ムグムグ。
あの日から、二日後のお昼、私は自分の机でお気に入りのミートボールを食べていた。甘いソースのかかったちっちゃなミートボール。お気に入りのはず。昔からこの子供っぽい味が大好きだった。先輩だって、前にあげたときおいしいっていってくれた。
なのに……
(まずい)
すごくまずく感じる。
「…………」
意識して箸を動かしてないとすぐに箸がとまる。そのくらい食欲がない。
私は目を細めてお弁当箱をじぃっと見つめる。
「はーるか」
机の上にドンと別のお弁当箱が置かれた。
「……惟」
見ると惟がお弁当箱を置いて、前の机の椅子を勝手に借りて対面に座った。
「一緒に、いい?」
「あ、うん……」
手早くお弁当の包みを開けて惟は食事を始める。
私はぼうっとそれを見つめるだけで、自分の箸を進めようとしない。
「今日もいかないんだ?」
探りを入れてくるような惟の言葉。
「……うん」
私はそれにうなずく。
そう、今日【も】私は保健室にいっていない。ずっとお昼は先輩のところに行くのが習慣になっていたのに。
昨日も、今日も行きたくなかった。
嫌、なの。行きたくない。……会いたいけど、会いたくない。だって、もしまた先輩が誰かと話してるかもしれないって思うと心が竦んで昼休みも、放課後も保健室に迎えなかった。誰かと話してたら、もし私よりもその人のこと優先されたら……
(……されたら……?)
されたら、なに? 何か、問題?
そりゃ、友達相手だって他の人優先されたらそんなに面白くない、けど、ここまで会いたくなくなるもの?
いや、でも、えっと……えっと……私は、先輩の友達、で……先輩は私のもの、だから……じゃなくて、先輩はずっと私としか話してなかったんだし、あ、そうじゃなくて、私以外の人と話すと先輩はなに言い出すかわからないんだから、私以外と話しちゃ、だめで……だから、ほかの人といると、先輩が変なこと言わないかって、心配なのかな?
「……るか。はるか!」
バン!
「へっ!? な、なに!?」
考え事していた私は惟の机をたたく音で我に帰った。
「だから、人の話ちゃんと聞きなさいって」
「き、聞いてるでしょ? なに?」
「なに? って聞き返してる時点で聞いてないじゃないの」
「え……? えーと……惟なにかいってたの?」
「ふぅ………」
惟はあからさまなため息をつくと、まぁ、いいわとまたため息をついた。
「あの先輩となにかあったの? って聞いてたの」
どくん。
胸が少し跳ねた。
ちょうど考えてたことをいわれて……先輩のことを言われて私は少しどきどきする。
「べ、別に……何もないわよ」
「ふーん、でも、あれだけ毎日行ってたのに、急に行かなくなるなんてなにか理由があるんじゃないの?」
「…………別に、私じゃなくてもいいんだよ、先輩は」
「ん?」
「ほかに、話す人いるなら私じゃなくてもいいでしょ」
無意識に言葉に、感情に棘がこもってしまう。
今まで先輩への不満を誰かに話したことのない私はそれまでなんだかんだで先輩だから仕方ないとか、先輩なんだから許してあげようとか思ってたのがたまってたのか無意識に惟に愚痴をこぼし始めた。
「大体、友達いたんならなんで今まで私のこと優先してたの? それに、お昼だってわざわざいってあげてたのに、無断でほかの人と会うなんてひどくない?」
抑えてたってほどじゃないけど、今まで先輩へのちょっとした不満が次々と出てきてとまらなかった。
箸を完全にとめてとにかく先輩への愚痴を述べる私。
「…………」
惟はあんまり口を挟むことなく、お弁当を食べながらそれを聞いて、
「……はるかさぁ」
一通り私が話しをすると惟はあんまりおもしろくはなさそうに私を呼んだ。
「なによ?」
「それって、つまり妬いてるんじゃないの?」
「は!?」
ポト、と思わず使わずにいた箸を落っことす。
「な、なな、なに言ってるの!!? せ、先輩はただの友達だよ!? なんでヤキモチ妬かないといけないの!? ありえないわよ!!」
やけに胸がドキドキが膨れ上がった私はそれに同調するように声も大きくなって大げさに反論をした。
周りが何事かってくらいに注目を集めても「先輩にヤキモチ」っていうありえないことに私は止まらない。
「な、なに? わ、私が先輩のこと好きだっていうわけ!?」
「べ、別にそこまでいってないでしょ?」
思いのほか私が反論してきたせいか惟は動揺している。
「っ。と、とにかく私が先輩のこと好きだなんて、ありえないから」
ありえない、ありえない、ありえない!! ありえるわけない!! 友達とは思ってても、好きだなんて絶対にない!
「だから、そこまでいってなくて、友達相手でも知らない人と自分と知らない人と仲良くされたら面白くないでしょ、ってそういうことがいいたかったの」
「あ、そう……?」
「私だって、はるかが保健室ばっかりいくのそんなにいい気分じゃなかったし」
「あ、えっと……ごめん……」
「別に謝らなくてもいいんだけどさー」
そ、そっか、そう、よね。うん、た、確かに友達相手だって知らない人と仲良くされたらうれしくはない。
(うん、そう、そうよ。ちょっと、本当にちょっとだけ、ヤキモチ……みたいなの思ったけどそれは、友達だから当たり前、うん、そうなの)
で、でもこんなこと先輩には絶対にいえないなぁ。また先輩のこと調子づけせちゃうだけだし。
「でも、さ」
「な、なに?」
自分の世界に入る一歩手前の状態だったけどどうにか惟の言葉に反応できた。
「なんか、そんなだとマジにあの先輩のこと好きに見えてくるな」
(ッ!!)
また、胸が跳ねた。
胸の中にある見つけられちゃいけないものを見つけられたような恥ずかしい気分になって体が妙な熱さが湧き上がってきた。
「そ、そんなわけないじゃない!!」
そして、またクラス中の注目を集めるように声を荒げてしまった。
「うっん……」
暗い部屋の中で私はベッドで寝返りをうつ。
「ううっん……」
ほとんど時間をおかずにもう一回。
「んぅー」
さらにもう一回。
「はぁ………」
今度は額に手を当ててため息。
(……眠れない)
今日は早めにベッドに入ったはずなのに私はもう何時間も寝返りをうったり、ため息をついている。
その原因は……
「………せんぱい」
この数日話しすらしてない先輩のことを頭に浮かべては、せつなそうに名前を呼ぶ。
妬いてるんじゃないの?
お昼に惟から言われた一言が耳を離れない。あの時は、友達だから少しくらいヤキモチ妬いてもおかしくないって思ったはずなのに、それが納得できてない自分がいる。
午後の授業からずっとこんなので、放課後に先輩に会いにいくなんてとてもできるわけもなかった。
(……先輩)
暗闇の中、ぼんやりと天井を見つめても先輩の顔が思い浮かんでくる。
先輩は今なにしてるんだろう……?
もう日付は変わってるし、寝てる、わよね? 寝る前はどんなこと考えてたんだろう……?
私のことを考えたりすることとかあったんだろうか……
(……なに考えてるんだろう)
こんなこと今まで考えてたことなんてなかったのに、今日はずっと先輩が何考えてたか、今なに思ってるのか、
……先輩が私のことどう思ってるのか、そればっかりを考えてる。
「先輩……」
……本当はわかってるつもり、ヤキモチ妬いてるの? って自分を疑ってるからじゃない。本当は……
わ、私が先輩のこと好きだっていうわけ!?
思わず、自分の口から飛び出したこっちのほう。自分でいったことのはずなのに、なんでこんなこと言ったのかわからない。
気づけば、言葉が漏れていた。
(好き、……私が、先輩の、こと……)
ありえない、ありえないわよ!
先輩はただの友達で……それに今まで散々困らせられてきたのにそんなことあるわけない。
そう、ありえるわけないって思ってるのに、一度心に住み着いたその疑問はどうやっても完全にぬぐえなくて、今もこうして私を悩ませている。
惟のいったとおり友達として、知らない人に盗られたっていうか……知らない人と話してるのを見て少しだけ、ほんとーに少しだけ、ヤキモチ妬いたかもしれないけど、それは友達だからで……先輩のこと特別だなんて思ってわけじゃない。
(……す、少しだけ、寂しいって思ったのは……認める、けど)
す、少しだけよ!? ちょっとだけ寂しいっていうか………その、……やっぱり寂しいって思ったけど、それは今までずっと一緒だったから、反動みたいなもので寂しいなんて思ったけど、それは友達だから。
友達、だから、なの……
(先輩は……寂しいとか、思って、ないのか、な?)
三日も話さなかったの始めて、なのに。
って……私のほかにも友達がいるんならそんなこと思うわけもないわよね。私しか話す人がいないならともかく、ほかに友達がいれば……別に、寂しいなんて思う必要、ないもん。
だから、先輩のこと、好きだなんて……
「……ありえないん、だから………」
寝言のようにそうつぶやいてようやく私は眠りについたのだった。