私にとっての先輩っていったら【先輩】。可愛くて、いじわるで、ちょっと困ったこともあるけど大好きな私だけの【先輩】のことをさす。
先輩は私のものだし、私のこと大好きだし、そもそも最初から先輩から色々してくれたり、積極的に話しかけてくれたりしたのもあって、敬語を使っている以外じゃ年上で学校の先輩っていうのを意識することはない。
だけど、普通学校の先輩なんていったら少なからず緊張もするし、何を話したらいいかわからないし、緊張で口が回らなくもなる。特に、部活もしてなければ委員会でも同級生としか付き合いのない私はなおさら先輩になれてない。
だから、今私はどうすればいいのかわからずある先輩の前で困惑してしまうのだった。
それは、先輩が私のことをはるかさんと呼んでくれるようになってから少したった頃だった。今日も今日とて先輩に会いに行こうとしていた私はその、保健室の入り口である人と出会った。
この人は保健室の入り口でまっていたかのようだったので、偶然というよりは私を待っていた感じ。
「こんにちは、遠野さん」
その人、先輩のクラスの委員長さん。確か名前は……彩葉さん、だっけ? 幼馴染、って言ってた。
「えっと、こんに、ちは」
彩葉さんはにっこりと笑いかけてくれたのに対して私は、しどろもどろになってどうにか挨拶だけは返した。
「ねぇ、今から少しいい?」
「?」
「あ、麻理子には許可……っていったら遠野さんに失礼でしょうけど麻理子には借りるって言ってあるから」
「えっ、と」
不思議な笑顔をたたえている彩葉さんだけれど、私は急に言われても返答に困ってしまう。
私はいきなり話すことなんてないから、正直言って断りたいって言う気持ちは結構ある。けど、先輩に話がついているんじゃここで断ったところで意味はないような。
先輩以外の先輩と二人きりになるなんて、嫌というか困る。
でも、この人が先輩の幼馴染なら先輩のことをいろいろ聞けるかも。なんだかんだで先輩のことよく知らないままなんだし。先輩はあんまり話してくれないし。
「……遠野さん? いいとかやだとか言ってくれないと困るんだけれど?」
「あっ!? す、すみません」
「別に怒ってはないけど、ふふ。麻理子の言ったとおりね」
「? 何がですか?」
というか先輩何かこの人に私のこと話したってことなのかな。
「気にしないで、それで結局時間いい?」
「あ、はい」
結局困惑は変わらないままだけれど私はなんとなくうなづいてしまった。
彩葉さんが連れてきたのは学校から近くの小さな公園。時間も時間なだけあって、小さな子供たちが遊んだりしているけど、私たちのような学生はいなくて、彩葉さんは迷うことなくたまたま空いていたブランコによっていくとそこに座った。
「あなたもどう?」
「い、いいです」
この年になって、しかもスカートでなんかブランコにのれないよ。
「そう」
彩葉さんはそういうけど、彩葉さんも別に漕ぎ出すことはなく足をぷらぷらさせるだけ。
「麻理子なら一緒にのってくれるんだけどね」
(むっ)
いきなりそんなことを言われて私は顔をしかめた。
なに、いきなり? 私が先輩のところに行こうとしたら、こんなところにつれてこられて、しかも自慢? 大体、よく考えたら先輩が私のこと連れ出していいなんて本当にいったの? もしかして、この人が勝手にいっただけじゃ……
「ふふ? 何を考えているの?」
「べ、別になんでもありません!」
思わず声を大きくした私を彩葉さんは笑顔ながらも値踏みするように見つめていた。
「それで何か用ですか?」
それにどこか居心地の悪さを感じた私は早口にまくし立てた。
「用ってほどじゃないんだけれど、ちょっとあなたと話したかったの」
私は別にありません。とは思ってもさすがに口にはだせない。
「にしても、ほんと麻理子の言ったとおりね。あなた」
「っ……」
また、そういうことを言う。
「話すん、ですか先輩と」
「そうね、まぁ毎日話してはいるわ」
……私だって毎日話してますよ。お休みだってちゃんと電話するし。
「この前の日曜は遊びにもいったし」
「っ!」
過剰反応してるっていうのはわかってるでも、なんかこの人……
私はどんどん不審を高めながらじとっとした視線を向ける。
「っく、っくく」
なのに彩葉さんは楽しそうに笑いだした。
「ごめんなさい、ちょっとからかっただけ。許してね」
「はぁ……?」
「今言ったのは嘘じゃないけどあなたの心配するようなことはないから安心して」
「心配……?」
「私と麻理子のこと心配してたんじゃないの?」
「あ、まぁ……少し」
なんだか急に雰囲気が変わって毒を抜かれたような気分。
「私と麻理子はそういうのじゃないわ。聞いたかは知らないけど、幼馴染なだけ」
「それは、聞きましたけど」
「そう。ま、それで今日は本当にあなたと話したかっただけ。麻理子にふさわしいか、どうか、ね」
「っ。結局先輩のこと、どう思ってるんですか」
「好きよ」
「っ!!」
「この世で、二番目くらいには。ちなみに一番は私」
「それって、先輩のことが一番好きっていってるじゃないですか」
「そうね。けど、幼馴染以上には思ってない。これは本当」
「…………信じろっていうんですか?」
今までの感じからしてとてもそんな風には思えない。どう考えてもこの人は先輩のことが好きで、だから今私に自慢したり、変なこといって挑発してきてるようにしか思えない。
「なんだか、怒らせちゃったみたいね。じゃあ、本題に入るわ」
今までどこかふざけたような感じをさせていたのに今はぷらぷらとさせてた足を止めて、ブランコの鎖を握る手に力を込めて私を見上げてきた。
「麻理子のこと、好き?」
単純な質問。これ以上ないほどに明快な問い。
その意図はわからないけど。
「好きです」
私の答えは簡単。この人が何を考えていても、この質問にどういう意味があっても、たとえこの人が先輩のことを好きなんだとしても。
私は先輩が好き。
それを告げるのに何の迷いも必要なかった。
「…………」
彩葉さんは私の答えに何も言い返さないでただ、私のことを見上げてきた。
はっきりと目を開き、漆黒の瞳で私を見つめてくる。なぜかそれに何かを試されているような気分になって居心地の悪さを感じた。
けど、そう感じた私はなおさら強い目で彩葉さんを見返した。
「…………」
小さな子供たちのはしゃぐ声が響く公園でここだけ異質な空気を漂わせる。
「そう」
しばらくすると彩葉さんは小さくそうつぶやいた。
「なら、麻理子に応えてあげて、力になってあげてね」
「は、い?」
何が、言いたいんだろう。優しい響きをもった言葉に私は首をかしげながらうなづいたけど、心の中ではその意味を考えていた。
「話はそれだけ。それじゃ、ごめんね。時間とらせちゃって」
「え?」
拍子、抜け。
私がぽかんとしていると彩葉さんは優しそうな顔で微笑むとブランコから立ち上がってお尻をパンパンと払った。
「あ、麻理子は帰ってると思うから、あなたも早く帰ったほうがいいと思うわよ」
そのまま、今来た道を引き返そうと歩き出す彩葉さん。
「あ、ま、待ってください」
それを呼び止めてしまう私。
「何?」
「あ、の。先輩のこと、本当はどう思ってるんですか?」
「だから、幼馴染よ。ただの」
「そ、それだけには思えないです」
「……それだけなのよ、私は麻理子の幼馴染。それだけ、それ以上はありえないわ」
どこか違った。今まで私を目の前にしながらもどこか遠くから見ているような感じだったのに、今は私の前で本音を見せてくれているような気がした。
本音……そこにある気持ちはわからない。
「それじゃあね。遠野さん」
「あ……」
知ってる。この人は何か私の知らない先輩を知っている。
確信めいたものを感じながらも、彩葉さんが何を隠して、何を思っているのかわからなかった私はただその背中を見つめるだけだった。