ゆめが策略を弄してから一週間。
その間ゆめはほとんどの時間を美咲と一緒に過ごした。
それはゆめが美咲といたかったからという単純な理由でもあるが、最初の目的を忘れていたわけではない。
すなわち彩音に嫉妬をさせるというもの。
それは初日である程度果たされたものの、本来の目的は嫉妬させるだけではない。というより嫉妬させるだけでは意味がない。
寂しがらせた上でさらに彩音の愛を欲するのがゆめのしたいことだ。
一週間。
それだけの時間をかけて準備をしてきたのだ。
(……そろそろ彩音は反省してるはず)
自分なら一週間どことか三日もお預けされていては我慢ならない。いや、三日どころか一日だって一緒じゃない時間なんか作りたくないし、同じ空間にいるときはずっと寄り添っていたい。
美咲といたので美咲とは十分に満足しているが、彩音とはこの一週間ほとんど触れ合いがなかった。
しかも美咲を独占していたので彩音はどちらともほとんど触れ合えていない。
(……今日は甘えさせてやってもいい)
そんなことはこれまでほとんど起きていないし、ゆめは二人を操ろうとするときに大体うまくいってはいないのだが、根拠なく今回こそはうまくいくはずと信じ、お風呂上りに彩音がお気に入りのネグリジェを身に着けてペタペタと裸足で彩音の部屋へと向かっていく。
頭の中を自分に都合のいい妄想で埋め尽くしながら形式的なノックをして、ドアを開けると。
「……む」
部屋の中には誰もいなかった。
ゆめや美咲の部屋と比べて若干広く、明らかに大きなベッドを備えた空間には人はおらず、寂し気な印象をゆめに与えるだけだった。
「……むぅ」
リビングでも見かけなかったしてっきりいるものだと思っていたゆめは拍子抜けする。
せっかく色っぽいせりふも考えていたというのに。
主のいないベッドに迫り、下着姿で乗ると
「……そうだ」
いずれ戻っては来るのだからとあることを思いついて、ベッドへと潜りこむ。
(……ふふふ)
彩音が来た時の反応を想像し、好きな人の香の残るベッドの上でゆめはその時を待つことにした。
が、あたたかなベッドと好きな人のぬくもりはゆめにとって居心地のいい場所すぎてゆめは10分もしないで夢へと落ちて行ってしまった。
◆
「……ん、ぅ……?」
ゆめはベッドの中、鈍い頭を覚醒させていく。
「……む、ぃ?」
なぜ彩音のベッドにいるのかと一瞬疑問を持つも、彩音を待っていたことを思い出すがそれはそれで問題がある。
時計を見ると1時を回っている。ゆめが部屋に来たのは22時頃なので三時間も経っていることになる。
だが、部屋の電気はつけっぱなしで彩音も戻ってきていない。
彩音は遅くてもこの時間までには寝ているので、これは普通の出来事ではなく。
「……彩音?」
ベッドから抜け出たゆめはぺたぺたと足音を立てながら再び部屋を出ていく。
三人の部屋につながるリビングは電気が消されており、二人がいないのは明白。
(……どこにいる?)
状況から推理するに心あたりの場所は一つで、ゆめはまっすぐにそこへと向かっていくと。
「あ……んぁ、ちょ、っと……んぁ」
「ちゅ。ぱ……む、んふ……あ、はぁ」
「……っ!」
美咲の部屋に近づくだけで艶めいた声が聞こえてきて一瞬足を止める。
何が起きているか、は鈍いゆめといえど考えるまでもなくて胸の内に様々な感情が湧いてくる。
普通なら翌日の朝はともかくこの場では身を引くものかもしれないが、ゆめは躊躇なくドアを開けた。
「っ!」
中の二人は突然のことに身体をびくつかせる中ゆめはまっすぐにベッドへと向かっていく。
「……なんで二人でエッチしてる」
しわになったシーツと汗ばみ絡み合う二人の体を交互に見てから頬を膨らませた一言。
この三人でなければそうそう起きえないシチュエーションだ。
「えーと……」
とはいえ、いくら美咲と彩音といえど盛り上がってる最中に乱入された経験は少なくすぐには言葉が出てこない。
「……彩音は今日私とするはずだった」
混乱から抜け出ていないままゆめは自分の都合を伝え、さらなる混迷へと引き込む。
「ふーん。約束があったのに私のところに来てくれたってこと? 彩音にしてはやるじゃない」
彩音に押し倒されたままの体勢で美咲は頬を軽く撫で、ゆめを挑発する。
「え、と……いや、約束した記憶はないんだけど」
「……私が勝手にそう思ってただけ」
「え……それならなんでゆめ怒ってんの? 怒ってるよね?」
「……怒っている」
「え、と……」
彩音には自分が悪いなんていう考えはなくまた事実ではあるが、とにかくゆめが(理不尽に)怒っていることは察してとりあえずと美咲の上からどこうとするが
「んっ……っ」
美咲が首の後ろに腕を回してきてそれをさせない。
「え、えーと、とりあえずゆめがなんであたしとするつもりだったのか教えてくんない?」
美咲に文句を言いたい彩音だが、美咲のいたずらな部分を今は相手にしてる場合ではなく直近で怒っているゆめへと声をかける。
「……彩音が寂しがってるはずだから」
「ん? あたしが寂しがる? なんで?」
「……最近私が美咲とばっかりいるから、彩音は寂しいはず」
「あー、確かにずっと一緒だったよね。でも二人が仲いいのはいいことじゃん。別に寂しがることなくない? まぁなんとも思わないかって言ったらそういうわけじゃないけど」
「……………………」
きょとんと彩音は本当に心当たりが無さそうで、それがゆめプライドを刺激する。
このままなら怒りを爆発させて彩音を突き飛ばし、逃げていくところだったかもしれないが。
「ゆめ」
共犯者である美咲の声に思いとどまる。
「こいつはこういうやつなのよ。良くも悪くもね」
「へ? どういうこと? あたし何も悪いことしてないでしょ」
「…………」
美咲の言うことはゆめにもわかっている。
彩音はゆめと美咲が仲いいことは100パーセントいいことで、嫉妬するようなことにはならないのだ。
それは彩音の良さであることは間違いないし、彩音の言う通り悪くなんてない。
価値観の違いでしかなく、ゆめや美咲が怒ることではないのだが、それでも恋人に寂しがってもらいたい、求めてもらいたいという気持ちがあるのは止めようがなくて。
「………彩音の馬鹿」
結局子供じみた独占欲を露わにし、三人で交わる夜を過ごすことになるのだった。