私には、好きな人がいる。
その相手は幼馴染で、親友。
水梨彩音。性格は明るく活発で友達も多いほう。勉強よりも運動が得意で休み時間なんかにはたまに校庭を走ったりもして私もそれに付き合うことが多い。
彩音とは生まれた病院の中ですらすでに一緒で、幼稚園に入る前から遊ぶ仲で、幼稚園でもずっと同じクラスで何でも一緒にやってきた。小学生になってからはクラスは別になることもあったけど、同じときには遠足なんかじゃ絶対に一緒に班にもなったりもしたし、夏休みなんかの長期の休みでもほとんど毎日会っていて、泊まりあうことも多い。
正直、家族以上に一緒にいる時間は多いかもしれない。
小さい頃は無邪気に互いに好きと言い合っていたし、小学校高学年になった今は好きと言い合ったりはしないけれど、彩音も私のことを好きだというのは疑っていない。
ただ、彩音の好きと、私の好きは……たぶん違う。
ほとんどは重なっているけれど、彩音の好きと私の好きで重ならない部分がある。
それがいつ生まれたのか覚えていない。それほど遠い昔じゃないとは思うけれど気づいたら心にあった種が芽をだしはじめた。
そして、どんどん成長をしている。
彩音のことを友達として、親友として好きな気持ちはまったく失われていなくても、この彩音の好きと重なっている部分が私の心をしめる割合は確実に小さくなっていた。
この気持ち、彩音に恋をしているという意味での好きを持ち、彩音にただの親友の好きだとしても好きと思われているということは幸せなことでもある。
しかし、恋が重荷になることも私は身をもって思い知らされていた。
「はぁ~~。さっむ~~」
ばたんと乱暴にドアを開けて彩音が部屋にやってきた。
「いらっしゃい、彩音」
私はコタツでぬくぬくとしながら寒さに体を震わせている彩音を出迎えた。
「外、ほんと寒かったよー。死ぬかと思った」
「それはお疲れ様」
「はぁ、まったく美咲のほうがあたしんとこに来てくれればいいのに」
「昨日は私が彩音のところいったんだから、今日は彩音が来るのが普通でしょ」
「まぁ、いいけど。遊ぼうって誘ったほうが普通はくるもんじゃないのかなっと」
私は彩音を好きだ。それも恋人としての好きで。
ただ、それはまだ親友としての気持ちを上回るものじゃない。それにこの恋人としての好きを自分の中で処理し切れていなく彩音の前ではいつも通りに振舞えていた。
「はぁ……もう手なんか凍ちゃってうまくうごかないよ」
よほど寒かったのか彩音はコートを脱ぐのも名残惜しそうに愚痴を言っていた。
「あれ? 手袋してこなかったの? この前お揃いで新しいの買ったでしょ?」
「忘れたー。だからほんと寒かった」
「それは彩音が悪いわね」
「はいはい、んなことはわかってますよ。ったくみーちゃんはいちいち言わなくてもいいことまで言ってくるんだから」
「……もうそれやめてよ」
「えー、いいじゃん、みーちゃんで。昔からそう呼んでんだし」
「もう子供じゃないんだから。それに私はちゃん付けなんで似合わないでしょ」
「そうかねー」
彩音を【好き】になっても普段どおりの私ではあったけど、多少変わったこともある。
もっとも、小さな頃からのあーちゃん、みーちゃんの呼称の変更はそれに類するものじゃない。
単純にちゃん付けなんて私には似合わないと思ったから。
私は可愛いという感じではないし、最近では背も伸びてきて背の順でも後ろのほう。みーちゃんだなんて、どこぞの猫型ロボットが好きそうな猫の名前は似合わない。
「ま、いいや、コタツコタツっと」
彩音は手をさすりながら私の方へと向かってきた。
「はいはい、どうぞ」
と私は彩音が入りやすいようコタツ布団をあけた。
「お、ありがと……と」
「ん? どうしたの彩音?」
このまますんなり入るのが普通なはずなのに彩音はなぜかいたずらっぽく笑って、私は普段と違う彩音の笑顔に胸をドキっとさせた。
「こんな寒い思いをさせられたのは美咲のせいなんだし……」
コタツに入らず私へと向かってくる彩音。
「な、何よ……」
「美咲にあっためてもらうのが普通かな、っと」
「え? ひゃん!!?」
彩音は私に近づくとその手を私の服の下にもぐりこませていった。
「ちょ、っと…彩音ぇ……んっ」
っ。彩音の、手が私のお腹をまさぐって……
(は、ずか、し……)
冷たいと思うのが普通なはずなのに私が思ったのはそれだった。
「さすがにコタツにいただけあって暖かいねー。んー、ぬくいぬくい」
「や、やめ……」
彩音の手は冷たい。まるで氷に直接触れているみたいなのに、
(やだ……顔が……熱い)
ううん、顔だけじゃない。体中が恥ずかしくて燃え上がってしまいそうだった。
彩音に、【恋人】としての気持ちを持っている私にはこんなこと耐えられるようなことじゃなかった。
彩音に体触られるのなんて別にめずらしいことじゃないのに……意識してしまったら、こんなのすら耐え切れない。
「お、どしたん? そんなしおらしくなっちゃって。らしくないじゃん」
「っ~~、う、うるさい!」
このままいたらもしかして彩音にばれてしまうかもしれないと思った私は恥ずかしさに燃える体をどうにか動かして彩音の手から逃れた。
「ば、馬鹿なんじゃないの! こんなことして」
「ちょっとふざけただけなんだからそんな怒んないでよ」
「ッ!!」
人の気も知らないで……
わ、私は恥ずかしくてたまらなかったのよ!
とはいえなかった。
こんなこと言ったら不信がられるかもしれない。
今の親友同士という距離が動いてしまうかもしれない。それも……私の望まない方向に。
そんなのは耐えられないんだから……
「っふぅ。まったく彩音は子供なんだから、少しは大人になりなさいよ」
「はぁーあ。子供のくせに子供っぽくないこと言って、まったくみーちゃんは子供だねぇ」
「だからそれやめなさいっていってるのよ」
今は彩音の前で親友としての私を見せるのだった。
ドクン……ドクン。
(っ……)
ドクン、ドクン、ドクン。
「っ、はぁ」
ドクンドクンドクンドクンドクン。
心臓が破裂しそう。
この前彩音にお腹を触られたときは確かに恥ずかしかった。あの時も顔にでちゃうんじゃって思うくらいに血の巡りが早くなってとにかく本当に恥ずかしかった。
でも今はそれよりもはるかに早い動悸がして、顔も真っ赤になっている。
「んー、どしたん美咲?」
目の前で丸裸の彩音が口数の少ない私に声をかけてきた。
「別に、何でもないわよ」
顔が赤くなって、心臓が破裂しそうになって、当然だ。
好きな相手と一緒にお風呂に入っているんだから。それもホテルとか銭湯とかの大浴場でもない子供ふたりが入れば互いが触れ合ってしまいそうなくらいの距離で。
この歳にもなればいくら仲がよくても気にしだす時期なのかもしれないけど私たちは昔からこうするのが普通でいまだにお風呂に一緒に入るのは自然になっていた。
ただ、今の私は見られるのはもちろん恥ずかしいし、彩音のことだって直視することすらできない。
「なーんか最近反応薄いこと多いけど調子でも悪いの?」
「だから、別にそんなことないわよ」
「んー、でも顔真っ赤だし。熱でもあんじゃないの?」
「っ!?」
彩音は少し前に垂れていた前髪をどけると顔を近づけてきて、そのまま私のおでこと彩音のおでこを……
「ちょ、何するのよ!」
私はほとんど下がれもしないけど、浴槽の端までめいいっぱいに下がった。
「何って熱測ってあげようとしただけじゃん」
「そ、そんなのお風呂の中でわかるわけないでしょ!」
「あ、そっか」
無邪気に言って……
そんな簡単にキスでもできちゃうような距離に顔を近づけないでよ。
(……しかも、裸でなんて)
私は心に釣られるかのようにほとんど直視できていなかった彩音の体を……
(っ!!!)
このままお湯を蒸発させちゃうんじゃないかってくらいに体が熱く感じた。
(……このままじゃ、どうかしちゃいそう)
していることが今までと同じなのに意識をするだけでまるで別世界に来てしまったかのよう。
「美咲―?」
「っ!?」
またも一糸纏わぬ彩音にせまられ私は顔を赤くさせるが、お風呂を出た後を思うとさらに今まで以上に胸が高鳴るのと同時にある意味気が重たくなるのだった。