それから二人で料理をしてどうにか花火の開始には間に合って、それほど花火に集中したわけじゃないけど、他愛もない話をしながら初めて共同作業をして作った料理を味わった。
結果は上々、というまではいかないが私は手伝いをメインですみれが主体にできたのは良かったことだろう。
意外にも素直にアドバイスを聞いてくれもして、うまくいったときには嬉しそうに笑ったのも少し驚いた。
できなかったことができるようになる喜びはすみれのような人間にも当てはまるということかしらね。
(恋人というよりは姉みたいな気持ちになったけれど)
気をよくしたのか上機嫌で、今度はもっとうまくやるなんて言ったりもしてきて、ほんとに出会ったときとは違うんだなとそれを肯定的に受け取れていた。
そして、今はテラス(これも普通のアパートなら考えられない場所だ)に出て、隣り合いながら花火を眺めている。
ここからでは音は小さいが闇夜の中に光の花を遠く眺めるというのは間近で感じるのとはまた別の趣がある気がした。
「こういうのも悪くないわね」
「花火?」
「音を感じるものって言ったりもするけど、こうして静かなところで眺めるほうが私は好き」
「なら……」
「『私に感謝するのね?』」
「っ……」
なんとなくいうことがわかる気がして先回りすると、すみれは驚いたように黙った。
「すみれって結構わかりやすいわよね。少しわかってきた」
アルコールも入っているせいか、らしくもなく得意気にわらってしまう。
「文葉はよくわからなくなってくるわ」
「そりゃ、知り合ったばかりの時は余所行きの顔をみせるでしょう。印象が変わってきたのはあんたを信頼してる証って受け取ってもらいたいわね」
……そんなに酔っているわけじゃないはずだけど。
なんでか軽口をたたいてしまう。これが本来の姿と言えばその通りではあるが。
「たった三か月やそこらで本心を見せるなんて、早瀬にすらなかったことよ」
「……二人きりなのにすぐ他の女の名前を出さないで」
「はいはい」
ほんとこういうところはわかりやすいと思いながら、再び正面を向いて花火を眺める。
(そういえばムードという面でいえば、そういう場面ね)
恋人の家を訪れて、花火を眺めながら相手への親愛を明かしている。
すみれ相手では『ムード』といってもそういうことにはならないでしょうけれど………
「まだ、三か月なのね」
ポツリとつぶやくすみれを私は横目をうかがうだけ。
「文葉と知り合ってたった三か月」
繰り返すそれにも特別な興味は示さず
「……たった三か月だけど、最近少し楽しいわ」
声色が変わった気がして、ようやくすみれを見た。
星明りと部屋から漏れる光だけでは表情はわかっても、そこに合わられる機微を感じるまでにはいかず、雰囲気にのまれたようにすみれを注視する。
「文葉と一緒にいられるのが一番好きだけど、そうじゃないときも文葉のことを考えると一人でもつまらないって思わなくなった。感謝してあげるわ」
最後に、すみれのすみれらしさを感じさせたもののそれ以上に
遠くで大きく打ちあがった花火の光がすみれの顔を照らして……
(赤く、なっているの?)
あのすみれがしおらしく感謝を述べて頬を染めて、いる?
それはアルコールのせいかもしれないしそもそも勘違いだったのかもしれないけれど、私の中では事実になっていて。
(………ムードは抜群ね)
夏の夜。花火の下、恋人の家で食事をして少しだけ酔っぱらっていて、互いに心を打ち明けて。
過剰なほどに条件がそろいすぎている。
アルコールにだけじゃなくて、雰囲気にも酔ってしまいそう。
(……酔っても、いいのだけど)
私たちは付き合っているのよ。もう三か月も。
この空気に流されて、恋人としての先に進むことの何が悪いのか。
何も悪くはない。
私の意志一つで二人の間にある距離をゼロにすることはできるはずだ。
すみれもそれを拒絶することはないはず。
(キスくらいはしてもいいのかもしれない)
心によぎったのは、いつかは超えなきゃいけない一線のことで。
(このまま付き合っていくのなら、早いか遅いか、でしょう)
いくら私が子供だと思っていても、すみれは肉体的には大人だしそういうことを望む心もあるはずだ。
清い交際をいつまでも続けるわけにもいかない。
すみれと一緒にいるには前進するしかないはずで。
「…………」
腕が彼女へと伸びる。背後から腰を抱ける位置に持っていき……一瞬止まった後にすみれへと触れてこちらへと引き寄せた。
「っ! 文葉?」
「私もあんたには感謝してるわ。前にも言ったけど、私も退屈だったから。今はすみれのおかげで少しは楽しく過ごせてる」
腰に回した手で、すみれをこちらへと向かせ正面から見つめあい
「ありがとう」
親愛を伝えて
「っ」
なれない私からの好意に少女のように照れるすみれをこちらへと引き寄せる。
お腹と胸が重なることですみれの体温を感じて、私はさらに別の部分でもすみれを感じようと距離を詰めると。
「ぁ………」
目を閉じるすみれが映り、すみれの覚悟を自覚する。
あの図書館の時とは違う、何をされるのかを分かった上での決意。
(何も悪いことなんてしていないでしょう)
妙に動悸のする心をなだめるように呼びかけ、打ちあがった花火の音を聞きながら私は……
ちゅ
すみれとの距離をゼロにした。
ただし、頬との距離を、だ。
「あ………」
声を上げたのはすみれのほうで。
戸惑いと喜びを同居させたような顔の中にわずかな空虚も感じさせた。
私はそれから目をそらして。
「これは感謝の気持ちよ」
偽りの笑顔を張り付けていた。
「さて、少し飲みなおしましょうか」
そして、すみれを見ることなく安易な理由をつけて部屋へと戻っていくのだった。
(……くそ)
ふがいない自分に憤りながら。