放課後になると私はさっそく結花の教室へ向かった。

 教室のドアを勢いよく開け放ち、まっすぐ結花の所へ行く。

 突然開けはなれたドアから入ってきた私を「何!?」という目で見る人はいたけど、昼休みのときとは違いひるむことはなかった。

「み、美貴、どうしたの?」

 しかし、私がひるむことはなくても結花のほうが驚きを隠せないでいる。

「結花、帰ろっ!」

 戸惑う結花をよそに私はまずそう切り出した。

 聞くのはどこでもいいが、こんな風にクラスの注目が集まってるところじゃやりずらい。帰り道なら周りに聞かれることもないし、二人きりで話せる。もっとも、クラスの注目を集めたのは自ら招いた結果だけど。

「え、いいけど……どうしたの、わざわざ迎えに来るなんて。いつもみたいに校門のところにいてくれればよかったのに」

 結花は何も意図せずに言ったことだろうに、今の私ではそこに意味があるのではないかと疑ってしまう。

「……まだ、学校で用があるの……?」

 本命を、渡す用事があるのか? と。

「ないよ。いつもは迎えになんて来ないから聞いただけ」

「そ、そう……よかった」

「は? 何が?

「な、なんでも」

「? なんか美貴おかしくない?」

「べ、別に、どこがおかしいって言うのよ」

「どこっていうか全部? まぁ、いいや。帰ろっか」

「う、うん」

 

 

 落ち着け。

 落ち着け私。

 ちょっと、「そのチョコ誰に渡すの?」って聞けばいいだけの話じゃない。

友達同士でその程度のこと聞くなんて当たり前でしょ。

別に、気負う必要なんてないし、

ましてや。

「えーと、1657年だから……明暦の大火?」

「あたり…相変わらず美貴は日本史できるね。何出してもこたえるんだもん」

 学年末テストに向けて年号当てクイズなんてしてる場合じゃな〜〜〜い!

 でも、さっきから私が遠まわしにバレンタインの話をしようとするとなぜか必ずはぐらかされる。

 これはもしかして、結花が私には話したくないってことだろう、か。

 私は思わず頭を抱えて立ち止まった。

「美貴?」

 しかも、数分後には分かれ道で結花とは別れるのよ!?

 大体、結花の本命のこともそうだけど、私のチョコはどうする気? 岡倉に啖呵切っておきながら、結局聞けないなんてかっこ悪すぎる。

 私は顔を上げ、結花に視線を送った。

「結花、あのさ、」

「なに?」

 こうなったらもう単刀直入に聞こう。

 別に私の望む結果にならなくても死にはしない。このまま何もしないで後悔するよりは、聞いて後悔しよう。

「うちで作ったチョコあったじゃない」

「あるね。それが?」

「あれって、誰に……」

 って、ちょっとまって。

 そもそも……

 

(私……貰ってなくない?)

 

 去年まではたとえ私があげなくても必ず結花はチョコをくれた。くれたのに。

 今年はない。一かけらすらない。

 結花の本命が気になってたのと、自分のチョコをどうするかで今さっきまで忘れてたけど、重大なことに気づいてしまった。

(わたしが……貰ってない……)

 これは、どういうこと?

 私がいつも、お返しもしないから愛想尽かされちゃった?

 それとも、実は友達とも思われてないとか。

 いやいやいやいや、それはないよね。そうなら毎日こんな風に一緒に帰ったりしないはずだし。

 じゃあ…………?

「美貴」

「な、な、なに?」

 頭の中が真っ白で結花が何を言ってくるのか不安でたまらない。

「はい、これ」

 結花は気づくと鞄からだろうか包みを取り出し私に差し出した。

「え……?」

 テンパッてる私に結花が渡そうとしたのは……

「これって……」

 私は目を疑う。

 この大きさ、このラッピング。

 それは、私が本命と目星をつけていたチョコだった。

 私はチョコと結花を交互に見つめる。

「私の本命の相手探してたんでしょ? 岡倉君から聞いたての」

 結花はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「ほんとは、学校で渡そうかなって思ってたんだけど、なんか美貴休み時間に教室にいないんだもん。で、昼休みに岡倉君から話聞いてじゃあちょっとからかっちゃおうかな、なんて思って。もうちょっと焦らそうかなって思ってたんだけど、なんか一人で変な妄想してそうだったから、はいっ」

 じゃあ、休み時間のたびに私の教室に来たのは私を探してたってこと?

 ……とんだ道化だ。

 でも…………………嬉しい、すっごく!

「あ、あれもしかして怒って、る……?」

 私がなかなか受け取らないのを変な風に勘ぐったのか結花は一転不安そうな表情になった。

「う、ううん。これって、そういう意味で受け取っちゃっていいのよね……?」

「うん。迷惑、かな?」

「そ、そんなことない……、ありがと、嬉しい」

 私は戸惑いと歓喜に震える手で結花から「本命」のチョコレートを受け取った。

「美貴、大好きだよ」

 想い人からの告白と共に。

 

 

「あ、そうだ。いつもならお返しなんていいっていうところだけど、今年はちゃんと頂戴よね。ホワイトデーのときでもいいから」

 私が結花からのチョコをバッグにしまっていると結花がそんなことを言い出した。

「あ、実は、私も持ってるの」

「え、ほんと?」

「うん、結花のほど綺麗にできてないけど……」

「そんなの関係ないよ。美貴の気持ちさえこもってれば」

 ……なんでこんなことを恥ずかしげもなくいえるのかな。

 そう思いながらもバッグからチョコを取り出す。義理でも、友チョコでもない、本命のチョコを。

 結花は私のチョコを嬉しそうに見つめると、何か思いついたようにさっきと同じようないたずらっぽい、いやさっきの、私を焦らし、からかったのが悪戯だとすればこれは、謀略でも思いついた顔だ。

「……やっぱり、美貴のじゃちょっと期待できないかな。美貴って料理も全然できないし、何か作るのって上手じゃないでしょ」

「な、なによ。いきなり……」

 突然の結花の言葉に、驚きを隠せない。

 それどころか

 ひどい……

 怒りと喪失感で涙が出てくる。

 せっかく心を込めて作ったのに当の結花からこんなこと言われるなんて……

「だ・か・ら、口移しで頂戴♪」

 猫なで声で結花は言った。

「……………………………………………………………………………………………は?」

 数秒して、なんとかそれだけを搾りだした。

 多分、これが漫画なら私の目は点になってる。

「ごめん、よく聞こえなかった」

 涙なんてどこかにふっとびんで結花の言ったことの意味に全精力を傾ける。

「口移しで頂戴っていったの。足りない分の味は美貴の愛で補ってよ」

 どうやら聞き間違いではなかったらしい。

「あ、あ、あああああ頭おかしいんじゃないの!!? こんな道端で、できるわけないでしょ!?

 私は火山が噴火したように真っ赤になり結花に食いかかった。

「大丈夫、誰も見てないよ」

 確かに、周りに人はいなく、元々人通りの少ないこの道なら人に見られることはないかもしれない。

 で、でも。

「そういう問題じゃなくて」

「いいじゃない、キスくらい。昔はよくしてたんだし」

「む、昔ってせいぜい小学校低学年くらいまででしょ! それに、ほっぺとかがほとんどだったし……」

「でも、唇もしたじゃない」

「そ、そんなのたった三回じゃない」

「いや、回数は覚えてないけど……ふふ、そんなに印象に残ってた?」

 結花は実に楽しそうな笑顔を浮かべている。普段ならここまでおちゃらけたことは言わない。結花も私へ想いを遂げられたことで舞い上がっているのだろう。

「……わ、わかったわよ……」

 そして、舞い上がってるのは私も同じだった。

「ほんと? やった」

 結花は小さくガッツポーズをとると目をつぶり、上顎を上げ、ツンと唇を私に差し出した。

 私は、結花のくちびるに目を奪われながらも自分のチョコを口に含んだ。

(結花のくちびる……)

 薄ピンクのそれはリップで瑞々しく輝き私を蠱惑するかのようだった。違う、私がそんな風に思ってるからそう感じるだけ、結花のくちびるなんて見慣れてるはず。

 今から私のくちびるをそこに重ね合わせ、しかも口の中のチョコを結花に渡す。

 ひどく官能的な行為だ。

 心臓が早鐘をうっている。顔はさっき結花に食いかかったときとは比べ物にならないほど紅潮してるだろう。もう結花のくちびるから目を離せない。

「…………まだ?」

 待ちきれなくなったのか、目を開いて上目づかいに問いかけてきた。

「あ…………ごめん、溶けちゃった……」

 結花のくちびるに見惚れてたのと、恥ずかしさによる逡巡でいつのまにか口の中のチョコが溶けてしまった。

「えー、もうっ。しょうがないなぁ……」

 結花はふくれながら肩を落とし、うなだれたかと思うと

「ご、ごめん。もういっか……んっ!!?

 次の瞬間には私とくちびるを重ねていた。

 柔らかな唇が触れたかと思うと、すぐさま舌を入れられる。

 ざらっとした感触と共に結花の温度が感じられる。

 無意識にお互い手を肩に回し抱き合う形になる。

「ん…………」

 口の中にチョコが入っていたせいか昔結花としたとき比べ物にならないほど甘く、気持ちよかった。

 結花は私の舌に残っていたチョコの残滓を舐め取ると体を離した。

 短時間だったが、くちびるが離れると唾液が糸を引いた。それが結花の手の甲に付着すると結花はそれを意識的か無意識にか舐め取る。

「ふふ、おいしっ」

 今舐めたものか、それとも私とのキスのことか、キスのとき舐め取ったチョコのことか、とにかく結花はそうこぼした。

「今日はこれでがまんするけど、ホワイトデーはちゃんと美貴から頂戴ね♪ あ、もちろん残りのチョコももらうよ」

 口づけの余韻に浸り、ぼーっとしている私からチョコを奪う。

「じゃあ、今日はもう帰るね。美貴、改めてこれからよろしくっ」

「あ、よ、よろしく」

 笑顔でいう結花とは裏腹に私はそう答えるのが限界で結花が去ってからも、結花から本命のチョコをもらったこと、大好きって言われたこと、口移しでチョコをあげたこと(結花から無理やり舌を舐められただけ)、そして、ホワイトデーは私から頂戴と言われたことを考えていた。

 ホワイトデーを私から頂戴っていうのは、単純にお返しって意味じゃなくて、今度は私からキスして渡してねってこと、よね……

(えっぇぇぇ!?

 昨日、今日で結花に振り回される形になっちゃったけど、なんかこれからも今まで以上に振り回されそうな、予感……

 心ではちょっと毒づきながらも、私は笑顔で帰り道を行くのだった。

 これからの結花との関係や、ホワイトデーのことに想いを馳せながら……

 

FIN?

 

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