いつのまにかベッドっていうのは私にとってなじみ深いものになっていた。
それはもちろん先輩のおかげ。おかげっていう言い方も変かもしれないけど、先輩と付き合うきっかけも関連してるんだからやっぱりおかげかも。
ただ、基本的に私がベッドにいるわけじゃなくて、先輩がいるベッドのそばに私がいることが多い。もちろん、一緒のベッドで過ごすこともあるけどそれは多い訳じゃない。
まして、私だけがベッドにいるのは珍しいって言っていいほうだった。
「こほ……」
軽く咳をする。すると、のどが痛みを訴え、体が少し震える。
それだけじゃなく、頭も痛いし、ちょっとぼーっとする。
まぁ、風邪を引いてるってこと。特に不摂生な生活を送ってるわけじゃないけど、引いちゃうときには引いちゃうもの。
そんな感じで私は学校を休んで今日一日ずっとベッドで過ごしていた。
親も出かけてるから誰とも会話することなく退屈な一日を過ごしたけど、ちょっとだけ楽しみもある。
午前中にそれを知って風邪でつらいにもかかわらずちょっとにやっとしちゃって、お昼くらいから徐々にわくわくしてきて、学校に行ってれば放課後になる今はもう待ちきれないっていった感じ。
だって、
「あ………」
それを心で思おうとした瞬間、ケータイ電話がなってすぐに相手を確認した。
相手なんてわかってたけど、それでもそこに先輩の名前が表示されてるのを見て私は多少の苦しさなんて吹っ飛んじゃうくらいに嬉しくなった。
「はぁ〜、はるかさんのお部屋、ひさしぶりですねぇ」
制服のまま来てくれた先輩は私の部屋に入ると楽しそうに部屋を見回す。
「あ、あんまり見ないでください」
散らかってるわけじゃないし、変なものがあるわけでもない。ごく普通の女の子の部屋だって思うけど、やっぱりみられるっていうのは緊張しちゃう。
ましてそれが好きな人ならなおさら。
「あ、そうだ。今お茶を……」
なんて、なんとなく空気に堪えられなくなって私はそんなことを言いだすけど
「いえいえ、はるかさん。私がお見舞いに来たのにおもてなしされてどうするんですか。はるかさんは寝ててください」
先輩にしてはめずらしく正論を言って来て、そのままベッドへと連れ込まれた。
「お茶なんかより、お見舞いの品があるんですよ」
言うと先輩はベッドに腰を下ろしながら持っていたコンビニの袋からごそごそと何かを取り出し
「じゃーん。ラムレーズンアイスです」
高級なアイスのパッケージの容器を取り出した。
「あ、ありがとうございます」
私はそれを見ながら本音でそうは言ったけど、ちょっとした疑問を持つ。
(なんでラムレーズン?)
嫌いじゃないけど、少なくても好きって言った覚えはない。レーズンなんて人によっては苦手っていうのもあると思うし、不自然と言えば不自然な選択。
「あ、なんでラムレーズンかは気にしなくてもいいですよ。お約束というやつです」
すると先輩は私の思考を呼んだようにそんなことを口にする。
「まぁ、わかる人だけわかればいいのですよ。こういうのは」
「はぁ……?」
多分、またゲームとか漫画の話なんだろうな。それは事実なんだけど私はそれを知ることなく、それよりなんとなく気になっていたことを先輩に問いかける。
「あの、どうしてこっちに渡してくれないんですか?」
お見舞いの品っていうくらいだから私が受け取るのが当然のはず。なのに、先輩は私に渡してくれないどころかすでに開けてしまっていた。
(まぁ、なんとなく想像はつくけど)
だって、先輩だもん。
「え? それはもちろん」
先輩は嬉しそうに笑うとスプーンでアイスをすくって
「はい、あーん」
(ほら、やっぱり)
予想通りのことをしてきた。
先輩がお見舞いに来てくれるって言ったときからこんなことするような気はしてたもん。
だって、先輩なんだし。
もうこのくらいなれちゃってて
「あーん」
素直に私は大きく口を開くと先輩が持ってくれているスプーンからアイスをほおばった。
「ん……おいしい」
口の中で甘くとろける感触。それももちろんだけどやっぱり先輩にあーんしてもらえるっていうのはなによりの調味料になる。
「むぅ……」
ただ、対照的に先輩はちょっと期待外れといった反応をする。
(多分、私が恥ずかしがらなかったことが面白くないんだろうなぁ)
困ったことに先輩って私のことを困らせるのが好きみたいだし。
「先輩? どうしたんですか。もっとくださいよ」
それがわかる私はあえてそんな風に催促してみた。
熱にうなされ、情熱的に潤んだ瞳で。
「っ!!?」
それに先輩が思わぬ衝撃を受けたことには気づかず、珍しく【上】の立場から私は先輩を見下ろせるのを心地よく感じて先輩のことを見つめた。
「……それじゃあ」
少し不自然な間あったのは気になったけど先輩は再びアイスを掬うと私の口元に持ってきて
「あーん」
と言ったのは私だけ。
「あ……」
アイスを食べるために閉じた口はむなしく空を切る。私の口の中に入るはずだったそれは、瞬間先輩の口の中に吸い込まれていった。
(むっ)
ちょっと、そう思う。
もう、いくら少しからかったからってこんなしかえししなくてもいいのに。
そりゃ、先輩がしてほしかったことはわかる。どうせ、私があーんを恥ずかしがってなかなかしなくて、でも……先輩のためならとか言うのを期待してたんだと思う。
でも、こうするのだってある意味先輩のことをわかってるって証なんだから、こんないたずらをされるなんてちょっと心外。
(あ、でももしかしたら……)
それだけじゃなくて、私がなかなかアイスを食べなくてそのうちとけたアイスが私の体にたれてきて、それを……
(な、何考えてるの!?)
い、いくら先輩でもそれはないってば。
とまぁ、こんな感じで私は先輩のことを一切見てなかった。
よく考えれば先輩がこんな幼稚ないたずらをするわけがないのに。
「ひゃるか、しゃん」
名前を呼ばれたことに気づいて顔をあげる私だけど、それはすでに遅かった。
「んむ!?」
口に冷たい感触。それと、その後ろから先輩の暖かな舌。それが押し付けられるように私の唇に迫ってきて私は無意識に唇を広げてその冷たいもの、アイスと先輩の舌を招きいれた。
「ん、ちゅぱ。はぁ……くちゅ」
そのまま先輩の舌がアイスと一緒に絡まってきて、最初はアイスの味を感じていたのにいつしか冷たさがなくなっていろんな甘さだけを感じるキスになった。
「ふぅ……はぁ、ちゅく……ちゅぷ……はぁ」
いつのまにか指まで絡めていたけど、アイスの甘さがなくなると先輩が唇を離した。
「はぁ……」
私はあまりに甘いキスの余韻に浸っていたけれど、すぐに我を取り戻す。
「って、な何するんですか!?」
恥ずかしさに真っ赤になって先輩に食って掛かる。
「何って、はるかさんが誘ってきたんじゃないですか。もっとって」
「そ、それは、アイスをという意味で……」
「だから、アイスをもっとあげたんですけどねぇ」
くすくすと楽しそうに笑う先輩。
本当に楽しそうで、嬉しそうで。……私の大好きな先輩の姿。
それに見とれてて
「それじゃ、もう一口」
またアイスをほおばる先輩に唇を奪われる。
そして結局こんな食べ方をしちゃったせいでアイスは半分も食べられなくなっちゃったのだった。