「……澪、相談がある」

 澪とゆめはそれなりに仲がいい。

 ゆめにとっては、学校でのほとんど唯一といっていい友達だし、澪にとってもゆめは貴重な存在だ。

「ん? なぁに?」

 だから、たまにはこうして澪の部屋を訪ねることもある。

 友人が来ているというのに、完璧には片付けられていない部屋で澪はパジャマが脱ぎ散らしてあるベッドに寝そべっている。

「……最近、彩音がひどい」

「ひどいって喧嘩でもしちゃったの?」

「……ううん」

「じゃあ、どうしたの?」

「……この前、せっかく遊びに行ったのに、彩音ゲームばっかりしてた

「あ、そうなんだ」

 遊びに行ってるのにそんなことされたら確かにちょっと嫌かなって思う澪だが、また彩音がどんな変態行為を要求してきたのかと、期待……ではなく楽しみに、ではなく、心配してた澪だったが、ゆめの次の言葉がないことに首をかしげた。

「え? それだけ、なの?」

「……うん」

「あ、そう、なんだ」

(なーんだ……また彩音ちゃんが何かしたのかって思ったのに)

「って、え? ほんとにそれだけなの?」

「……うん」

「それで、彩音ちゃんがひどいってことになるの?」

「……うん。私が、いるのにゲームばっかりやるなんて、だめ。それに、ゲームの女の子のこと可愛いって何回も言ってた。……ひどい」

「……ゆめちゃん」

(かわいー)

 ゲームにまで嫉妬しているゆめに対し素直にそう思う澪。このゆめを見れただけでも幸せだが、同時にある計画が頭をよぎった。

「ねぇ、ゆめちゃん。一つ提案があるんだけど」

「?」

「ゆめちゃんは、彩音ちゃんがゲームばっかりしてたり、その女の子のこと可愛いって言ったりするのが嫌なんだよね」

「……うん。私と一緒にいるときは私しか見ちゃいけない、約束」

「じゃあさ、彩音ちゃんのこと誘惑してみたらどうかな?」

「……誘惑?」

 ぽかんとしてあんまりぴんと来ていなさそうなゆめだが、もはやそんなことはおかまいなしに澪は続けていく。

「あのね……着て……ベッドで……」

「みゃ!? ……そんなの、恥ずかしい」

「でも、そうしたら彩音ちゃんゆめちゃんにメロメロなっちゃうって思うな」

「……彩音は今だって、私にメロメロ」

(か、可愛い)

 今自分のことを見てもらえないって怒っていたのに、ちょっとだけ意地になったようにそういうゆめはあまりに澪のストライクすぎた。

「うん。でも、もっと、もーっとゆめちゃんのこと好きになっちゃって、もうゆめちゃんから離れられなくなっちゃうよ」

「……………」

 澪の言葉を受けながら、ゆめはそれを想像しているのか少しの間遠い目をして

「……いぃ」

 とつぶやくと、澪もまたそれを想像して口元を緩めるのだった。

 


 その日、ゆめは来たときからなんか妙に落ち着きがなかった。

 普段のあたしならそれに気づいたかもしれないけど、あたしはちょうどはまってたゲームがあって、ゆめが来てもそのままゲームに集中していた。

 生足とかぼちゃパンツが可愛い女の子が活躍するRPG。昔から好きなシリーズの最新作で最近はこればかりしてる。

 この前ゆめが来たときもこればかりをしてたけど、別にそういうことはないことではなくてあたしはこの日もゆめのことなんてほとんど無視してゲームに集中していた。

 せいぜいいつもなら、ゲームしてるあたしの隣でうろちょろとするゆめが、傍にこないな程度には思ったけどそれも些細なことにしか思えなくて、正直言うとゆめのことなんて全然頭になかった。

 だから、ゆめがごそごそと何かをしてたのにも気づかないでいた。

「……彩音」

 が、まぁ声が耳に入ってこないというわけではなくて、あたしは背後から呼ばれるのを聞いた。

「んー?」

 あたしは声だけで返事して、その声のほうを振り返ったりはしない。

「……彩音」

 と、ゆめはそれが不満だったのか今度は少し強い口調でもう一度あたしを呼ぶ。

「なにー?」

 ただそれでもあたしはゲームに集中してて振り返ることはなかった。

「……彩音!」

「はい!?」

 今度は不機嫌どころか怒ったように言われてやっと声のほうに振り返った。

「って、あれ?」

 でも、そこにゆめの姿がない。

「……こっち、来る」

 と、また声だけがしたと思ったけど、ゆめがベッドで寝そべってるんだってことに気づいた。あたしは床にいた分、ベッドで寝そべられたりしたら視線の関係で目に入らないってわけだ。

「んもー、なにー。今いいところなんだけど」

「……いいから、来る」

「はいはい、っと」

 ったく、なんなのかねー。お姉さまが不機嫌になるようなことはしてないと思うんだけど。

 あたしは軽い気持ちで立ち上がるとベッドに近づいていって

「……………」

 固まる。

「……ん……」

 まずは現実を理解できない。

 いや、目の前で起きてる現象は明らかだ。

 ゆめがベッドで仰向けに寝てる。

 なぜか体育着姿で。

「……………」

 襟が紺で白に青みがかかったような半そでに、黒のハーフパンツ。これだけでも意味不明だけど、さらにはなぜかめくれてておへそが出てる。

「あー、ゆめお姉さま? 何をしてらっしゃるのかしら?」

 いやね、可愛いとは思ったよ? 久しぶりにゆめの体育着姿見るし、パンツの下からふとももなでなでしたいし、可愛い可愛いおへそが出てて思わずくすぐってみたくはなったし。しかも、ポーズでも意識してるのか、左腕を半分まげて顔の傍に置いて、右腕はきゅっと小さくシーツを掴んでる。

 でも、ね。まぁ、そんなもの吹っ飛ばしてそうも言いたくなるよ。

「……彩音のこと、誘惑、してる」

「はぃ?」

 またも理解に苦しむ一言。

 よくわからないまま、あたしはとりあえずベッドに上がってまじまじとゆめの姿を見つめた。

(誘惑、ねぇ……)

 なるほど、この体育着とかおへそが出てるのとか、ポーズっぽいのしてるのはそれの一環なのかな? 理由はわかんないけど、これで誘惑っていうところがゆめっぽくて可愛いなぁ。

(あれ? っていうか、待ってよ)

 確かゆめってきたときは普通の格好だったよね。

(し、しまった…………)

 今体育着になってるってことは、ここで着替えたってことじゃない。

 あぁ、なんで見てなかったんだろ。い、いやね別にゆめのお着替えは珍しくないけどさでも……うぅぅ、なんとうかつな……

 まぁ、それはさておき

「なんで、そんなことしてるの?」

「……彩音がゲームばっかりしてる、から」

「へ?」

 そんなこと別にたまにあることじゃん。

「……それに、ゲームの子のことばっかり可愛いっていう。そんなの、だめ」

「えーと、だから、あたしを……その誘惑、してるの?」

「……うん」

 って、ゆめもしかして嫉妬してんの? ゲームに?

(……まぁ、ゆめらしいって言えばらしいかな)

 まぁ、この前なんてゆめが泊まりに来たのにずっと美咲とゲームしてて気づいたらゆめ先に寝てたもんね。ゆめからすればつまんなくはあったんだろうな。

 って、いやいやちょっと待って。

 なんとなく誘惑をするっていう行為に関しては納得したけど、なんでそこでこれになるのかな。

「えーと、さ。なんでそんな格好なの? 誘惑っていったら格好もそうだろうけど、なんつーか……なんか、違うような気がするんだけど」

 なんか完全にこの姿を見せるのが目的だったような感じだし。

「……彩音は変態だから、こういうほうが効果的」

「……さいですか」

 なんかもう完全にそういうイメージが付いちゃってるな……

 っていうか、これだけなのかな。まぁ、ゆめからすればたぶんこれで精一杯なのかもしれないけど。

「……彩音」

「んー」

「…………可愛く、ないの?」

「へ!?」

 なんかゆめは自分の思ったとおりにならないといった顔をしているけどあたしとしてはいきなりそんなことを言われても意味がわからない。

「……いつもの彩音ならすぐ私に変なことしようとするのに」

(えぇーーー!!)

 あたしってそんなイメージなの? え? いつもあたしってゆめに変なことしようとばかりしてる? 全然そんなことないよね。

「い、いや、別にそんなことはないでしょ」

「……ううん。彩音は、変態」

 って、いわれても……

「いや、だから変態じゃないって」

「……そんなこと、ない」

「…………」

 なんかさすがに面白くなくなってきた。まったく事実無根なのにそうやって繰り返されたらさすがにね。

(ゆめがそういう風にいうなら……)

 あたしは、そこまで本気じゃないながらも心にほんのちょっぴり邪な心を芽生えさせて、

「なら………」

 ゆめの体に手を伸ばしていった。

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