(蘭先輩の好きな人って…いったい)

 放課後の学校を歩きながら私はそのことを考えていた。

 委員会の手伝いをさせられてすでに夕暮れを迎えている校内はテスト前ということもあってほとんど人を見かけない。

 人気のない夕陽に照らされた廊下はどことなく不気味でその中をあの人のことを考えながら歩いていく。

(好きな人ってこの学校の人?)

 寮住まいということもあってあまり外部との接触はない。可能性としては一番高い気もするけれどそういった話は聞いたことがない。

 誰か特定の人とそこまで特別な雰囲気で話していることは見たことはない。

 でも、それは関係なのかもしれないわ。

 好きな人がいるといっても付き合っているとは聞いていない。それどころか付き合っていないと考える方が自然じゃない? 

 あの人のことは単純な物差しでは測れないだろうけれど付き合っているのならとても不特定の相手とあんなことができるなんて考えられない。

(というより、むしろ……)

 私は自分のことを思い出していた。

 望みがないから、可能性がないから私は自棄となり冬海ちゃんを初め他人までを巻き込んだ。

 その考えに至った瞬間

「っ……」

 目の前に【私】と重なる人を見た。

 私の教室の前、廊下の窓辺に寄り添いこちらに気づくと冷たい表情のままこちらへと近づいてきた。

「何の用でしょうか?」

 警戒しているというほどではないけれど声に緊張が乗る。

 蘭先輩は私を意味ありげな瞳で見つめると小さく口を開いた。

「……一言お礼が言いたかっただけ」

 その一言はか細く、明らかにいつもの調子でないことがわかる。常に超越的な場所から距離を取って他人と接していたような感じはなく、目の前にいるのが一人のか弱い少女のように見える。

「千秋さんのことですか?」

「……そう。あの子と区切りをつけないといけないって思ってたから」

 これも本音に思える。千秋さんに対して引け目を感じていたのは事実らしい。

「そんなことを思うくらいならどうして千秋さんと関係を持ったんですか?」

「……あの子からどの程度聞いたかは知らないけど、私の意図とあの子の受け取り方は違ったのはわかってたわ。私はただあの子を慰めたかっただけ。自分に何も価値がないなんていうあの子を見てられなかったから」

「…………だからって、どうして「する」必要があったんですか」

 慰めるという行為は何も問題ないし、それで千秋さんが蘭先輩を好きになるというのもおかしくはないことなのかもしれない。

 でも、蘭先輩の慰め方は異常だ。他にいくらでも方法はあったはずなのに。

「……………」

 蘭先輩は言葉に窮した。それは罪を感じているからというのもあるのだろうけれどそれだけではないような気がして、その予感は正しかった。

「……貴女にはわからないわ」

 瞳が潤んだ。哀しみを称えた瞳。それはものすごく壊れやすい宝石のようにも見えて、思わず吸い込まれそうになる。

 私はその瞳に吸い込まれそうになりながらふと、口にするべきかどうか迷っていた言葉を声にした。

「好きな人っていうのが関係しているんですか」

「っ……」

 動揺。表情にはほとんど出さなかったけれど、明らかに触れられたくないものに触れられてしまったという嫌悪のようなものが見て取れた。

「……千秋から聞いた?」

「はい」

「…………そう」

「本当、なんですか? 好きな人がいるって」

 信じていないわけじゃない。むしろ、聞くまでもなく勝手に確信している。それでもこの人の口から聞きたかった。

「本当よ」

 その声の響きはどこか現実感なく空気を震わせた。

「……この学校の人、ですか?」

 これはきっと心の中へと踏み込む質問だ。千秋さんからはそこまで聞いていないし、多分千秋さんも知らないのだと思う。

 それを知る必要が私にあるのかわからない。わからないのに私はそう聞いていて

「……………さぁ?」

 皮肉めいた笑い方。なぜか心に訴えかけるような苦しみが伝わってくる笑顔。

 この人もまた叶わぬ恋をしている。

 私はそれを確信して、それじゃあと去っていく蘭先輩の後ろ姿に心を奪われていた。

7−1/7−3

ノベルTOP/R-TOP