人っていうのは何か心に気になることがあると、いつもと違う様子を見せてしまう。
それは意識してるかもしれないし、自分じゃ気づいていないのかもしれない。
それは誰が見ても簡単に気づけるようなことかもしれないし、意識してみても気づけないことかもしれない。
ただ、それが世界で一番好きな二人のうちの一人ともなればこのあたしがそれに気づかないはずがない。
「……………」
トコトコトコ。
「……………」
ペタペタペタ。
(……どしたんだろね、ゆめは)
あたしはベッドの上で濡れた髪を乾かしながらなんだか部屋の中行き来しているゆめを見ていた。
ゆめはお風呂から戻ってくると、やけに落ち着かない様子で部屋の中を右へ行ったり左へ行ったりしている。
しかも
「ねー、ゆめ」
「……っ。何?」
話しかけると明らかに緊張したように体をビクっと震わせる。
「何でも。呼んだだけ」
「…………用がないなら呼ばないで」
さらにはちょっとのことですぐ不機嫌になる。
(ったく、どうしたってのよ、ゆめは)
今日ゆめはあたしの家に来たときは別にいつものゆめだった。
口数は少ないものの、あたしが何かくだらないことでゆめを呼んでも今みたいに不機嫌になったりもしなかった。
様子がおかしくなったのは今日美咲がいないって教えたときから。その時からゆめはいつも少ない口数がさらに減って、どこかそわそわした感じになって、妙に不機嫌になった。
そいや、思い返してみるといつもはあたしや美咲よりも短いお風呂の時間が今日はやけに長かったりもしたっけ?
「………………」
あたしの洋服タンスにおいてある水玉模様のパジャマを着たゆめはあたしが今日のゆめのことを考えていた短な間にもやっぱりそわそわとあたしの机のイスに腰掛けたり、テーブル近くに座ったりしていた。
「ゆめ」
「っ……。何?」
だから何でそんなおどおどしてんの。らしくもない。
「どうかしたわけ? 何か変だけど」
悩み事とかだったら力になってあげたいしあたしは素直にゆめに聞くことにした。
あたしは普通に聞いただけ、何もおかしなことなんて言ってない。ごく普通に話しかけただけ。
「……っ。バカ」
なのにゆめは不機嫌を通りこして怒ったようにするどくそう返してくる。
「………………は?」
あたしはもちろん意味がわからない。今のどこにゆめを怒らせるようなことがあったっていうの?
(つか、ほんとなんか機嫌悪いな〜)
でも、悩んでるっていうよりも怒ってるならそっとしておこうかな。ゆめって中々機嫌直してくれないし、いちいちなんか譲歩させられるのもこっちが面白くない。
「ま、いいや。じゃ、そろそろ寝る?」
「っ!!」
あたしのやっぱり普通の一言にゆめは今までになく体を震わせて……顔が赤くなってきてる?
「…………な、こと、するの?」
「はい? 何?」
「っ〜〜……えっち、なこと、するの?」
「は!?」
ゆめが恥ずかしそうに搾り出してきた意味不明な言葉にあたしは思わず素っ頓狂な声を上げた。
ベッドの前にまで来たゆめは顔を真っ赤にして、あたし視線を合わせずにあたしのことを見てきている。
「え、いや、ちょ……え?」
意味がわからない。どこにそんなのを連想させるようなことがあったの?
「な、何でそう、なんの?」
「……だって、わざわざ美咲がいない日に泊まりに来いって言ってきた……」
「い、いや、それは……」
あたしははじめ美咲と三人で遊ぶためにゆめを呼びたしたんで、美咲がいないのは昨日になって急に美咲の両親のところに行く用事が出来たからで、別に美咲がいないからゆめを呼んだわけじゃなくて……
つ、つまりゆめはあたしが誘ってるって思ってたからずっと様子が変だったっていうの?
用もなしに呼んだり、どうかしたかなんて聞いて不機嫌だったり怒ったりしたのは……あたしがゆめを誘っているのにからかってるって思われた、から?
(そ、そりゃ、そういう風に、思えなくも、ない、けど、強引すぎでしょ……)
大体別に美咲がいないからってしないといけないってわけじゃ、ないし……いや、ゆめとその……するのが嫌なわけじゃ、なくて、ね……
「え、えーと……その、ゆめは、いいの?」
あ、なんかこのパターンは……
「……彩音がしたい、なら、いい」
ほら。いつものあたしのご要望を承りますっていう、あたし主導にさせるパターンだ。
(…………………っ)
「あたしがどうか、じゃなくてゆめの気持ちをちゃんと聞かせて欲しいかな。ゆめはどうなの?」
あたしは逡巡のあと胸の中で諸々のことを吹っ切った。
「………………………そんなの言わせるなんて、駄目」
沈黙のあと、顔を赤くしながら言われるけど。
そんなんじゃ答えは聞かなくてもわかるよね、っと。
「えー、はっきり言ってもらえないとわかんないなー」
でも、恥ずかしがるゆめが可愛いからからかってみたくなる。
「………………知らない。もう寝る」
あらら、今度はもっと怒っちゃったらしい。
さっきまで恥ずかしそうにしてたのにいつもの無表情に戻ったゆめは押入れから布団を取り出そうとした。
「あ、昨日美咲のお母さんが来たのに布団使っちゃったからこの部屋にはないよ。取りに行くのも面倒だし、一緒に寝よ」
「……っ……」
……にらまないでよ。面倒だから一緒に寝よっていったのはからかいの一貫だけど、今布団がないのは言ったとおりの理由なんだから。
そんなところまで計略に思われたらほんとにあたしが誘ってたみたいじゃん。
でも、これ以上ゆめが不機嫌になると困るし、そろそろフォローしてあげるべきかな、っと。
(って……)
あたしが優しく抱きしめてあげようとしたのにゆめは不機嫌そうなままあたしのベッドに入っていった。ただし、ベッドの一番端に。
色々複雑なのかな。
「んじゃ、寝よっか」
ま、一緒のベッドに入っちゃえばこっちのもんってことで。
あたしもベッドに入るとゆめとちょっと距離を取ったところに横になった。
「じゃ、おやすみー」
まだ寝る気なんてないけどとりあえずゆめにそう声をかけた。
「……電気、消してない」
「あ、あたし電気ついてないと寝れないんだー」
「……うそつき」
「ほんとだってば」
「…………」
黙っちゃった。
今ゆめは何考えてんのかなー。一緒のベッドで寝るってこと自体は別に珍しくもないけど、さっきの会話があるし。電気は消さないし。
でも、それから少しはあたしも黙って寝たふりをした。そうしながら、ちらちらとゆめの様子を伺う。
ゆめもあたしのことは気にしてるみたい。基本あたしに背中を向けているくせにたま首を伸ばしてあたしを見ているのはわかってる。
(さ〜て、ゆめお姉ちゃんはどうするのかな〜)
なんでこっち見てるんだろうね。寝るんだからこっちみる必要なんてないのに。もしかしてあたしが何もしないのが不満なのかなー?
(……とか言ってみたい)
けど、これはさすがにゆめが本気で怒っちゃいそうだし。そもそもあたしはそんなキャラじゃない。
最初の策の通りあたしは黙って寝たふりを続けた。
そんなのが十分くらい続いて……
「……彩音?」
ゆめが声をかけてきた。薄目でゆめをみるとこっちに乗り出してあたしの顔を覗いている。
「……寝てる、の?」
ドキドキが隠せていないという意味の声色。
「すぅ…」
あたしは演技を本物に見せるためそれっぽい寝息を立ててまだゆめを牽制。すると、
「………………バカ」
いじけたようにそう言ってまたあたしに背中を向けた。
(……限界だね、っと)
「ゆーめ」
ガバ。
あたしはゆめを後ろから抱きしめた。
「……みっ!」
「何がバカなのかな?」
「っ〜〜……」
純真なゆめはあたしがほんとに寝てるって思ってたのか聞かれていたことに顔を俯けた。
「ねっ、ゆめ。あたしに気持ち言わせるだけじゃなくて、ちゃんとゆめの気持ち聞かせてよ。あたしがしたいならいいとかじゃなくて、ゆめの気持ちちゃんと」
ぎゅっと、ゆめを抱く手に力をこめた。
ドクン、ドクン、って意識的にあてたわけじゃないゆめの胸から緊張と不安とちょっとの期待が伝わってくる。
「…………すごく、恥ずかしいけど。嫌じゃない。彩音のこと……愛してるもん」
「ゆめ……」
「……美咲も大好きだけど……彩音が美咲とばっかりしてたら……………やだ。私も、彩音の気持ち、いっぱい、欲しい」
……あたしって幸せ者だね。世界で一番好きなゆめにこんなに想ってもらってるだからさ。
「じゃ、あたしの気持ち受け取ってもらおうかな」
あたしはゆめをぐっと引き寄せると
「……うん」
小さく頷いて振り向いたゆめにキスをするのだった。
いえ、ですから彩音はゆめと美咲のことを平等に愛していて……それにゆめも美咲もお互いのこと大好きで、別に嫉妬しているわけでも彩音を独占したいというわけでもなくて……いえ、少しは思ってるかもしれませんけど……と、とにかく彩音はいけないことしているわけではないん、です……。
さて続きは……今はまだ書いていないですけど、やっぱりあったほうがいいですよね。ゆめと……いつの間にかこういうのを書くのも慣れてきてますねぇ。