最近、私はおかしい。

 おかしなことがある。

 理由もわからないのに、顔が赤くなったりする。

 それだけじゃなくて、時には動悸までするときもある。

 それもある人の前にいるとき限定で。

 一体、私はどうしちゃったのだろう。

 

 

 今日も私は保健室に足を運ぶ。

 なんだかもうこれが当たり前にさえ感じてくる。ここに来ると、【おかしさ】が余計高まるのに気づくと足が向いていた。

「失礼しまーす」

 軽くノックをして、挨拶をして中に入る。それからまっすぐに薄い青のカーテンにさえぎられたベッドに向かっていって、先輩に挨拶をする。

「先輩ー、来てあげましたよー」

 カーテンを開けながらそういった私は予想外の出来事に歩を止めた。

「あれ? 先輩……」

 いつもなら、ベッドに座って笑顔で私を迎えてくれるはずの先輩から今日は言葉がなかった。

 それもそのはず。

「くぅ……すー」

 先輩はめずらしくベッドで横になって寝息を立てていた。規則正しく、胸を上下させながら穏やかな顔で寝ている。

「…………」

 私はなんとなくベッド脇に備えてある椅子に腰を下ろしてそんな先輩の姿を見つめた。

(………………)

 ドキドキ。

 やっぱり、先輩の前に来ると胸が高鳴ってくる。先輩と話すときは感づかれないように装っているつもりだけど、自分じゃドキドキしてるっていうのを意識しちゃってそれがまた新たなドキドキを生む。

 でも、こうやって眺めているだけでもそうなっちゃうのは重症かもしれない。

「そういえば、先輩の寝てるところ見るのって初めて……?」

 不意にそんなこと思った。

 普通、保健室に生徒がいるのなら寝るというのは自然なことかもしれないけど、先輩は普通じゃない。

ここにはただ……

 そういえば、先輩がなんで保健室にいるのが結局わかんないや。

 まぁ、いいけど。気になるけど、もしかしたら先輩だって話したくない理由があるのかもしれないし、あんまり突っ込むことでもないのかもしれないし。

(…………)

 ドキドキ、ドキドキ。

 することもないのにただ先輩を見つめてるとどんどん胸が高鳴ってくる。特に先輩の顔を見ていると胸だけじゃなくて顔まであつくなってくる。

 均整の取れた小顔にほっそりとし長く整えられた睫毛……薄赤くて、柔らかな唇。

 …………ほんとはわかってる。

 なんで先輩の前にくるとドキドキするのか、先輩の顔を見てると顔が赤くなってくるのか。

 わかってる。

 それは……

 この前のあれを思い出しちゃうから。

 テスト勉強を見てもらったお礼にさせられた、あのジュース。

 あれのせい。

 あんな恥ずかしいことさせられたせいで先輩のことをみるとそのときの恥ずかしさが蘇ってくる。だから、顔が赤くなっちゃうんだ。

 っていうかそれ以外に先輩相手にこんな気持ちになる理由あるわけないし。

「すぅー、すぅ……」

「にしても、よく寝てるな」

 なだらかな胸を規則正しく上下させて、心地よさそうに寝息を立てる先輩。

 おきていれば何かと私を困らせる先輩もこうしてれば、なんていうか……可愛いものだ。

大人しい先輩。

「…………」

 じぃっとそんな先輩の姿を見てたら、私の心の中にちょっとしたいたずら心みたいなのが生まれてきた。

 私はカーテンを閉めて、ベッドが回りから見えないようにすると、先輩の顔を覗き込んだ。

 どくん、どくん。

 胸が高鳴るけど、今はそれも気にしない。

「ねてるんだし、いいよね?」

 私は誰にいうわけでもなくつぶやくと先輩の顔に向かって手を伸ばした。

(………ううう、なんでこんなことしようとしてるんだろ)

 なんだか突発的にしてみようかなって思って、手を伸ばし始めたけど改めて考えると勝手にするのは悪い気もするし、なによりしたいって思った自分がわからない。

「ま、まぁ、ちょっと触るくらいなんだから、いいわよね? うん」

 いつも先輩には困らせられてるんだし、これくらい。

 私は先輩の顔の前で止めていた手をもう一歩伸ばして、

 さわさわ。

 先輩のほっぺに触れた。

「あ………」

 思わず、触れたそこは思ったよりもやわらかくて

「うわぁ、すべすべー、すごーい」

 なんだか触ってるだけでこっちが気持ちよくなれちゃうくらい、手触りがいい。

「いいなぁ、先輩、可愛いし、肌もきれいでこんなに手触りもよくて」

 なんだか、ずっとなでてたくなってきちゃう。

 ほっぺを中心に上へ下へと縦横無尽に先輩を攻め立てていく。先輩は寝てるから当たり前だけど抵抗もなしに私にされるがまま。

「ふふふふ」

 先輩を好き勝手にできるのは楽しい。いつもこっちが遊ばれる立場だからその反動なのかも。

(にしても………)

 やっぱり先輩といると、胸のドキドキがとまらない。それどころかこんな風に触ってると余計に鼓動が大きくなってくる。

 特に意識しちゃう顔を触っているからって思うけど、さわり心地がいいせいか手を離そうって思えない。

「ん、……」

 私は半歩前に出て先輩の顔を上から覗き込んで改めてほっぺに手を添えた。漫画とかでお姫様がされるように。

 ドクン。

(っ………)

 先輩の顔を真正面から見つめてほっぺに手を添えた途端、胸が今までになく跳ねた。本当に今まで経験したことないほど。

 飛び出すくらいに。

 ドクン、ドクン。

(あ、やっぱり、……先輩って可愛い、な)

 ……私、なに考えてるんだろ。

 やだ、顔すごく熱い。

 どうして?

 こんなに近くで見てるから、あのジュースのこと思い出しちゃってるの? ううん、あの時よりも胸がうるさいし、顔は真っ赤になってる気がする。

 だって、もう目の前に先輩の顔があって……

「ッ!!?

 私はいつのまにか先輩の真上から覆いかぶさるように顔を近づけていた。

 わ、私なにしてるの!? 

 私は我に帰って、先輩からすごい勢いで離れた。

「っはぁ、はぁ……はぁ」

 息をするのも忘れてたみたいで先輩から離れられた私は激しく呼吸をして息を整えた。

 その時、

「ん、……んー、んぅ?」

 先輩が目を覚ました。

 うっすらと目を開けると、気だるそうにベッドに体を起こして、ぼけーっと周りを見回した。

「んー、あれー? 遠野さんじゃないですかぁ。おはようございます」

 眠り姫はまだ寝ぼけ眼のまま私を見るとぼけーっと頭を下げた。

「あ、えっと、おはよう、ございます」

「ダメですよ、授業サボってこんなとこ来てちゃ」

「あ、いえ、もう放課後、ですけど」

 私はとりあえずと先輩に近づいていく。

 どきどき。

 さっき勝手なことしちゃってたせいもあってか、胸はまだ収まらない。ただ、今ほどじゃなくてもここ最近は先輩の前で動悸がするのはある意味普通だから、それほど先輩から見て不審じゃないとは思う。

「あれ? そうなんですか。んー、ちょっと寝すぎちゃいましたね。せっかく遠野さんが来てくれてたのに」

「あ、いえ……別に、気にしてませんから」

「にしても、放課後だっていうのにわざわざ私が起きるの待っててくれたんですか?」

「べ、別にそういうわけじゃ……ただ、先輩が寝てるところなんてはじめてみるなって思ったから、ちょっと見てただけで」

 余計なことを言ってるというのに私は気づかないまま、さらに余計なことを言ってしまう。

「な、何にもしてませんからね!?

 いう必要なんてあるわけないのに、勝手に先輩のほっぺを撫で回してたっていう罪悪感にもならない罪悪感に駆り立てられて私はそんなことをいってしまっていた。

「……で、なにしたんですか?」

 あんなこといってしまえばこんなことをいわれるもの当然。先輩は興味津々と言った様子で笑いながら私を見上げてきた。

「だ、だから何もしませんってば」

「いいですよ。遠野さんになら、ちゅーくらいなら許してあげます」

「し、しませんよ! そんなこと!

 先輩はただの友達なのにそんなことしたくなるわけない。うん、ない!

「んー、それは残念ですねー」

 ちっとも本気が込められてない様子でいいながら、先輩は私から目を離さない。

「あ、遠野さん」

 と、何かに気づいたように先輩は声を上げると

「ちょっと動かないでくださいね」

「え………?」

 ベッドにひざ立ちをして、私との距離を縮めてきた。

(え、え?)

 突然のことに翻弄されながらも先輩はどんどん近づいて、私の肩に手を伸ばして、顔を近づけてくる。

 それがどうしてかひどくゆっくりに感じられて、なにより

 ドクン!

 また、胸が跳ねた。

(な、なにするの?)

 不安と、期待………じゃない。期待じゃないけど、不安以外のなにかが湧き上がってきて、多分顔が赤くなるのが抑え切れてない。

 ど、どうしよう、先輩に赤くなってるのばれちゃう……

 そんなこと考えている間にも先輩はさらに近づいてきて

「はい、肩にごみがついてましたよ」

 私の肩に軽く触れると、肩についていたごみを見せてきた。

「あ、ありがとう、ございます………」

 漫画ならここでぷシューっていう効果音がしそうな感じで私は、強張っていた体を緩めて

「ふぅ……」

 なんともいえない息を吐くのだった。

 

 

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