それは、あるお休みの日の午後。
美咲とだらだらしていたあたしの前に意外な人が尋ねてきた。
「あ、あのね、彩音ちゃん」
「なに? 澪」
それは澪。なんだか、ちょっとだけ重い空気を背負って来たと思えば、あたしと二人きりで話したいから美咲に出てけっていったり、どうにも様子がおかしい。
「あ、のね、えっと、ね……」
「もぅ〜。どしたの澪、久しぶりに会いに来てくれたって思ったらさっきからそんなんで」
澪は、来てからずっとベッドの前で座ったままなにやらもじもじとしている。
(……前だったら、もっと嬉しかったんだろうけど)
それこそ押し倒しちゃいたくなるくらい。
今ももちろん好きなのは変わらないけどあの時とは色々違う。
「う、うん……あの、ね。じゃあ、言っちゃうね」
そんな澪はまだ戸惑いながらもようやく本題を切り出してきたらしい。
「うん」
「こういうのって、本当は私から、言うことじゃないって思うけどね」
「? うん」
「あの、彩音ちゃん!」
「っ、な、なに!?」
さっきまでもじもじとあたしと顔を合わせようとしてなかったのに急に見つめられてどきどき。
「あのね、やっぱり無理矢理っていけないって思うの」
「?」
「いくらお互いに好きでもね。ほら、心の準備って必要だし。でも、ゆめちゃん、彩音ちゃんのこと大好きだから、強く迫られたらいやっていいづらいだろうし」
「……? あ、あの……澪?」
「彩音ちゃんがゆめちゃんのこと大好きだし、とっても大切に想ってるんだって知ってるよ!? で、でもね、だからってやっぱり無理矢理、なんてね……その、そ、そういうのは……やっぱり」
時折、語気を強めたかと思えば消えちゃいそうなくらいに声が小さくなったり。澪は変なところは確かにあったけど、なんだかそういうのとはまた別の違和感。
「だ、だめって言ってるんじゃなくてね。ちゃんとね、心の準備をしてね、二人ともいいよって言うときじゃないとね。ゆめちゃんは、ほら……その」
「あ、あのー澪ちょっといい?」
澪の言ってることがあまりに要領を得ないのであたしはそろそろ口を出さずにはいられなかった。
「さっきから、なんの話してるの?」
「な、なんのって……」
「?」
あたしのもっともな意見に澪は真っ赤になった。
(いったいどしたの? なんか変なこといった?)
「そ、そんなこと……言えない、よ……」
「? いや、言ってくれないとわからないんだけ、ど?」
「ぅうう〜、彩音ちゃんのいじわる〜」
ほっぺを赤くして、何の恥ずかしさかはわかんないけど恥ずかしげに体をわなわなと震わせて……
ほんとに襲いたくなっちゃう。
そんなのんき? なことを思う私をよそに澪の口から出てきたのはあたしまでも赤面させるには十分な言葉だった。
「ゆめちゃんに、無理矢理エッチなことなんてしちゃだめって言ってるの!」
「は!!??」
いきなりすぎる意味不明、意図不明な言葉にあたしはすっとんきょうな声を上げる。
「……………」
そして、沈黙。
「……………」
恥ずかしさに耐えかねる澪に。
「……………」
まったく状況を理解できないあたし。
「え、えーと。あの、澪、えっと、どういう、こと? 心あたり、ないん、だけ、ど……?」
ない、……よね。
必死に思い当たることを探すけど、ゆめにそん、なことなんて、しかも、無理矢理だなんて……
(……って、あれ?)
ない、けど、ないわけでも、ない、かな?
「だ、だって、この前ゆめちゃんに最近彩音ちゃんとどう? ってきいたら、ゆめちゃん……その、押し倒された、って。詳しくなんて聞けないし、彩音ちゃんにちゃんと注意しなきゃって……」
「あぁ、やっぱり、ね」
あれのこと、だね。バレンタインの。
「ほんと、なの? ゆめちゃんに無理矢理……」
「違う違う。っていうか、澪はゆめにからかわれただけだって」
「え?」
ずっと、少し怒ったような、悲しんでいるような態度だった澪は思いもしなかったことを言われたように首をかしげた。
「その、さ……」
あたしは、バレンタインのときのチョコを食べさせようとして押し倒しちゃったときのことを澪に話した。
「そう、なんだ」
澪は素直だからあたしの言うことをきちんと聞いてくれてるみたい。
けど、
「でも、それでも彩音ちゃんがいけないって思う」
「……まぁ、そうなんだけど」
「でも、そうだよね。彩音ちゃんがゆめちゃんにひどいことなんてするわけないもんね。よかった。私の勘違いで」
「うん、でも、あたしちょっと嬉しいな」
「? 何が?」
「ゆめが、そういう冗談をいうのは澪のことそれだけ信頼してるってことだし。澪もそんなの真に受けてあたしに文句言いに来るほど、ゆめのこと大切にしてくれてるんだなって思って」
「だって、ゆめちゃんは大切なお友達だもん」
「ん、ありがと」
最初は何事かと思ったけど、久しぶりの澪との時間はあたしにとって嬉しい時間だった。