「ん……んっん……」
目を、覚ます。
まだ覚醒していない頭が重く、目を開けるのを億劫で私はベッドの中で体を丸くする。
だけど
「鈴さん、朝ですよ」
っていう、可愛い同室の後輩の声と共にカーテンが開け放たれて眩しい光が私を照らした。
「……もう、ちょっと」
目を閉じていても感じるその光に当てられるもまだ体がベッドを求めていて、布団をかぶろうとする。
「だめです。早く起きないとごはんに間に合いませんよ」
そんな私を冬海ちゃんは許してくれなくてそのまま私のふとんを剥ぎ取った。
冬の冷気を浴びたらさすがにこうしてもいられなくて、冬海ちゃんに促されるまま体を起こした。
「冬海ちゃんは、寒いのに元気だね。寒くないの？」
「寒いですよ。でもせっかくのお休みなのにもったいないじゃないですか」
着替えをしながらの会話。ここしばらくはこんな風に何気ない会話をしてこなかった。
この前の夜を経て、冬海ちゃんとは一時期的かもしれないけれど後輩と先輩の関係に戻ることになった。
それは冬海ちゃんから提案してきたことで、少なくても私がしたいことを終えるまではそうしましょうと、体の関係はやめましょうって私に気を使ってくれた。
その気遣いがありがたいのと同時に、気持ちに応えなきゃいけないっていう気負いを持ちはするけれど、それをプレッシャーには思わずに背中を押してくれると考えてる。
（……まずは）
私がアプローチをかけなきゃいけない相手は二人いるけれど、どちらに話をすべきかを頭の中で考えていると。
グゥゥ
とお腹から恥ずかしい音がなってしまう。
（まずは……）
「ごはん行こうか」
と以前のように二人で朝食を取りに行くのだった。
◆
朝ごはんには千秋さんとも一緒になって、冬海ちゃんと三人で話をしながらごはんを取った。
こういうのもずっとしなかったこと。
言うなればこの学校に来た時みたいに戻っているかもしれない。
朝起きてルームメイトと一緒に食堂に来て、友達と一緒に朝食を取りながら一日を始める。
……私がほんの少しの間だけ体験した幸せな時間。
今が不幸だなんて無責任なことは言わないけれどそれでも私が取り戻したいと思っていた時間かもしれない。
「さて、私は先に行くね」
「うん、練習頑張って」
「ありがと、それじゃ」
私の望んでいた時間をくれていた千秋さんが部活があるからと少し早めに席を立っていく。
千秋さんは蘭先輩との関係を清算してから部活にまい進している。それはいいことだし、同時に羨ましい。
蘭先輩との関係を後悔はしていなく、今の自分を作る一部にしている。私が目指すべき姿かもしれない。
「鈴さん……？」
千秋さんに憧憬を向けているのに気づいたのか隣の冬海ちゃんが私を呼ぶ。
「……ううん、何でもない」
私がしたいことは千秋さんのようになることかもしれないけれど、それは今じゃない。それに、そのためには私は私のしたいことをしなきゃいけないの。
それを強く思いながら私は冬海ちゃんと朝ごはんの続きをしながら、同じく食堂の中で唯一の大人の女性に視線を送っていた。
ご飯が終われば使っていた食器を片づけて食堂を後にする。
それがルールだし、いつもはそうするのだけれどこの日は違っていて、冬海ちゃんを先に部屋に戻させた私は朝の食堂を閉める準備をしている一年さんのもとへと近づくと、私を警戒した様子を見せる一年さんに声をかける。
「この後、部屋に窺ってもいいですか？ お話があります」
「……何の、話？」
「蘭先輩のことです」
「……そのことはもう話すことなんてないわ」
こっちを見てはくれることもなく曇りがかったような声で答える。それは蘭先輩に対する想いの強さでもあるような気がした。
「そもそも、どうしてあなたが彼女のことを気にするの？」
「それは……」
一度言葉に詰まってから。周りを見渡す。
すぐ近くにはいないとは言え、食堂内にはまだ片づけを手伝っている子たちもいる。その中で言っていいのかと悩まないでもないけれど……
「……私は、あの人に幸せになって欲しいんです」
曖昧な答えを一年さんに告げた。
好きなのかって聞かれたら好きだっていうかもしれない。でも、いまどうしてこんなことをしてるかって言えばそれはきっと、苦しんできたあの人に、苦しんでいるあの人に、自分の作り出した闇に囚われるあの人に幸せになって欲しいから。
「そのことが私に何の関係があるの？」
もっともな問い。
でも、これまでのことと蘭先輩の気持ちを知っている私にはこれがつながっていることだって言える。
「蘭先輩の好きな人が、一年さんだから、です」
勝手に言っていいことじゃないだろう。それも私が決めつけていることに過ぎない。でも私は確信をもってそれを告げられる。
「……………………何、言ってるの？」
「っ」
冷たい声。単なる否定の意味だけじゃなくて、私の言葉そのものを拒絶するかのような、強い感情を持つ言葉。
「……彼女は、そんな人間じゃないって貴女も知ってるんじゃないの？ 誰かを好きになるとかそういう子じゃないって」
「それは……」
そうじゃないと知っているのは私が蘭先輩の秘密を知っているから。
ただ、それは……そのことだけは蘭先輩に無断で明かしていいことじゃない。
でも、それを知らなければ蘭先輩の心に届くのはきっとできることではなくて……けれど伝えるわけには行かなくて。
二人を結びつけるものはあるはずなのにそれを口にするわけにはいかないというもどかしさ。
今ここでそんなに詳しく話すつもりのなかった私だけど、苦し紛れに頭に思い浮かんだのは。
「それは、一年さんの思い違いです。蘭先輩は……」
「やめて。聞きたくない。どうでもいいの。あの子のことなんて……私は」
どうでもいいはずなんてない。本当にどうでもいいのならこんなことを言葉にする必要はないんだから。
ただ絶対に認めようとはしない。
（……そうだ。そのことが問題）
自分の中には蘭先輩に対する強い思いがあるのに、それを認めようとしない。
なら……？
どう接すればいいか模索する私に小さな導のようなものが灯ったその瞬間に
「とにかく、もうあの子のことを話すのはやめて」
と言い放って一年さんは私の前から去っていってしまった。