「ん……ちゅ、はぁ、くちゅ…」
大学の教室にしては、こじんまりし、静寂に包まれた教室。夏休み明けだというのに外からはセミの鳴き声が聞こえてくる。
その教室の窓際で一組の女性が抱き合っている。
いや、抱き合っているのではない。
「チュ…くちゃ、ふゥ…ん…」
熱烈にキスを交わしていた。
一人、窓を背にしている女性は痩身に、肩にぎりぎりで届かない髪には赤いカチューシャ。一見、なよなよした印象も受けなくもないが運動を日常的にしているのか、ただ細いのではなく絞まっている。
名前は霧原 美愛。
外見からすると、活発かと思えるがこのキスを主導しているのは、逆だった。
「ん、ふふふ…あは…っは、ん……ちゅ、ぱ」
美愛よりも少し小柄な体躯。セミロングの髪に赤のリボン、童顔であるはずなのにその様子、キスの仕草は艶然としていていかにこの行為に慣れきり、またこれを……楽しんでいるかが感じられた。
名前は織崎 愛歌。
くちゅ…ちゅる…、くぷ…、ふっ…はぁん
周りから見れば、愛歌の立場というか、美愛との関係は仲のいい友達、親友という人間もすくなくはないだろう。
それは、美愛も思っているだろうし、愛歌も決してそう感じていなくはない。しかし、友人や知り合いにそういわれるのならまだしも、仮に美愛にそういわれれば愛歌は……少なくても嬉しがるということはないだろう。
「くちゅ、ひぅ、ぁは…っ!? 愛歌…そ、それは…」
そんな生ぬるい関係じゃ。
愛歌はキスを交わしながら、そのしなやかな手を美愛の胸に持っていき、服の上から迷わず揉みしだく、それが当たり前だというように自然な動きだった。
「……んぅ……んん…あはっ…美愛ちゃん……」
目を蕩けさせ、すでに唇は妖しく光っている。美愛の胸からはあっさりと手を離し、口周りについた美愛の残滓を救っては嘗める。
「……ん…ぷはっ」
長時間していたキスを終え、愛歌が唇を解放すると美愛は真っ赤な顔で必死に息を整える。
愛歌には見えていないがその顔は明らかに戸惑いを見せていた。
「っはぁはぁ……」
二人とも息を、美愛はしわになった服も整えお互い見つめあう。
美愛は一秒でも早くここから、愛歌から離れたいと考え、愛歌はその逆のことを考えていた。
「ねぇ……美愛ちゃん」
その甘い響きに美愛は若干震える。
「今日も……美愛ちゃんの部屋に行ってもいいよね?」
「う……うん」
美愛は【誘い】には答えるが瞳と声には困惑と怯え、そして後悔が含まれていた。愛歌はすでに自分のことしか考えられず自分ではそれに気付くことのないまま二人は教室を出て行った。
カチャ。
部屋に帰りつき、美愛と愛歌は並んで部屋の中に入っていく。
美愛は一人暮らしで、当然部屋には誰もいない。台所が脇にある廊下を過ぎていき、美愛の生活スペースへと足を踏み入れると……
「……美愛ちゃん……」
甘い声、荒い息、上気した顔で美愛をベッド前へと連れて行く。
美愛は暗い面持ちのまま、黙るだけ。了承の声を上げることはしないが、拒絶するという選択肢も最初から存在していなかった。
「愛歌……あの……っ」
ボスン!
美愛が何かを訴えようとする前に愛歌は美愛をベッドに押し倒し、そのまま唇を奪っていた。
「んっ…ちゅ……くちゃ、ちゅく」
迷わずに舌を突き入れ、淫蕩な音が部屋に響く。
「……ふ…は…あぁ……ちゅぷ……」
美愛は逃げない。ありのままに愛歌を受け入れる。
「んふふ……美愛ちゃん……大好き……大好きだよ……だから、今日も……ね」
愛歌の表情は笑っていながらもどこか狂気を含んでいる。見えていない、美愛のことを。いや、自分というフィルターを通した美愛しか見えていなかった。
愛歌の両手が衣服を取り去ろうとすべるように入っていき、そのままあっさりと服を脱がさせられ、美愛は上半身に下着のみという姿でベッドに倒されている。
「……………うん。……あ…ん」
そして、もう一度訪れる愛歌のキスを受け入れながら美愛は……
(……こんなつもりじゃ、なかったのに……)
と、思うのだった。
誘ったのは、初めては美愛からだった。
「うぐ……ひぐ…ひっく…はぐ……」
それは夏休みに入る直前、とても暑い日だった。
その日は試験期間の真っ最中で部屋だと勉強に集中できない美愛は大学の図書館で勉強をしていた。
そろそろ暗くもなり、帰ろうと構内行っていると校門の前にただ呆然と立ち尽くす愛歌の姿があった。
遠目に見ても、何かあったとわかるほど暗い様子でまだ熱い夕陽の光が照りつけていてもそこだけ凍ったようにすら見えた。
大学に来てからすでに一年以上の付き合いがある美愛でさえも、正直いって話しかけずらい雰囲気ではあったが見てしまったのを放って置くことなどできるわけもなく、死んだような目つきで美愛が何を言っても口を閉ざす愛歌を美愛は部屋につれて帰った。
「……美愛ちゃん……、私ね……」
部屋の中に来ると、愛歌は震えた声で
「……ふられちゃった」
そう告げた。
「う……ひぅ……うっく……ひぐ…美愛ちゃん……わた、しぃ……」
「うん……泣いちゃえ」
鍵を閉めた美愛に愛歌は崩れるように抱きつき、堰を切ったように嗚咽を漏らし始めた。
いつ終るとも知れぬ愛歌の嗚咽を美愛は焦ることなく慰め、しばらくすると少し落ち着けたのか断片的に事情を話してくれた。
それを簡単にまとめればふられたというよりも、捨てられたのだ。愛歌には付き合っている人がいたがその相手が二股をかけていて、しかもそれを知らないのは愛歌のほうだけで、つまりは愛歌は遊ばれていたといってもいい。
愛歌は本気だったんだろう。その証拠に愛歌は嗚咽を漏らし続ける。
それは……見るに耐えないものだった。
美愛のベッドに寄りかかりながら、二の腕に爪を突きたてては血を滲ませ、子供のような愛敬のある顔は涙に濡れすでに赤く腫れあがっている、口からこぼれる泣き声は聞いている美愛の胸をこれ以上ないほどに締め付けた。
「私、なんか…ひっく…やっぱり…私なんかじゃ…誰も、私のことなんて、誰も……好きになんか……」
聞くに耐えないものだった。
見るに耐えないものだった。
……決して軽い気持ちではなかった。
「ねぇ、愛歌。そんなのさっさと忘れちゃいなよ。覚えててもつらいだけだよ」
美愛は愛歌の隣に座ると胸に宿る衝動のままに愛歌を抱き寄せた。
甘い芳香、それに混じり若干だが血の匂いが感じ取れ、それが美愛の劣情……いや、同情心を誘った。
「そっんなの……ひぐ……できない、…できないよぉ…」
「できる。……ううん、私が……」
「美愛、ちゃん…?」
不思議な美愛の語調に愛歌は思わず、顔を上げる。
「忘れさせてあげるから」
「美愛ちゃ……んっ!?」
突然、だった。唐突に、美愛は愛歌の唇を奪っていた。
一瞬ふれあわせ、愛歌のことを真っ直ぐに見つめる。
「愛歌……」
「……ひどい……ひどいよ……美愛ちゃん。私、はじめて……だったのに……」
先ほどの涙を吹き飛ばす美愛の突然の接吻に愛歌はまた涙を流すが美愛はお構いなしに愛歌をベッドに倒す。
無防備な肢体がベッドに横たわり、美愛は肩を押さえつけて馬乗りになる。
「愛歌。私なんかとか言わないで、愛歌は可愛いし、優しくて、それに……」
「違う……違うもん! 私なんて駄目な子だもん。一人じゃ何にもできない! 誰も好きだなんていってくれない! 私のことなんて誰も!」
「っ……愛歌」
取り乱し叫ぶ愛歌が何を言っているのかわからなかった。美愛から見れば愛歌は今言ったようなことなんて全然なく、勉強もできれば、友達だっているし、知り合いだろうが愛歌のことを悪くいう人間は聞いたことない。
それでも愛歌の叫びは本物だった。それは美愛の知らない、高校以前のことなのかもしれないが、美愛はそんなことよりも今は目の前で苦しんでいる友人のことを慰めてあげたかった。
それは……美愛からすればその場しのぎだったのかもしれない。
しかし、慰めてあげたいという気持ちは本物だった。
だから
「……………好きよ、愛歌」
「え……?」
「私は、愛歌のこと好き。私は愛歌のことを見捨てたりしない。ずっと好き……すきよ」
嘘ではなかった。本気……ではあった。しかし、それが美愛のよどみのない本当の気持ちだったのかはわからない。
「愛してる…愛歌」
これがすべての元凶。
過ち……だったのかもしれない。
しかし、その時の美愛はそんなこと考える余裕もなく再び口付けると半ば強姦でもするかのように体を重ねていった。