一年の終わり。

 社会人にもなれば長い休みというくらいで昔ほどの特別感はない。

 もっとも私の場合、昔から休みで本をいっぱい読めるくらいにしか思わず、年末年始特有のテレビやイベントなんかもほとんどスルーしていたからあまり昔と変わっていないかもしれない。

 でも、今年……正確にいえば去年からではあるけど今年は違う。

 去年はすみれと出会った年、結ばれた年で特別ではあったものの年越しの時はまだすみれの婚約の問題など解決していないことは多く二人でゆっくり過ごすどころではなかった。

 そこへ行くと今年は、一緒に暮らし始めて以降ほんとうにずっと一緒にくらした一年の終わりなのだ。

 だからと言って特別なことが起きるわけではないけれど、それでも愛する人と特別な時間を過ごせるというのはなによりも「特別」で幸せなことだと思う。

 

 ◆

 

(これは中々、予想外ね)

 年の瀬、今年もあと数時間と言ったところで私は思わぬ展開に戸惑っていた。

 長期の休みだ。ハレの日だ。

 お酒を飲むくらいはした。でも、私もすみれも嗜む程度でおぼれるようになんてのんだりはしないから我を忘れるなんてこともほぼない。

 しかし。

「ふふふ、ふみーは」

 今目の前の彼女は我を忘れているようにしか見えない。

「………………」

 今はかなり不自然な状態だ。

 私の常識ではこたつには四つ足であれば一人ずつ四方に散るものだろう。

 だけど、今私たちは一つの入り口に二人で入っている。

 ……それも微妙な言い方ね。

 普段であれば座椅子に座って足を入れるけれど、今は足首程度までしか入らず代わりに私の胸から脚にかけて恋人がのっかってきている。

(……暑くないのかしらね)

 この体勢であればふとももからお尻にかけてはかなり熱源に近い位置にあるはずだ。

 いやそれはいいとして。

「文葉〜」

 胸に顔を埋めて甘えた声をだすすみれはおおよそらしくない。

(そんなに飲んでいたかしらね)

 これまでの経験から今回くらいの酒量であれば酩酊するとは思えない。

 まぁ、その時の状態によって酔う度合いというのは変わるだろうが。

「文葉、好きよ」

「………」

 潤んだ瞳に、紅潮した頬。吐く言葉は愛の言葉でなんとも無図痒い気持ちだ。

「私もよ、すみれ」

 どう対応すべきか戸惑いながらも言葉を返して、頭を撫でてる。

 あいかわらずさらさらの髪は心地いい。

「ん、もっと」

 なんて嬉しそうに言いながら顔を再び胸に預ける。

(こんな風に甘えたがりになるなんて初めてかしらね?)

 付き合う前だったら似たようなことがなかったわけじゃないけれど、恋人になってからこんなすみれは初めてだ。

 まぁ、可愛いのは確かだ。

「ん……ふふふ」

 背中に手を添えながら頭を撫でていると、すみれが笑う。先ほどまでとは少し違う笑い方で。

「どうかしたの?」

「幸せだなーって思ったのよ」

「………」

 直球な言い方に一瞬固まり、そうと言いながら再び髪を撫でる。

「今年はずっと文葉と一緒だったんだもの。毎日おはようって言って、おやすみって言って。いつでも文葉が一緒だった。それって本当に幸せだって思ったの」

「………………」

 本当にまっすぐな言葉だ。成人した身では逆に出づらいような、少女のような純粋な言葉。

 私には自主的に発することはできない言葉。

「……文葉は? 文葉も幸せだった?」

「っ……」

 二の足を踏んでしまいそうなところに恋人の可愛らしい問いかけ。

「そんなの……」

 両手をすみれの背中へと回して抱きしめるように力を込める。

 すみれの顔がこちらを向き、きらきらとした目を受け止めながら今年のことを思う。

(…色々、あったわね)

 二人のことが落ち着いてから始めての一年だった。

 すみれの言う通り、ずっと一緒の一年。

 おはようからおやすみまで。私なんて本を読んでることも多いから何をするにも一緒とまでは言わなくても、でも心が離れたことはない。

 ずっと私の心の中にすみれはいた。

 今、この腕の中にも。

 好きな人が、人生を共にしたいと思う相手とずっと一緒にいられたこと。

「幸せに決まってるでしょ」

 それを幸せと言わずしてなんというのか。

「すみれと一緒で私はこの一年、世界で一番幸せだったわよ」

 自分からは言えなくてもすみれの純真な気持ちに引っ張られて、皮肉も照れもなくただまっすぐに気持ちを伝える。

「……そう」

「?」

 一瞬、声のトーンが落ちて、雰囲気が変わった気がする。

 その違和感を探る前に。

「そうよね。私と一緒だもの。幸せに決まってるわよね。ふふふん」

 雰囲気をもとに戻した。

「…………」

(なるほどね)

 私は欲しい言葉をあげられたようね。

 私は普段めったに今みたいなことをいうことはない。

 今日は特別な日で、恋人は普段と違って甘えん坊で……それはお酒のせいかと思ってたけど。

「すみれ、好き。大好きよ、愛してる」

「っ……私も、好きよ。愛してる」

(ちょっと素が出たわよ)

酔ったふりで、私にこういうことを言わせたかったんじゃないの?

 それとも甘えたい方が本音?

 まぁどっちでもいいわ。

 この一年一緒にいたけれど、新しいところは見つかるものね。

 すみれがこんなかわいいことしてくるなんて思わなかったもの。

 それとも私が好きすぎて、すみれが変わったのかしら?

(こんな風に、来年も……再来年も、その先もずっとすみれの新しいところや、可愛いところを見つけていくんでしょうね)

 そう思うと未来が楽しみにもなるけれど。

「すみれ」

 今度は背中よりも腰とお尻に腕をやって、すみれにもっとこっちに体を伸ばすように促す。

「あ……文葉」

 促されるままに目の前に顔を持ってきたすみれは、やはり素になってしまったのか照れたような様子をみせるけど、私はそれにかまわずに

「んっ……」

 唇を奪った。

「ん、ふ…………ぁつ。くちゅ……」

 触れ合わせてから舌を伸ばして、ゆっくりと交り合わせる。

 お酒の匂いと味、それとよく知るすみれの触感。

 恋人の熱をいつもよりも敏感に感じて、

「ふ……ぁ…あ」

 蕩けた息を吐くすみれと視線を交わす。

(私にこんなに愛しいって思う相手ができるなんてね)

 多分これからも幾度となく同じようなことを思うんでしょうね。

 それはきっとすごく幸せなこと。

 その幸せがこの腕の中にあることを改めて感じて、私は決して離さぬように強く抱きしめるのだった。

 

 

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