別荘での香里奈との会話の没案です。
「きゃぁああ!?」
玲菜はいきなり鋭い声を上げて、思わず香里奈に抱き着いていた。
「ぶちょー、どうしたの?」
これが香里奈ではなく別の誰かだったらどうしたのなどと余裕のあることは言えないかもしれない。
たが、香里奈はあっけらかんと他の誰もがうらやむようなシチュエーションに言葉を返した。
「か、か、かかか、かた、肩に」
玲菜はこれまた結月以外誰も見たことがないほどに取り乱し香里奈の胸に体を押し付けてて、回らぬ口で必死に何かを伝えようとした。
「肩~?」
香里奈は言われるままに玲菜の肩を見てみると。
「あ、カブトムシが止まってるねぇ」
見たまんまの感想をもらす。
「と、とと、ってくれ! た、頼む!!」
か弱い少女のように怯え、瞳を潤ませて哀願する玲菜に普段の面影は一切ない。
これも天音や姫乃だったら卒倒してしまうほどの衝撃か、もしくはいけない嗜虐心でも芽生えさせてしまいそうな弱々しい玲菜。
「取ればいいのー。はい」
だが、香里奈はせいぜいぶちょーが可愛いなぁ程度にしか思わずに玲菜の肩に手を伸ばした。
「す、すまな、いっ!!!?」
肩に乗ったわずかな重さが取れたことに玲菜は安心し、香里奈に礼を言おうとするが途端にひきつった声をだす。
「はい。取ったよ」
と、香里奈が手に持ったカブトムシを玲菜の目の前に差し出してきたから」
「っーー。きゃああああ!!!」
一瞬、その節々がワキワキと動くのを固まった瞳で見てしまってさっきよりも大きな悲鳴を上げる。
そのまま勢いでバルコニーの反対に端まで後ずさった。
「?? ぶちょー、どうして逃げるの? ちゃんと捕まえたのに」
香里奈は自覚してないのか、首をかしげ手にはカブトムシを持ったまま玲菜へと近づいてきた。
「や、やめろ……」
「んー?」
「こ、こないで、くれ。た、頼む」
冷静になればバルコニーから中に入って逃げればいいのだが、そんなことにも気が回らず玲菜は怯えながら香里奈という悪魔が迫ってくるのを見るしかなかった。
「どうしてー? 取ってほしかったんじゃないの?」
「そ、そういう意味じゃない。わ、私はそういうのが、駄目なんだ」
「あ、そうなんだー。じゃあ、にがしてあげよーっと」
香里奈がやっと玲菜の真意に気づきカブトムシを手放すと羽音を立てて闇夜に消えて行った。
「はっ……はぁ、はぁ……はぁ」
それを目で追った玲菜はやっと安心したもののまるで百メートル走でも終えた後かのように激しく息を整えた。
「ぶちょーは虫嫌いなの?」
「き、嫌いというか……その……苦手でな」
正直怖いと思っているが、なけなしのプライドが自分でも子供と思っている香里奈を前にあまり情けないことは言いたくなかった。
もっとも今更ではあるが。
「そうなんだー」
「そ、それと、だ。さっきのことは内緒にしておいてくれないか?」
「ん? ぶちょーがきゃあーとか言ってたの?」
「そ、そうだ」
「どうしてー? さっきのぶちょーすっごく可愛かったよ?」
「そ、そういう問題じゃない! わ、私は、…そういうイメージではないだろう」
自分のようなものが女の子らしく悲鳴を上げること、それと単純に情けないような気がして玲菜はまだ潤んだままの瞳で懇願をする。
「……………………。ぶちょー、可愛い」
「は?」
それが香里奈の琴線に触れたのか香里奈はいきなり玲菜を抱きしめた。首と腰に手をまわして自分のほうにぎゅっと引き寄せる。
「これからは全部私が守ってあげるね」
「う、うむ。頼む、ぞ」
結月以外に抱かれるというのは始めてなものの今の玲菜にはそう頼るしかなかった。
(あ、でも、これでいたずらしたらまたぶちょーの可愛いところ見れるかも)
などと玲菜にとってあまりに不吉なことを考えているなど想像もつかずに。