「希!!」
追いつけた場所は、最終予選の前みんなであの曲を作った公園。
そこで希の姿を見た瞬間に私は叫んでいた。
「えり、ち?」
いきなり大声で名前を呼ばれ希は驚いたように私に振り向いた。
私はそんな希に小走りに近づいていく。
(希)
何が起きたかわからないといった表情で私を見つめてる。
(そうでしょうね)
希は私が希のことを好きじゃないって思っているんだもの。私が何しに来たかだって想像もできてないはず。
でも、見てなさい。
その顔を変えて見せるから。
笑顔にさせて見せるから。場を繋ぐための笑顔でもなく、気持ちを隠すための笑顔でもない。
心から笑顔を貴女にさせて見せるから。
「希………はぁ…あ」
「え、えりち? ど、どうしたん? そんな息切らせて」
「だ、大丈夫……よ……」
「大丈夫って……」
確かにつらい。ここまでずっと走ってきたんだもの。でも、止まるわけにはいかない一秒でも早くこの気持ちを伝えたいから。
私は一度、深く息を吸い込むと
「希……」
希を真剣に見つめて
「好きよ」
偽りのない言葉を吐き出した。
「え……?」
希は最初何を言われたのか理解できていないかのように、固まってから
「っ、な、何言うてるん!?」
私の言葉の意味を理解して取り乱す。
「そんなことしなくていいってゆうたやん! もう……うちに気を使う必要なんて」
希がそう言いたくなる気持ちはわかる。わかるけどね。
「違うわ。これは、希のために言ってるんじゃないの」
「?」
「私が、希を好きだから好きだっていったのよ」
「っ……」
希の表情が変わる。
さっきまではただ反射的に反論をしてただけだけど、今は私の言葉の意味を理解したからこその苦悶の表情。
「希の言うとおり私無理してた。自分の気持ちも希の本当の気持ちも見ないで恋人のふりをしてた」
言い訳にしかならないけど、希との関係は急すぎて私はそうするしか思いつかなかった。
「私こそ希に無理をさせてたのよね。ごめんなさい」
私の嘘を希は本当として受け取らざるを得なかった。無理をする私を無駄にしないために。
「それに、都合のいいわよね。今更、好きだなんて」
希が気づいて欲しい時には気づけずに、希を失って自分の気持ちに気づく。
あまりにありがちな話だし、都合よすぎて説得力もないかもしれない。
「けど、気づけたから、貴女に気持ちを伝えたかった。希のことが好きって」
強く、はっきりと、私は希を見つめ想いをぶつけた。
「えり……ち……」
希は私の言葉を、気持ちを、信じたいとは思ってくれているはず。
でも、希だって勇気を振り絞って私との別れを切り出した。あんなことのすぐ後に告白されたからってすぐに認められるはずもない。
「…………………」
言葉だけじゃそうかもしれない。
なら。
「希」
私は名前を呼ぶのと同時に希に一歩迫って
「………っ!?」
希を抱きしめた。
「ねぇ、希? 希は私が無理をしてるって、嘘をついてるってわかってくれたわよね」
その柔らかくて優しい感触を感じながら私は耳元で囁く。
「なら、今の私は? 今の私も嘘をついてるって思うの? 希に気を使って嘘をついてるってそう、見えるの?」
「っ……そんな、ことは」
「…………本気よ」
あえて過ちと同じ言葉を告げる。
「今度は、嘘じゃない」
希のためじゃなくて、自分のために言っていることでもあるんだから。
「えりち………」
(あ………)
ぎゅ。
嬉しくなった。
喜色の混じるその声と、弱々しく私を抱き返すその手に。
「……えりち……ひどいわ。こんなん、ずるいやん。うちは……本気でえりちとはもう終わりにしようって……言いたくなかったけど……言わなきゃって、頑張ったんよ」
「……うん。わかってる。ごめんなさい」
希が別れを切り出したこと。どれほど重い決断だったのかくらいわかる。だからこそ、その責任を取らなきゃいけない。
この手を離さないことで。
「なのに……こんなん……」
恨み言の一つでも言いたいのかもしれない。けど、言わせないわ。言わせないくらいに私の気持ちを伝えるから。
「希……好き、大好きよ。この三年間ずっと貴女と一緒にいられて私は幸せだった。これからも、一緒にいて笑っていたい。貴女に笑って欲しい。だから……」
希の肩を抱いて希の顔を見つめ、私は口にする言葉に想いを込めた。
「私の恋人になって」
私の望み。それは気づいてみればあまりに単純な気持ちだった。希が好きで一緒にいたいと思う。希と一緒に笑っていたいと思う。希に笑っていて欲しいと思う。
そんなありきたりで、でも大切な願い。
それが私の望み。
「っー……えり、ち……うちも、えりちのこと……………………」
それ以上の言葉は続かなかった。希は急に表情を崩すと少しいたずらっぽく、楽しそうに。瞳は涙を浮かべながら。
私がさせたかった笑顔とは違うけど、私の好きな笑顔。
「……えりちは、嘘つきやからなぁ。言葉だけでそんな風に言われてもちょっと信じられんなぁ」
歓喜に震えた声で希がそう言って、私はすぐにその意味に気づく。
「なら、どうしたら信じてくれるの?」
「………うちが一番してほしいことをしてくれたら、信じたげる」
それは二度目の誘い。
一度目は逃げてしまった。不意を打たれどうすればいいかわらかなかった。
今なら
「……えぇ」
私は小さく頷くと希の腰に手をまわしてぐっと引き寄せた。
「……えりち」
「……希」
見つめあう。
お互いの瞳に一番好きな人の姿が映るのを確認して、希はゆっくり目を閉じた。
「……好きよ」
私はその一言をつぶやいて、その距離を縮めて……私も目を閉じて
「んっ……」
唇を重ねた。
(……希………)
合わせた唇が暖かい。体に感じる希のぬくもりが愛おしい。鼻孔をくすぐる希の香りが昂揚を誘う。
これが、キス。
「……はぁ。どう、これで信じて……っ」
数秒の後、唇を離して、瞳を開いた私は思わず狼狽する。
希の頬に、一筋の涙が伝っていたから。
「っあ、は……」
それは一筋どころか、とめどなく溢れて希は思わず顔を抑えた。
一瞬心配にもなったけど、杞憂らしい。
だって、
「あはは、ごめんな。こんな……けど……あは、は……ずっと、想像したけど………こんな日を待ってたけど……」
希がとても幸せそうに見えたから。
「こんなに、嬉しいなんて思わなかったから」
「っーー!!」
希の笑顔。
涙を流しているのに私が今までに見たどんな笑顔よりも眩しくて輝いた笑顔。
(あぁ……違うわね)
その笑顔にあることを思った。
さっき私の望みを希に伝えたけどあれは少し違ったみたい。
私の望みはたった一つだけ。一つで十分。
「希」
私はもう一度希のことを抱き寄せる。
(私のたった一つの望み……)
それはね、
(貴女を幸せにすることよ)
それを強く思って私はもう一度唇を重ねていった。