私はこの学校に来て様々なことを経験した。

 初めて人とキスをして、エッチをして。

 初めて人を好きになって。

 仲良くなった後輩と体を重ねるようになって。

 失恋した相手と友達になって。

 嫌いだったはずの人を気にするようになって。

 その人の秘密を知った。

 時系列にすると改めて考えてもまともじゃない。

 けど、これが私の歩んできた道。

 後悔や葛藤なんて悩みはいくらでも尽きなかったけれど、今私が考えているのはそういうことじゃない。

 今私には気にしている女の人が三人いる。

 一人は、私の……ううん、この寮での起点になった人。

 夏目蘭先輩。

 私と同じ帰国子女で、私とは違って普通じゃない海外生活を送ってきた人。

 金髪碧眼で物語のお嬢様のようなな容姿からは想像できないほどの経験をしてきた人。

 私を含めて彼女に世界を変えられた人は多いはず。彼女をきっかけにこれまで歩んできた道から別の世界を知って、変わっていった人。彼女の世界に耐え切れず傷付いた人。彼女の想いを考えきれずに期待をして裏切られたと思った人。

 人によって蘭先輩に対する想いは様々でそれは当然のことだと思う。

 けれど、私が彼女に抱くのは多分寮の誰とも違う感情。彼女を知ってしまったからこそ胸に湧く淡い気持ち。

 その気持ちをどうすればいいのかはまだ私にもわかっていない。

 次に気になるのはこの寮の管理者である一年絢さん。

 最初はなぜ人と関わろうとしないのかと純粋に考えていたけれど、今は少しだけ彼女の気持ちがわかるような気がする。

 人と関わるのが怖いのだ。

 蘭先輩に裏切られたから。

 絢さんは傷ついたのだと思う。

 でも、それは……傷付いたのは傷つく理由があったから。

 蘭先輩を一人の寮生以上の感情で想っていたから。

 そのことを自覚はしているのだと思う。だからこそ、一年さんはああいう態度をとっているのだから。

 私は一年さんのことを気にしている。

 でもそれは、一年さん本人がということよりも、蘭先輩との関係があるからなのかもしれない。

 そして、最後の気になる人は。

 神室冬海ちゃん。

 私のルームメイトで、私を好きだと言ってくれる後輩。

 ………そして、私が壊した相手。

 私のしたことは蘭先輩のお姉さまが蘭先輩にしたことに近いのかもしれない。

 何も知らない無垢な少女に新しい世界にいざなった。

 意図的に彼女を傷付けようと思ったわけじゃない。

 でも、不幸な偶然も重なって私は彼女を身勝手に深く傷つけたことには間違いない。

 そして私たちはいびつな関係を始めた。

 彼女を傷付けたしまったことのわかる私は歪んでいるということが分かっていても彼女を受け入れるしかない。

 けれど、いつまでもこの関係を続けるわけには行かない。

 それは、私がというよりも彼女の方がわかっているのだと思う。

 でもそれを切り出す勇気がないのは当然で私たちは歪んだ関係を続けている。

 この関係をどうにかする責任は私にある。

 今はまだ何をどうすればいいのかわからないのが情けないけれど。

 三人に抱く気持ちは三者三様でどれでも単純な気持ちじゃない。

 でも、右も左もわからないで来たこの学校で私はやりなきゃいけないことと、やりたいことが少しずつ見えた気がしてきていた。

 

 ◇

 

「一つ、聞いてもいいですか」

 蘭先輩と長い夜を過ごした私は明け方になると、衣服を整えてまだベッドにいる蘭先輩に声をかけた。

「ふふ、なぁに? 今更鈴ちゃんに隠すようなことはないから何でも聞いて」

 ベッドにうつぶせになりながら衣服をまとわない肩をさらけ出してこちらを見る蘭先輩はやっぱり綺麗で色っぽい。

 でも、きっとこの顔は曇るだろう。私の質問によって。

「蘭先輩は……まだ、寮母さんのことが好きなんですか?」

「っ……。それ、聞くんだ。どうして?」

 想像通り蘭先輩は一瞬顔をしかめたけれど、答える前に質問に質問で返してきた。

「正直、私もよくわからないです。でも、知りたいって思ったから」

 聞いてどうするか、なぜ知りたいか。それはわからない。でも知っておきたかった。

 蘭先輩は長い沈黙の後、「そう」と言ってから、体を起こして上半身をさらけ私に向き直った。

「私もよくわからない。というか、本当に私はあの人のことが好きだったのかもう、よくわからなくなっちゃった。結局、私はお姉さまの代わりとしてあの人を求めてただけなんじゃないかってね」

 いろんな気持ちが渦巻いている蘭先輩の表情は悲しんでいるようにも見えれば懐かしんでいるようにも見えた。

「今でも特別なことは間違いないわ。好意を持ってるかって言われれば頷く」

 一度、言葉を区切って「……でも」という姿。そこには言葉通り特別という感情を思い知らされざるを得ない。

「それがどういう気持ちなのかはもうわからないの。恋人になりたいっていう気持ちなのか、お姉さまに抱いていたような憧れなのか。ただ、一つ確かなのはもうこういうことには関わってほしくないっていうこと。だからあの人には誰も近づいてほしくない。……こんなところかな。期待してたような答えじゃなかったかもしれないけどね」

 そう言って蘭先輩は再び体を倒してうつぶせになった。それはこれ以上話すつもりがないということも表れのようにも見えるし、自分の中に答えを探しに行っているようにも見える。

「……いえ、ありがとうございます」

 私はそんな蘭先輩に背中を向けて部屋を出ていくことにした。

 

11−2

ノベルTOP/R-TOP