私とすみれは一緒に働く時間も多いが、やはり役割上私の方が長く働くことが多い。

 帰る時間も遅くなることもあって、そんな時一緒に棲み始めたころはすみれが待っていたり、どこかで時間をつぶしたりと一緒に帰ることが多かったけれど、今は家で待っていることがほとんどだ。

 それによって何がありがたいかと言えば、家事をしてもらえていることだ。

 とりわけごはんを用意してもらえるというのは助かる。

 一日疲弊してから帰ってから用意するというのは存外気力のいることで、ついコンビニ弁当や外食に頼ることも多かったから。

 電気のついた部屋に帰り、あたたかな食事が用意され、まして迎えてくれるのが

「お帰り、文葉」

 最愛の恋人であればなおいうことはない。

「ただいま。すみれ」

「ごはんできてるわよ。あと、今日寒かったからお風呂も沸かしておいたけどどっち先にする?」

「……………」

 珍しく気の利くことをするなというのは一つの感想だが。

(……その問いかけは)

「そうね、じゃあ。すみれにするわ」

 そういうことを連想させる言い方でしょ。

「はっ!?」

 この反応を見るに意図してなかったんでしょうけど。

「な、なに言ってるのよ。いきなり」

(ほんと可愛いやつね)

 顔を赤くして狼狽えて。余計にからかいたくもなるけれどそれをすると怒らせるだろうし。

「冗談よ、ご飯先にもらうわ」

 ひとまずはそういうことにしておきましょう。

 と、軽い気持ちでこの場をやり過ごすことにした。

 

 ◆

 

 すみれの用意してくれた夕食をとって、お風呂に入って。

 夜の自由時間、ベッドに二人並んで本を読むのはここ最近ではよくあるパターンだ。

 このまま日付が変わるくらいまで読書にいそしむことも多いが。

「ふぁ、あ」

 この日は十時を超えた程度で欠伸をすると本を閉じた。

「今日はこの辺にしておく」

 日頃の疲れかやけに眠気があり、私はすみれにそう告げる。

「っ…そう」

 あんたは好きにしてていいわよ、と言いかけたがすみれも本を閉じた。

 それに違和感を覚えないでもなかったけど、問い詰めるほどでもなく寝る準備を整える。

 すみれもそれに倣って一緒のベッドに入る。

(…近いわね)

 一緒のベッドで寝ると言っても二人用だ。普通であれば距離をとるのに今日のすみれはやけに体を寄せて来て。密着状態だ。

 普段からあると言えばあるが、こうして甘えたように体を寄せてくるのは珍しいと言える。

 ただこれもまたわざわざ指摘することでもないと判断して、電気を消す。

「おやすみ」

 就寝の挨拶をし、目を閉じようとして

「ちょっと、何寝ようとしてるのよ」

 何故か恋人の不機嫌な声を聞く。

「は? 何言ってんのよ」

「そっちこそ、何よ」

 電気を消したせいで表情は見えないがどうやらすみれは怒っている。しかも心当たりもなければ理由の検討もつかない。

「今日……するっていったくせに」

「ん…?」

 怒りは薄れ一転照れといじけを混ぜたような声になるすみれ。

 見えはしないけれどどんな顔をしているのかは想像がついた。

(まさか……かえって来たときの?)

 あれを真に受けたってこと?

 すみれは純真なやつなことは知っているけれど、あれを本気にするのはさすがにどうかと思うわね。

(正直、眠いんだけど)

 それを伝えるのは得策じゃないわよね。勘違いを指摘するのもすみれの性格を考えると避けた方がいい。

 となればここで取る選択肢は少なくて

「すみれ」

 薄っすらと浮かぶ輪郭に手を伸ばし名を呼ぶ。

「ちょっと焦らしただけで、そんな風になるなんて堪え性のないやつね」

 すみれに恥をかかせず、怒らせもしないのにはこれがベストでしょ。

「もっと焦らせておねだりさせた方がよかったかしら?」

 頬に手を添えてから指で顎まで伝わらせる。

 私がろくでもない人間に思われる気もするけど、すみれはその辺私を過剰に思ってるところもあるしまぁいいでしょう。

「っ、は、はぁ!? あんた変態なんじゃないの」

(…電気つけておけばよかったわね)

 すみれのかわいい顔が見れなかった。

「かもね。すみれが愛おしすぎて色んな姿を見たいって思っちゃうんだもの。この気持ちが変態っていうのなら甘んじてその言葉を受けるわよ」

「っ……ほ、ほんと変態よ、あんたは」

 この年齢にしてこの初心な反応。すみれから私がどう見えているかはともかく私からしたらからかいがいがありすぎて、それこそ変態にもなっちゃうのよね。

 ま、それもさっき言った通りすみれが愛おしすぎるからだけれど。

(……明日の寝不足は覚悟しますか)

 私はそう覚悟を決めてすみれの唇を奪い、長い夜を始めることにした。  

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