高かったサギリであるが、「女の恋人を作る」という宣言がいつの間にか社内へと広まり、露骨にアプローチをかけてくる人間も増えていた。

 そのあおりを受け好きな人との時間が減っており、ラミィとしては焦りもあれば不満も出ているのが現状。

 まして今回のように約束にすら遅刻されていては面白くはない。

「とりあえずお茶にしましょう。あ、お菓子作ってみたんですよ」

 だが、ラミィはその不満を抑えてサギリとの時間を優先しようとする。せっかく二人きりでいられるのだから無駄なことに労力を使うのはもったいない。

 言葉通りお茶を用意して、お菓子を広げささやかな二人きりのお茶会を催す。

 話すことは多岐にわたり、他愛のない世間話から会社のこと、ティラネードのことなど色気のない話をすることも多いが、ラミィにとってはサギリと二人でいられるだけで幸福な時間だった。

「にしても、またお菓子作りの腕あげたんじゃない?」

「っ、あ、ありがとうございます」

 黎明戦争時にサギリの心を虜にしていた竹尾ゼネラルカンパニーの郁恵に対抗しようと料理の特訓を始めたラミィにとってサギリからのその言葉は何よりの喜びになる。

「こんなお菓子毎日食べられたら幸せよね」

「な、なら毎日センパイのために作ります!」

「ありがと」

「っ!」

 一見前時代のプロポーズを思わせるような会話だが。

「でも、毎日食べたら太っちゃうし、ラミィも大変でしょ」

「ぅ……」

 サギリがこういうことを言う人間なのはわかってはいるつもりだが、前のめりに反応してしまった自分が恨めしいと消沈するラミィ。

「こうやってたまにご褒美になるくらいがちょうどいいのよ」

 そんなラミィの目の前でお手製のお菓子をほおばり、ニッっと笑うサギリ。

 数々の女性を落としてきた堕天使の笑顔はやはり魅力的。

 容姿だけを好きになったわけではないがそれでも重要な部分で、ついつい見惚れてしまっていると。

「ごめん、ちょっと」

 サギリの端末が震え、何かしらの連絡がきたのがうかがい知れる。

(…………)

 それは当然ラミィにとっては面白くはない出来事。だが、完全な業務時間外ならともかく、勤務時間内の休憩時間の中では無視をするわけにもいかないのは経験の浅いラミィにもわかる。

 ただし、それが本当に業務に関係するものなら、だ。

「ふぅ」

 サギリが小さくため息をつきながら端末をしまったことで少なくても緊急の用ではなかったことはわかる。いやというよりも

「『また』、ですか」

 おそらく、またラミィを悩ませている事柄だと予想し顔も知らぬ『ライバル』に二人きりの時間を邪魔され、ついとげのある言葉が出た。

「今は半分冗談みたいなものなんでしょうけど」

 黎明戦争時やラミィの知らないそれ以前は完全に無自覚だったが、例の宣言もありさすがに今は自分に向けられている女性からの好意を多少は自覚しているサギリ。

 だが、自分がいかに魅力的で「女性の恋人を作る」という宣言が多くの女性社員を歓喜させたのかには意識がない。

 それもまたラミィには複雑で

「……そういうんじゃないと思いますけど」

 そう、複雑だ。

 周りからの想いを本気にしないのは構わないが、自分からの想いも届かないのは問題だし、知らぬのはサギリ本人ばかりで周りがアプローチをかけてくることには焦りもある。

 何かのきっかけにサギリが意識し始めないとも限らないのだから。

「まぁ、業務時間にまで連絡されるのは少し困っちゃうわね」

「…………」

 それにしても少しは気づいていいと思わないでもなく、

「……それなら誰か相手を作っちゃえばいいんじゃないですか?」

 普段の距離から少し踏み込んだことを口にする。

「相手?」

「付き合ってる人がいるってことになれば、落ち着くと思うんですけど」

「それは、そうかもしれないけど。急に都合よくそんな相手は作れないでしょ」

(ぁ……)

 軽率に口に出したことだが、思わぬチャンスが舞い降りたことに気づく。

(…い、言っちゃえ私。ここで『恋人役』を立候補すれば、それをきっかけにっていうのもあるかもしれないし)

 自分を鼓舞しながら少女のような都合のいい妄想を頭の中によぎらせ口を開いた。

「わ、私でよかったら協力しますよ」

「協力って、『恋人』になるってこと?」

「っ…ぁ…」

 その言いざまにすれ違いが起きたかもしれないことに気づく。

 ラミィの中では実際の望みとは別にこの場では周りを落ち着かせるための『恋人役』のつもりだったが、サギリからすれば告白をされたようにも受け取れてしまう。

(それなら……それでも……)

 いいかもしれないと、訂正しようとした自分を制止する。告白をしたいと望む気持ちはあった。

このままでは特務三課のほかのメンバーや本社の誰かに先を越されてしまうかもしれない。

 結果がどうであれ想いを伝えたいという感情はラミィの中に確かに存在はしていたのだ。

 しかし。

「気持ちをありがたいけど、やめとくわ」

「え………」

 告白した気になっていたラミィは一瞬絶望しかけて

「中には本気でいてくれる子だっているかもしれないしそういう騙すみたいなことはよくないわよ」

「っ……そう、ですね」

 本来の意味で伝わっていたことに安堵と、寒々しい感情を持つ。

 告白をしたわけではないが、そう受け取られても仕方ない場面ではあったのにサギリは意識することなかった。

 気持ちに鈍感だと文句を言いたくなる以前に、「そういう対象」として見られていないような気がして心が沈む。

「それに、ラミィだって好きな人いるんでしょ」

「っ……!?」

「前に恋してるみたいなこと言ってなかったっけ?」

「そ、れは……」

 先ほどのやり取りがなければ、はぐらかすことを考えたかもしれない。しかし、今こう言われるということはつまりは

(……センパイは私のこと)

 好意を持っていないということはないだろうが、その好意はあくまで「後輩」としてであり、年の離れた友人として、あるいは妹のような存在かもしれないもので。

 恋人の候補にすらなれていないという現実がラミィを追い込み。

「……知りたい、ですか」

 ……衝動的にそれを口にしていた。

「興味がないって言ったらウソになるかな。でも、無理に聞こうとなんて……」

「耳、貸してください。センパイにだけ教えますから」

 自分が後先考えずに取り返しのつかないことが信じられずうつむくラミィと、ラミィの様子が変わったことは理解してもその理由はわからないサギリ。

「貸すも何も二人きりじゃない」

「それでも、です」

 ラミィの普通ではない様子にサギリは頷き横顔を向けた。

 端正な顔を真剣な目で見つめて、ラミィは一瞬自分がしようとしていることを躊躇する。

(けれど……このままいつまで経ってもセンパイに気づいてもらえないくらいなら…っ)

 躊躇する理由よりも内から湧き上がる情熱に身体を突き動かされて

 ちゅ、

 とサギリの頬に小さな唇を押し当てた。

「え?」

 サギリは突然のことにもキスをされたという事実は理解し、呆けた顔でラミィへと顔を向けると

「センパイ、です。私の好きな人」

 緊張と羞恥に顔を真っ赤にしたラミィがそこにいた。

(い、言っちゃった……)

 出会ったときからずっと胸の奥で育ててきた気持ちを吐き出した。

 体中が燃えるように熱く、心は沸騰し同時に芯まで凍るような矛盾を同居させる不思議な感覚。気を抜けば震えだしてしまいそう。

「ずっと、ずっとセンパイが好きでした。初めてティラネードに一緒に乗った時に、おびえてパニックになった私を守るって言ってくれたあの日から、センパイへの気持ちが生まれて」

 しかしラミィは止まらないことを決める。もう後戻りもできない。これまでのような先輩と後輩の関係には戻れない。だから、前に進むしかない。

「それからも社会人として右も左もわからない私を導いてくれたこと、異星人だっていうことに気づいても気づかないふりをしてくれてそんなこと関係なくいつも私を助けてくれたこと、全部覚えてます。もしかしたらセンパイには特別なことじゃなくて自然にそうしてただけかもしれないけど、私には大切なことだったから」

 おびえそうな心を愛の力で奮い立たせラミィは熱情を溢れさせていく。

「センパイの少し呆れちゃうくらいにお金に…評価にこだわる姿勢もそのために全力になれることところは尊敬してるし、ずぼらなところもあるのに決めるときには悔しいくらいにかっこよくて、そういうところも大好きです。センパイのこと知っていくたびにどんどん好きになっていきました」

 文脈の正誤ではなく心に浮かんでくるサギリへの想いをバラバラに吐き出して、言葉じゃなくてむき出しになった気持ちをそのままにぶつけていった。

「だから誰にも渡したくないって思うんです。他の人のことなんて見ないで私だけを見て欲しい。センパイが他の誰かのものになっちゃうなんて絶対に耐えられない……」

 想いのままに紡いでいった言葉を一度きり、「だからっ!」と続ける。

 ここから先の言葉は感情に引っ張られるままに言うのではなくて自分の意志で、最愛の人に伝えたいから。

「私の恋人になってください」

 単純で純粋で明快な愛の告白。

 心の中では願いつつもずっと秘してきたことを些細なきっかけから伝えてしまった。

「ラミィ……」

 どれだけ鈍感な人間だろうとここまでの想いをぶつけられては自分が本気で愛されていると感じずにはいられない。同時に大きすぎる想いを受け止める準備はできておらず名前を呼ぶだけとなるサギリ。

(……センパイ)

 ラミィもまた心の中でサギリを思う。

 答えを待つわずかな間でも、告白をしてしまったことへの期待と後悔が入交り、時間がたつほどに後悔が膨らんで消え入りたいような気持になる。

 それでもラミィはサギリから目をそらすことなく熱を込めた瞳で想い人を見続けた。

「…………」

 見つめ合っていたのは数秒で、その間にラミィの本気を感じ取ってサギリは口を開く。

「まずはありがとう。ラミィにそんな風に思ってもらえてうれしい」

 出てきた言葉は「大人の対応」の定番を思わせるもの。

「ラミィは本当の気持ちを伝えてくれたんだから、私も本音で答えさせてもらうわ」

 さらに続いてもラミィが希望を持つには厳しい言葉で。

「ラミィの気持ち気づいてなかったし、そういう風に好きって考えたことはないって思う」

「っ…!」

 一瞬で涙があふれた。

 衝動的だったとはいえ、想いがかなわないことへの覚悟はあったはず。

(でも……っ)

 現実に起きたそれはあまりに圧倒的な絶望で、心の中が後悔で埋め尽くされていく。もう以前のような関係には戻れないのだと。

「そう、ですよね。……あ、ぁ、りがとうござい……まし、た」

 これ以上この場にいられずに、震える声でどうにかそれだけを声にしてラミィは部屋から出て行こうとサギリの横を通り過ぎようとして

「待った」

 サギリに手を取られた。

「っ!?」

 柔らかく暖かなそれは、告白を断られた今となっては喜びにはなれずに無機質に感じたまま視線だけを向けた。

「確かにラミィのこと『恋』としては好きじゃなかったと思う。でも、好きって言われて嬉しいとも思った」

「え」

「それは私がラミィを『好き』だからかはまだ自分でもよくわからない。……ううん、ごまかさないわ。今はまだラミィの好きと私の好きは違う」

 握られた手のぬくもりをなぜか今意識し出し、サギリの珍しく自信なさげな様子から出てくる言葉を待つ。

「…こんなのはずるいのかもしれないけど、答えは待っててほしい。私がラミィの好きをちゃんとわかるまで。もしかしたら無駄に期待させてしまうだけになるかもしれないけど、自分の気持ちをちゃんと理解できないまま答えたくはないから。それまでは今まで通りでいさせて欲しい」

「センパイ………」

 天才と呼ばれる女の不器用な答え。

 玉虫色ともとれるかもしれないが、自分を思って精一杯に出してくれた答えだとそれはわかる。

(……都合よすぎです、センパイ)

 それなのに不快ではなかった。はぐらかされたのかもしれないし、キャンセルされたかもしれない。そもそももう好きだと知られてしまったのに『今まで通り』なんかでいられるわけもない。

 それでも、サギリが自分の想いを知ってくれたこと、待っててと言われたこと、何より『まだ違う』と言ってくれたことに自分勝手にただの後輩とは違う好意を感じて。

「……わかり、ました」

 かみしめるように頷いていた。

 向き直ったラミィはサギリの手から逃れると逆にサギリの手を取って、数分前にそうしたように体を伸ばすと

「へ……?」

 なぜか急に近づいてきたラミィに困惑するサギリをよそに

「んっ……」

 再び、頬へと口づけて顔を離さぬまま

「絶対に好きって言ってもらいますからね。覚悟しててください。『サギリさん』」

 もうただの後輩ではない自分を示すかのように好きな人の名を呼んで強気に笑うのだった。

  

ノベル/ノベル その他TOP