人間、どうしようもないことというのはあるもの。

 抗っても抗えないもの。

 それは人間にとって様々あれど、その最たるものの一つは眠気だ。

 どんなに楽しみな本があろうと、また本人とってどれだけ大切な優先すべきことがあろうと眠気には逆らえない。

 そう、たとえ恋人と約束をしていようとも。

 

 ◆

 

「…んっ……ぁ……ふ、ぁ…んっ」

「…………………」

 恋人の声が聞こえる。

「ふ、み……は……っんぅ…ふぁ……ひ、ぅ…っ」

 明かりを落とした部屋のベッドで、隣に横になる恋人の湿った声が。

「ばか、じゃないの……。はぁ、っん、…ぁ。さい、てい…っ、んんっ……」

 背を向けもぞもぞと体を身じろぎさせ、悪態をつきながらも声は止まっていない。

(……とんでもないタイミングで起きちゃったわね)

 私は意識はあるものの、目を閉じてすみれの気配だけを探っている。

 言葉を変えるなら寝たふりをしている。

 言い訳をすると、別に好き好んですみれが自らを慰めているの聞いているわけじゃない。

 ……責任は私にあるけど。

 すみれとは今日、「する」約束をしていた。

 先にお風呂に入り、すみれを待つ間何気なくベッドに入っていたら、そのままうとうととしてしまい。

 起きたら、

「はぁ……っ…ん、っぁ、ん。こ、こ……っぁん」

 こうなっていたというわけ。

 耳に響くすみれのくぐもった嬌声と、

「…ばか…最低………っん、ぁっ」

 私への悪態。

(まぁ、仕方ないけど)

 すみれとしては期待をしてたんでしょうね。なのにお風呂から戻ってきたら私が熟睡をしていた。

 すみれの性格からしてそれで我慢できずに自慰をするというのは屈辱だろうし、私への非難も仕方ない所。

「……私に、こんなこと……ぁぁん。させる……っ、なんて……っ」

(あんたが勝手にしてるのよ)

 なんて突っ込みはもちろんできない。

「っ、ぅ……く、ぁ…ぅ…ふ、ぅ、ん……いぃ…あぁん、もっと」

 徐々に私への罵倒よりも喘ぎの方が大きくなっていって、私としては居たたまれない気持ちになってしまう。

(どうしろってのよ)

 私が今できることは何もない。

 起きればすみれは羞恥にまみれるし、怒らせるのも明白だ。

 ことがこういうことでもなければ、挑発なりからかうなりで私が悪者になる手もあるが、今回のことでは冗談にはならない。

「ぁん…、ふぁっ……んっ。文葉…っん…」

(せめて声抑えなさいよ!)

 声がなければまだ見て見ぬふりをすることもできたが、声と吐息ともぞもぞと動く気配と、衣擦れの音。

 目を閉じてもしていることが明確に想像できてしまって落ち着かない。

「っ、は……ふみは……ふみはっ。そこ……ん、ぁ……きもち、ぃ……っ」

(……私にされるのを想像してるのかしらね)

 私を呼ぶ声には必死さと主体的というよりも受け身な物言いにそれを思う。

 それに一人でするとしても相手にされることを想像するというのはよくある話だ。

「あぁ…ふ…あんっ…ふぁっ…んぁ、きちゃ……う」

「……っ」

 その時が近づいていることを知り、耳を塞ぎたくもなる。私としても恋人の自慰を覗くつもりなんてなく罪悪感もあれば、さらに別の事情もある。

(隣でそんな声出されたら……)

 もぞ、っとわずかにうちももを擦り合わせる。

 自分の身体の状態を意識してしまうと余計に……体が火照る気がした。

 隣で恋人に自慰をされて平然とできるわけはない。

 だが。

「ぁつん、く……イく……ぁっああ」

 隣で快楽を貪るすみれとは違って私は自分でこの火照りを静めることは許されない。

 もとはと言えば私に責任はあるとしてもこれは酷な仕打ちだ。

 すみれを待っている間寝落ちしてしまった自分を恨むわよ。

 そんなことを考えている間に。

「っ、あぁ……あぁつあっん……は、ぁきゅ……ぅぁあぁっ!!」 

 押し殺しながらも快楽の極みへと至る声がすみれから発せられて終わりを迎えたと知る。

「はぁ……ん。ふ、あ……はぁ」

 荒く息を吐き

(……何となくこの後何をいうかわかる気がする)

「文葉の……馬鹿」

 まぁこうなるわよね。

 この事に触れずに明日はどう謝るべきか、それも考えなきゃいけないけれど。

(……ん)

 体……熱い。

 胸は張ってるし、体の奥がむずむずともどかしく刺激を欲している。

 だけど……

「…ほんと、文葉のやつ」 

 恋人さんは絶頂を迎えて眠気を呼び起こすどころか私への怒りに目がさえているようで。

(……ほんと自分を恨むわ)

 結局寝ることもすみれのように自分を慰めることもできず針の筵のような時間を過ごす私だった。

 

 

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