「……………」
綺麗な、夜空だ。
彩葉はバルコニーで空を見上げながらそう思った。
透き通った空気の中、空に輝く星々は悠然と存在を示している。
その存在が孤独であろうとも。
「はぁ……」
傲慢にも自分と星を重ねながら吐いた息は白く霞み夜に吸い込まれていくが、彩葉の心にあるものはそうはいかない。
(……別に、寂しいわけじゃない………はず)
自分の中にはいろんな自分がいて、それを再認識しているだけだ。
「いーろは、さん」
ガバッ
「ひゃ!?」
複雑な心持ちになりながらも空を見上げていた彩葉は背後からいきなり抱きつかれて驚いた声を上げる。
「わっ、つっめた」
それが、誰だかは一瞬でわかったが、背後から抱き着いてきた人物は一瞬くっつけた頬を離すだけで抱きしめるのをやめてはくれなかった。
「ゆ、優衣さん、な、何してるんですか」
「貴女に抱き着いてるところね」
「そ、そういうことではなく……と、とりあえず離れてください」
「あら? 抱きしめられるのは嫌?」
「嫌とかでは……と、とにかく」
「はいはい、わかったわ」
優衣は名残惜しそうに彩葉を解放すると振り向いてきた彩葉に微笑みを浮かべた。
「何の、御用でしょうか?」
彩葉を見つめる視線は年上独特の優しさがあって、それが彩葉を落ち着かなくさせる。
「ちょっとお話しない?」
「かまいませんが」
「ありがと」
なぜか礼を述べると優衣は彩葉の隣でバルコニーの手すりに寄りかかる。
「……………」
「…………………あの?」
話をしないと言っておきながら黙ってしまった優衣に彩葉は首をかしげるが
「貴女って、麻理子さんが好きなの」
「は?」
優衣はあまりに予想外なことを尋ねてきた。
「だから、麻理子さんのことが好きなの?」
「いえ、聞こえてはいますが……」
「そ。で?」
(な、なんなの? いきなり)
こんなことを聞かれる理由はどこにもない。少なくても彩葉自身はそう思っているが、心のどこかでは他人からはそう見えたのかと考える自分もいた。
「……好きか嫌いかであれば、もちろん好きですよ」
そして、そんな自分を見つけてしまった彩葉はその自分に誘われるままに言葉を発した。
「そう」
「でも、優衣さんが言っている意味で好きかは……わかりませんね」
「……そう」
優しい声でうなづく優衣。
「麻理子がまたちゃんと笑うようになってくれたのは嬉しかったです。ただ……さみしくはなりましたね。正直」
今度はそんな優衣に導かれるかのように今まで心の中にいることすら気づかなかった自分の気持ちを伝えていく。
「別に、それを寂しいと思ったわけではないですけど……いえ、まぁ、寂しかったんでしょうね」
強がりを混ぜようとしているはずが、勝手に本音のほうを吐露していってしまう。それが誰かが聞いてくれているからなのか、優衣だからなのかはわからない。
「……クリスマスが近づいて、去年さみしかったことを思いだして……今年は一緒に過ごしたかった。麻理子の邪魔をするのはわかってたけど、また麻理子と仲良く慣れたのを忘れたくなくて……クリスマスに誘って……」
ただ、確かに優衣はそこにいて彩葉を見守ってくれていた。
「……今思えば、区切りを探していたのかもしれませんね。断られれば、そこまでで、もしそうじゃなくてもこれで最後に……あぁ、こんなことを思っているということは……」
そして、誰のおかげだとしてももしかしたら一生気づくことのなかったかもしれない自分を正面から見つめられた。
(……もっと、早く貴女に会いたかった)
その自分にそう言葉をかけ
「好き、だったんでしょうね。麻理子のことが」
優衣にはドライな声を出した。
「っ!?」
その瞬間。また、彩葉は人のぬくもりに包まれる。
「……よしよし」
背の高い優衣に抱きしめられながら軽く頭を撫でられた。
(……私はそんなに、わかりやすいのか……)
以前もこんなことがあった。麻理子をはるかに託したときのこと。あのときも自分ではなんでもないように振る舞っていたはずが、こんな風に優衣に抱きしめられた。抱きしめてもらった。
優衣は彩葉の見せようとしていない心の内をわかってくれて
(………違う、か)
自分では何事もなく言ったつもりだった。
だが、冷たい風が頬にあたって自分が涙を流していたことに気づく。
それに気づいた彩葉は………
「っ……く、ひっく」
始まった瞬間に終わった恋に涙を流し続けた。
それに気づかせてくれた人のぬくもりに抱かれながら。
いつしか、自分でその腕を抱きしめるまで。
ノベル/はるか TOP