「わ、ぁ…………」

 真夏の夜。

 何気なく自室から外を眺めた絵梨子は透き通った夜空に浮かぶ満天の星空に思わず感嘆の声をもらした。

「綺麗」

 ベランダから外を見上げて絵梨子はうっとりとした声を出す。

 真夏の夜空。それは意識しないで見るのなら毎日のように見ているものかもしれない。しかし、意識をするとその空に浮かぶ宝石の美しさに圧倒されてしまうこともある。

「あ、そうだ」

 しばし、一人その世界に浸っていた絵梨子だったがふと何かを思い出したかのように部屋の中から携帯を取ってきた。

 すぐさま昼間別れた相手に電話をかける。

「出てくれるかな……」

 少しだけ胸の鼓動が早くなる。

 電話をかけることなんて生活の一部となっているかもしれないが、それでも電話をかけると言うのはこの時にしか味わえない緊張感のようなものがある。

「はい?」

 そして、好きな人の声が聞けたときの安堵と独特の嬉しさもまた電話を通じてしか味わえないものだった。

「あ、ときな、今大丈夫?」

「はい。まぁ、先生からの電話ならよほどのことがない限りは時間とりますよ」

「あ、ありがとう」

(もう……ときなってばたまにこんなこと言ってくるんだから)

 もちろんそれはとても嬉しいこと。

「ね、空、見える?」

「はい? 空なんてどこでも見えると思いますけど? ただ……」

「ね、じゃ見てみて。星、すっごい綺麗だから」

 ときなの声に何か続きがあったのは気づかなかったわけじゃないが、絵梨子は自分のことだけで精一杯というか、早くときなにそうしてもらいたかった。

「星、ですか」

「ね? すごい綺麗でしょ」

「そうですねぇ……」

「昔の人は、離れてても同じ空を見上げてつながれるって歌にしてたりしたけど、なんだかそういう気持ちわかるわよね。今、ときなが私と同じものを見てて、こうして話してるとまるで本当にとなりにときながいるみたいですごく嬉しい」

 まるで子供のようにはしゃぐ絵梨子。

 しかし、

「そうですね。……こっちは曇ってますけど」

「え…………」

 ときなの一言に心胆を縮ませる。

「……………」

 まず、体中が熱くなったかと思えば

「………………」

 芯まで凍りつくような気分になり、

「…………………」

 また徐々に全身が燃えるように熱くなっていく。

「と、ときなの意地悪!!

 長い長い沈黙の後、一人浮かれてしまった恥ずかしさに灼熱の太陽よりも真っ赤になった絵梨子はそう叫んで、

 ブツン、

 思わず電話を切ってしまっていた。

 

 

「と、ときなの意地悪!!

「っ……」

 耳元でそうけなされたと思うのについでプツと通話の切れる音がした。

「意地悪って……」

 まるで小学生みたいな悪口を言われたときなはなんともいえない気分で空を見上げる。

 そこは電話で言ったように厚い雲に覆われている。

 確かに、意地悪をしたという自覚はあるのだがそもそもときなは最初にそう伝えようとしたのだ。しかし、絵梨子がそれに耳を貸さなかったというのもときなからすれば間違いなかった。

「ふぅ……」

 ときなは軽くため息をついた後に星一つ見えない空を見上げる。

「……同じ空の下で繋がってる、ですか」

 ときなは見ている景色は異なっていても同じ空の下にいる絵梨子に独白をする。

「それも、間違いじゃないですけど……」

 遠くにいても声を聞いて、同じものを見て、それで愛しい人を近くに感じることが出来る。それはときなも否定しない。

 否定はしないが、

「……ふふ」

 ときなは至福の笑みを浮かべながら胸元に手を伸ばした。

 そして、そこにあるものに愛おしげに触れる。

 それは絵梨子から受け取った『誕生日プレゼント』だった。

 ネックレスについたクロスを指で何度もなでながらときなは目をつぶり、絵梨子を感じる。

「でも、こうしてるだけでも先生のこと、近くに感じますよ」

 本人の前ではめったに言わないような甘い言葉をつぶやきながらときなはしばらくネックレスから手が離せなくなるのだった。

 

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おまけとしてはいいですけど、S×Sの四話のところだと思うと……まぁおまけですからその辺は深く考えてないでくれるとありがたいです。

 というか、絵梨子先生はきらなくてもいいんじゃ……でも、一人はしゃいでいたところにあんな意地悪を言われたらきっちゃいますよねw?

 

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