数年後。

 さるアパートの一室。

「ただいま、帰ったよ」

 玲奈はその部屋へと入ると、そんな言葉を口にする。

 が

「……………」

 返事はない。

「……ふむ。しめきりも近いと言っていたからな」

 返事がない理由をひとりごち、まずは自分の部屋へと戻り仕事着から部屋着へと着替える。

 それからキッチンで二人分の紅茶を淹れると隣の部屋へと向かっていった。

「洋子、入るぞ」

 と、声をかけても返事がないため玲奈は勝手に部屋へと入っていく。

 背の高い本棚に囲まれた簡素な部屋。

 ドアから最も離れた位置には机があり、その場所で玲奈の同居人が机に向かっていた。

 玲奈はその相手のところへ向かっていくと

「洋子」

 と少し大きな声で名前を呼んだ。

「っ! あ、玲奈、さん。帰って、たの?」

 声をかけられた洋子は、もうそんな時間と驚いて窓の外を眺めた。

「ふぅ、集中するのもいいが根を詰めすぎては体に毒だぞ。紅茶を淹れたから少し休憩しよう」

「う、うん」

 と、玲奈は洋子をい作業机とは別の机に持ってきた紅茶を軽いお菓子を置く。

「ごめんね、気づかなくて」

「それはいいさ。だが、無理はしないでくれよ。集中して周りが見えなくなるのは洋子の悪い癖だ」

「ぅ……ぜ、善処します」

「ぜひそうしてくれ」

 紅茶とお菓子を肴に他愛のない会話。

 これが、今の二人の関係。

 高校を卒業後、玲奈は大学へと進み今年卒業をして就職をした。

 洋子は卒業後に、美術学校へと進み在学中に絵本作家としてデビューをし、今ではテレビで紹介をされるようなこともある新進気鋭の作家となって夢をかなえている。

 対して玲奈も自傷行為はなくなっている。

 とはいえ、高校の時のあの後すぐにやめることが出来たわけではない。

 あの時の洋子との一件から徐々に回数は減っていったが、大学に入ってもたまに衝動的にしてしまうことはあったし、今でも傷は残ってしまっており、以前と変わらず肌を出せない生活は続いている。

 だが、それでも玲奈は今の自分を認めている。あの時に洋子が言ったようにやめるのに必要だったのは意味ではなく、今の自分を認める意志。

 そして、自分を想ってくれる人がいることに目を向けること。

「……? どうかした?」

「いや……なんでもないさ。もう少ししたら夕食を用意するよ。それまではゆっくり休んでいてくれ」

「ありがとう。けど、最近してもらってばかりだし今日くらい私が……」

「構わないよ。前に言っただろ、私のやりたいことが見つかるまでは君のことをサポートする、と」

「そうだけど……」

 洋子は申し訳なさそうにするが玲奈としては何もおかしなことをしているつもりはない。

 洋子がデビューして以降、ずっとそうやって支えてきたのだから。こうして一緒に住んでいるのも、洋子の力になりたいから。

「でも、いつも私のことばかりしてたら玲奈のやりたいことだって見つけられないんじゃない?」

「それは、洋子が気にすることじゃないよ。そうだな、だがその時はこのままずっと君のことを支えていくのも悪くないかもしれないな」

「っ……」

 聞き方によってはプロポーズにも思えるセリフに洋子は頬を染める。

 二人の関係はまだまだ浅いところにあるかもしれない。

 しかし、洋子は玲奈が自分のために尽くしくれること以上に楽し気に日々を生きていることを喜び、玲奈もまた自分が不幸ではないと気づかせてくれた洋子と共にいられることに感謝をしている。

 不器用な二人だが、間違いなく二人で手を取り合っている今とお互いへの感謝を抱きながらの日々は幸せそのものだった。

 これから玲奈が自分の道を見つけることがあってもきっと二人が離れることはない。

 そんな思いを通じ合わせながら洋子と玲奈は何気ない毎日を過ごしていく。  

 

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