突然、それはあまりに突然のことだった。
もはや、いつもといっていい佳奈との秘密の時間
その日も、佳奈から電話があっていつものように美愛の部屋での密会。
部屋に来てからもいつもどおりだった。
話して、佳奈のもってきたお菓子を食べて、【恋人】のようなことはしなかったが、それも会ったときに毎回ではなかったのでやはり美愛には佳奈のことがいつもに感じられた。
いつもどおりの、【恋人】として過ごした禍福な時間。
だったが……
時間も遅くなり、そろそろ佳奈が帰る時間になる頃それは唐突に訪れた。
「ねぇ、美愛さん」
「どうしたの? 佳奈ちゃん」
「…………私たち、もう終わりにしましょ?」
「え……?」
突然、告げられた別れの言葉。
それを佳奈はあっさりと口にした。
「あ、の……佳奈、ちゃん……?」
美愛は目を丸くしてそれを理解しようとするが、あまりにも予測できていなかった事態に脳がついていかない。
「だから、もう会わないようにしましょうっていってるんです」
佳奈はそれをわかりながら、あえてそのことに目をつぶりもう一度同じ趣旨の言葉を繰り返した。
「え、ど、どうして……?」
(まさか……愛歌、に……?)
始めに浮かんだのはやはりそのことだった。
もしかして、愛歌にばれたのだろうか? 愛歌が何か佳奈にしたのだろうか? もしそうなら、愛歌はこれから何をするのだろう……? 何をしてくるのか、何をさせられるのか……
体中にいいし得ない不安が駆け巡ったが、次の瞬間には少しだけ冷静になった頭がそれを否定した。
もし愛歌に佳奈との関係がばれているのであれば、今頃ここでこんなことをすることすらできないはずだ。
それほど愛歌は異常なのだから。
(じゃあ……どうして……?)
「…………」
佳奈はどうしてとの問いに沈黙を見せる。
せつなそうに美愛に視線を送り、少しだけ何かを考えるような素振りをした。
「…………まぁ、いいじゃないですか。そのことは」
「そんな、でも、こんな急に……」
「気にしないでっていっても無理でしょうけど、あんまり気にしないでくださいよ。美愛さんだって、そのほうがいいでしょ?」
「っ、それは……」
核心をつかれた問いに美愛はひるむ。
それはそのとおりではある。確かに、今のまま佳奈との秘密の関係が続くのがいいとは思っていなかった。
しかし、こんな唐突にその終焉を告げられてしまうのは逆に不思議を通り越して不安になる。
「……とりあえず、そういうことですから。それじゃ……今まで……ううん、やっぱりやめますね。……さようなら、美愛さん」
「佳奈ちゃん、まっ……」
て、と続ける前に佳奈は美愛に背を向けると部屋を出て行ってしまった。
わけが、わからなかった。
あまりのことに佳奈を追いかけることもできなかった美愛は一人となった部屋で佳奈のことを考えていた。
呆然とテーブルの前に腰を下ろした美愛は佳奈があんなことを言ってきた心あたりを必死に探していた。
しかし、いくら考えてもいきなり終わりにしようといわれる理由は思いつけない。
「なんで……?」
美愛はふとテーブルの上に視線を移す。
そこには、今日佳奈が持ってきてくれたケーキの容器と美愛がそのために出した食器や紅茶のためのカップが置かれている。
思い起こせば、今日の佳奈は確かにどこかおかしかった。
いや、正確に言えばおかしくなかった。今日に限らず、最近の佳奈はまるで普通なことが多かった。
普通の、【恋人】か、もしくは【友達】としての振る舞いが多かった。
関係が始まった当初の狂気を感じることも少なく、キスなどの回数も減っていた。ただ、あくまで減っていただけでなかったわけではないので、そのときにはあまり気にすることではなかった。
おかしくないというのがおかしいのも妙な話だが、思い返せば前兆みたいなものはあったのかもしれない。
だが、そんなものがあったということを今さら事後確認のように思い当たっても疑問の解決には一切つながらない。
「意味わかんない……」
言葉にしたところで無駄だということはわかりきっていても言葉になってしまう。勝手に言葉が出てしまう。それほどまでに理解不能な出来事だった。
好き、好きといわれていたはず。今までそれほど深くそのことを考えていなかったが、【フられた】今からすれば、確かに、そこからおかしくはあった。本当に好きなのかと疑うような場面はいくらでもあった。
好きという割には行動がおかしなところは多々あった。だが、その意味を考えたことはなかった。
好きといわれたことにうぬぼれていたわけではないはずだが、佳奈のことを何も知らずただ流されてしまっていた。
(そういえば、私佳奈ちゃんのことほとんど知らない)
好きな音楽や、服、アクセ、テレビ、食べ物、趣味などの話はしたがそういった表面的な部分以外で佳奈のことをよく知らない。
流されるがままにされ知ろうともしなかったのは自分ではあるが、今さらながら本当に異常な関係だったのだと思い返す。
「……このままじゃ、ダメよね」
美愛は自分に言い聞かせるように呟いて、ベッドの上においてあったケータイをとった。
電話帳から佳奈の名前を探し、後はボタン一つで電話がかけられる状態にして一端、混乱しきっている頭を整理するように目を閉じた。
今回のことにおそらく直接愛歌は関わっていないとは思う。直感ではあるが、もし佳奈のことに何か気づいたのであれば、それを自分が知らないはずはないという自負というか、自覚が美愛にはある。
原因は佳奈か、もしくは美愛自身なのだろう。
そして、心あたりを思いつけないのなら結局は聞くしかない。
気にしないでとは言われたがそんなの無理に決まっている。
納得をしないで、このまま佳奈と離れてしまえば心にしこりを残す。
佳奈を知らなくてはいけない。
「すぅ……」
美愛は一つ息を吸い決意を固めると、通話ボタンを押して佳奈に電話をかけた。
「……はい」
「っ!?」
かける前には電話に出てもらえるのかをまず不安に思ったが、電話を取られるのは早かった。まだコールが二回目のうちに佳奈は電話を取った。
「か、佳奈ちゃん。私。あの、さっきのことだけど……」
「……やっぱり、かけてきたんですね」
「え?」
佳奈の言い様に美愛は余計に混乱する。
「たぶん、電話してくるかなって思ってました」
「あ、の、どういう意味?」
佳奈の受け答えに美愛はさらなる混乱に陥る。ますます意味がわからない。
なんで? いったい佳奈ちゃんは何を言ってるの? 何が言いたいの?
「えと、あの、佳奈ちゃん……」
疑問は次々に浮かんでくるが、あまりにも疑問ばかりで頭が埋め尽くされすぎてうまく言葉にすることができない。
「美愛さん、今からまた会いに行ってもいいですか?」
「それは、もちろん、だけど……」
むしろ、きちんと会って話がしたい。この不可解すぎる行動について。
「それじゃあ、すぐに行きますね」
「え、えぇ待ってるわ」
ピ。
美愛がそう答えると電話は佳奈のほうからあっさりと切られた。
「…………」
通話が終わり静かになった部屋で美愛は頭を抱える。
(なに? 何なの? いったい)
佳奈ちゃんは何がしたいの?
今までだって不自然な行動はたびたびあった。しかしそれは、なんというか美愛を困らせるというか、美愛の気持ちを確かめるためであって不自然ではあっても目的は見えていた。
だが、今は不自然ではなく不可解だ。
「佳奈ちゃん……」
美愛は頭を悩ませながら、その原因となった相手を待つのだった。